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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
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第6話 セクハラですよ

あと一話分投稿します。

僕は飲料水のイメトレに夢中になっていたが、ふと気づくとテスェドさんはいなくなっていた。



「あ、仕事何しているのか聞くの忘れた」



 あの人は、いったい何の仕事をしているのだろう。アコンの村で、いったいどのような仕事が発生するのかわからないけれど、最初に僕と先頭切って話していた様子を見て、村の顔役的な、確実に上の立場にいる人だろうとは想像ついた。



 僕は寝床から立ち上がると、思わず地面に並べていたルートビアを蹴飛ばしていた。すぐに抑えて、転がらないようにする。もし部屋の中央にあるエレベーター部分の穴に落ちていったら、落下して自己を起こす可能性があった。さすがに居候している身で迷惑をかけるわけにはいかないだろう。



「あールートビア以外の飲み物出せないけど、出せる本数は増えてきたな」



 僕の足元には4本の缶が置かれていて、あと一本出したら気分が悪くなることを察することができた。



 たぶん、気分が悪くなるまでで僕の能力のガス欠は起きて、それが満タンになることで筋肉の超回復みたいに、最大量が増加していく仕組みなのだろう。限界はどれくらいの容量だろう。テスェドさんはアルミ缶何本分だろうか。



 僕はテスェドさんが残していったハンバーガーのような昼飯を食べる。今はおそらく午後でそろそろ夕方にかかるくらいだ。昼を遅く食べているのは、体内時計が狂っているというか、あまり食欲がわかなかったからだ。



「そういえば、トイレに行ってないな」

 あんまり思い出したくなかった。あまり催さなかったから、後回しにしていたけれど、トイレは死活問題だ。



 僕はちょっと迷ったけど、トイレに行くことにした。意識したら出すものを出したくなってきた。

部屋のエレベーターから地階に向けて下りていく。途中で人影を見つけたので、トイレに案内してもらおうと話しかけた。



「すみません、トイレ行きたいんですけど」



「……」

 指さしで下を差した。



「案内してもらえないですか」



「……」

 首を振られた。



 だめらしい。



 ここに来てからテスェドさん以外と会話ができていない。なぜだろう。そこまで人見知りではないはずだ。一度会ってるし。というか最初は陰からヤジ飛ばしてきた人もいるくらいなのに。そのヤジはどういうものだったっけ。よそものが、とか、偉い立場のおじいさんと対等にふるまうのが失礼、だとかだったか。



「なんで答えてくれないんですか」



「……」

 首を振って、部屋の奥に逃げた。



 なぜだろう。嫌われていると思うと少しへこむ。似た外見をしていると思うのに。



 僕は仕方なく、一人で地上階に下った。段々見覚えのある場所に来た。そうだ、ここが最初に聖樹の中に入った場所、一階の広間だ。よく見ると、ツルは地面に透けるように消えていった。またもや謎技術だ。人間は地下に下りることは出来ないが、エレベーターを一階以上の階層で十分に作動するための機関室がまだ地下にあるらしい。



「お、ユキ、どうしたんだ」

 テスェドさんが外から聖樹の中に入ってきた。



 どうやらユキとは僕のことらしい。正確にはゆうきという名前なんだが、まあ訂正するのも面倒だな。



「あ、おじいさん、トイレを探していたんです」



「おじいさんは嫌だなあ。まあいい、こっちだよ、ついてきなさい」



 肩をすくめたと思うと背中を見せて先行する。どうやら、玄関とは反対の方にあるらしい。

 ついていくと、テスェドさんが壁に吸い込まれたので、ちょっとひるみながら、恐る恐る壁に手をつくと、やはりその壁には触ることなく、吸い込まれるような感覚を受けた。



「うお……あ、外だ」



 おじいさんは手をこっちこっちと縦に振って、招いている。彼は聖樹の周囲に点在する畑の管理小屋のようなところにいた。



 外に出た僕が振り返ると大木の外面が見えた。聖樹の裏側に来ていた。裏側、というのが正確かは知らないけれど、最初に村に入ったときに見た聖樹を表とするならば、これはまさしく裏側だった。こちら側の畑は表側と同じく、聖樹を中心に放射状に延びているけれど、放射状に広がっているのは、畑だけではなく、民家等、木造で高床式の家々もかなりの数が建っていた。聖樹の中に見えない人々はあそこらに住んでいるのだろうか。また、村で営まれる仕事の拠点にいくらかの家々は使われているのだろうな。と思った。テスェドさんもそのうちの一つの家に通っていたりして。

家々を見回していると、聖樹の他にもう一本、大木が、聖樹とは離れて、民家の集合する地域の中心に立っていた。それは聖樹の子孫なのか、一回りは小さいけれど、似た形状をしている。



