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Side 航

「奥様は今、妊娠三カ月に入ったところです。流産の危険もあるので薬や治療も強い処置は避けます」


「・・・」


医師は俺が無言なのをさほど気にしていないようで、次の診察が押しているのか事務的に今後のことを少し忙しなく続けて話す。


「上のお子さんの育児も大変かと思います。ご両親など応援は頼めそうですか?」


「両親・・・」


「両親でなくても構いませんが近い方に応援を頼んだりして乗り切るしかありません」



彼女の病室に戻れない。

どうしたらいいのだろう。今、彼女の姿を見て取り乱すわけにはいかない。俺は病院の待合室のソファに浅く腰かけ、眉頭を抑えて項垂れた。そうでもしないと涙がこぼれそうだった。



「航さん」


「パパー」


のんびりゆったりした初老女性の声と、かわいい女の子の声で我に返った。


「お義母さん、百合」


「航さん、お仕事忙しいのにごめんね」

彼女の母親、つまり俺の義理の母親が困り笑顔で俺を気遣った。


「いえ、お義母さんこそ仕事中に百合を保育園に迎えにいってくださってありがとうございました」

俺は頭を下げた。


「かしこまらないで。もう家族なんだから」

そうはいっても俺はきっと何年先も頭が上がらないだろう。俺達を支えてくれた人はまぎれもなくこの人だから。


「貧血、今回もひどかったのかしら。最近確かに仕事が忙しそうにはしていたけど・・・」


「いえ、それもあるとは思うんですが実は・・・」


「パパ。ママはどこ?」


俺と彼女の愛娘である百合は俺達を急かして聞いてくる。早く彼女に会いたい様子が伺えた。どうしようか。俺と付き合っている日から記憶がないのだ。


「独身なのに」といっていた彼女の前にこの子は俺達の子だといって会わせてもいいのだろうか。この状況がくるのがわかっていたのにどうして最初に医師に聞かなかったのか。いや聞いていても俺はきっと上の空だったに違いない。どうしたら最善かわからなかった。


「あ、ああ。こっちだよ」


俺はそういってお義母さんと百合を彼女の病室へ案内する。ここは県病院で大きいので待合室から病室まで距離があった。その間にお義母さんにだけでも話をしようと試みた。


「お義母さん、花純さんの