「あれは、なんですか」



「ああ、あの木は聖樹アコンが、数百年前に蒔いた種から生えたものだ。普通聖樹がとばした花粉はどこか別の地域に風に乗って飛んでいき、そこで単なる若木として聖樹ではないアコンとしての一生を送ることになるのだが、数百年前には特別な事情があって、この場所に子孫を残したらしい。聖樹が近くにあるという場所のせいか、その子孫ともに聖樹の力を帯びて育ったそうだ」



「事情とは?」



「戦争だよ。大きな戦争があった。実際に聖樹も枯れかけるほどのダメージを負ったこと、そして戦争の中で生物の血が流れ、その気配を聖樹が吸ったことも重なり、聖樹の生存本能を刺激した、と考えられている」



「そうなんですか」



「あんまり納得していないようだね。朝の地理の次は歴史のお話かな」



「お願いします」



雑談もそこそこに、僕は畑の管理小屋に入った。そこにはクワや斧みたいな開墾道具、肥料らしきものが入った桶、ロープ、肉や野菜、果物等が陰干しされたもの、などが置かれていた。その小屋の隅に扉があってそこがぼっとん便所になっていた。どうやら村人の便をたい肥にしているようだった。



 僕は意を決し、そこに入り、衣類を脱ぎ、用を足す。



 後のことはあまり言いたくない。ただ慣れない位置に穴があり、はいていた靴(言っていなかったけどぼろ革の靴を気づいたときからはいていた)に少し引っ掛かって萎えた。



 落ち込んだ表情で小屋を出ると、

「どうだ、すっきりしたか」

 とおじいさんに聞かれたので、



「セクハラですよ」

 と反射的に答えていた。身を守るためなのだが、セリフ回しがなんだか本当に男じゃなくなったみたいで、さらに気分が落ち込んだ。まあ、最近は男でもセクハラは受けるらしいけど、男のからかいに、こういうセリフが出る、って意味で、前世と何かが変わったような感じが切ないのである。

おじいさんはセクハラの意味を知らないだろうけど、ごめん、と言った。



 僕はおじいさんに連れられて部屋まで戻った。



「……部屋から出て自由に歩いてもいいんですか?」



 本当はトイレに行く前に会った人など、おじいさん以外の人となぜ話せないのか聞きたかったのだけれども、機嫌のよさげなおじいさんの顔を見ると、なぜかその質問がためらわれるのだった。



「ん? さきほども自分で一階まで来ていたじゃないか」



「そうですけど、外に出る時、いつもおじいさんについてこられるのも嫌かな、って」



「……なるほどね」



おじいさんはしたり顔でうなづく。なんのことやら。



「この聖樹を出る時に誰か人に行く先を伝えてくれれば、それでいいよ。後はその人が私に伝えてくれるはずだ」



「……そうですか」



 会話が成立しなくても、ですか、とは聞けなかった。

 おじいさんは、また用事があるようで、部屋を出ていった。



「はあ、見たくないものを見ざるを得ないのはつらい……」



 いや、目をそらしていただけだ。別に大したことじゃない、んだけど、いままであったものがない、そして普段の生活様式と異なることが僕の人生に組み込まれたのだと思うと、僕は失われたもの大きさにしみじみとする。



「まあ、ただ単にないものねだりなんだけど」



 持っていたはずのものを、ないものねだりするとか、高度な人生だな。



「うーん。愛着あったんだなあ自分。性別ってものはただの記号だと思ってたけど、実際に社会的な扱いを受けると、変わってしまったんだなって思う」



 理屈のない落ち込み。論理的じゃない感情。でも愛着というのはそういうものだ。



 日本で車に引かれたあの日、僕が目にした痴話げんかで責められていた彼女は、浮気を知ったとき、そして喧嘩で彼が浮気相手をかばっているのを見ても、愛着をその男にむけられたのだろうか。それとも、愛着を向けていたのは彼と過ごした想い出か、日常の惰性だろうか。たとえば恋人と電話を定期的に取り合っていたとか、同棲していたとかで日常の一部になっていた場合、彼のことを見限ったとしても、彼女は彼のいなくなった生活に、自分の気持ちの置き場を見失ってしまうのではなかろうか。



「僕も、男としての気持ち、どう整理して、どこに置けばいいんだろうか」



 なんか、よくわからないくらいセンチになっている。やめてくれ、ちんこを愛するメンヘラになっている……! いやビッチとかいうわけじゃなく、ちんこに郷愁を抱いているだけだ。いや、まあ、キモイ。



 「うへえ、寝よ」



 といって、寝床に寝転ぼうとした時、脚に小便が掛かったことを思い出して、ああ、洗わなきゃと思った。そう思ったら、この身体になってから、風呂に入ってないことに気づく。一日くらいならいいと思うけど、二日目だしなあ。



「……誰かに風呂場か洗える場所聞くか」



僕はエレベーターから下りて行った。すると、今日の昼間、トイレを案内してもらおうとした時に逃げられた人が又いた。



「すみません」



「……!」



「ちょっと洗い物したいんですけど、風呂場とかどこにあるんですか」



「……」



 その男――よく見ると覇気がなく、濁った目の色をしていた――はこちらをじろっとねめつけ、僕の全身を下から上まで見たようだった。なんかきもいな。



 僕は遠慮なく質問を続ける。



「あのー、聞こえてます?」



「聞こえている」



 彼は今度は、無言で逃げることはしないらしかった。どういう心境の変化だろう。



「出来れば案内してほしいんですけど」



 テスェドさんは忙しいみたいなので。



「そうか。あんまり知らない男にほいほいついていくものじゃないぞ」



「ははあ。そうですね」



 なんの話だろう。確かにまだ知らない関係性だけど、住人に道を聞くくらいわけないじゃないか。



「……わかってないな。まあ、いい。ちょっと待っていろ」



「あ、はい」



 僕は相手の意図がつかめないまま、ツタのエレベーター付近で、待機していた。



「あら、よそ者じゃない」



 そういって声かけてきたのは初めて見る女性だった。身長は今の僕より高いけど、細身の女性。かきあげられた髪の毛は、額の分け目から肩の毛先までうねりをもって伸びていてゴージャスな雰囲気だった。この銀髪は、つやがあり生命力豊かな印象を与えている。よく考えると、聖樹内で女性に話しかけられたのはこれが初めてだ。やはり腕にはリングがまかれていた。植物のツタのごとく細めだった。



「あ、ど、どうも」

 おもわずどもった。



「はぁあ。やっぱり杞憂じゃない。こんなちんちくりん、何を怖がって男どもは女をかくしたのかしらね。」



「お前は気にしないかもしれんが、他の奴は気にするんだ。周囲を見ろ」



「あんたはヘタレだもんね。すーぐビビッて、正体不明なものから逃げ出すんだから」



「言ってろ。リスクは取らない主義なんだ」



「のわりに、今回はどういう風の吹き回し?」



「日に数度話しかけられてみろ、目をつけられたと思うだろう。お前は用心棒だ」



「あ~、それはこわかったでちゅね~ママが守ってあげますからねえ」

 男は肩をすくめただけだった。



「ええ、っと僕なにか怖がられてます?」



「ああ、気にしないで。こいつは初対面が嫌いなのよ。私はこうやっていつも仲介させられて、糸電話の糸じゃないっつの」



「はあ」

 僕はいきなり出てきたお姉さんの愚痴に対し、生返事をする。



 お姉さんは男を後ろにどかすと、僕の顔をじっとのぞき込んできた。



「へえ、お風呂入りたいんだ」



 その言葉の意味を理解した時、僕はとっさに半歩後ずさった。すると、今いたのがエレベーターの穴のふちだったために、穴に落ちそうになった。



「うわ」



「よっと」



 お姉さんは軽々と僕の腕をつかんで、床のあるところまで引き上げた。華奢な体格なのに膂力があるのはどういうことだろう。僕も誰かを軽く支えられるくらい筋力が欲しい。



「ふーん。私に憧れてもなにもいいことないわよ」



「いや、憧れてって……?」



「筋力欲しいの」



「……なんでわかるんですか?」



「そういう力」



 僕は、単純に驚いていた。そして、おそらくこの人は僕の気持ちを覗き込めるのだろうとおもい、そこで考えることを止めようとして、思考がぐちゃぐちゃになった。



「混乱のオレンジ」



「思考が読めるんですか」



「いや? ただ、感情の色が見えるだけ」



「でも、僕が筋肉をつけたいって」



「ああ、それはカマかけよ。といっても、大体私に支えられた奴は男女限らず、私の細い腕を見て驚くのよ。あんたはそこに羨望の色が見えたから、憧れているんだろうなって思っただけ」



 なんだろう。すごい丁寧に教えてくれる。もしかして、僕がこの村にいることが不安なのもお見通しなのだろうか。察せられているんだろうな。



「そんなことより、汗流しに行きましょうか。あ、服も洗濯したいんだっけ。ちょっと待っててね」



 何から何までお見通しだった。感情しか読めないらしいけど、本当に考えていることがわかるのではないだろうか。いったいどうやって、感情の種類から思考を判別するのか。超能力だと思った。お姉さんが奥に引っ込んだ。



 気づいたら目の濁った男はすでにいなかった。



『D.C.』の白河ことりって、よく性格悪くならなかったなあと思います。メルセスさんも頭痛持ちにしようか迷いましたが、健康児にしときました。

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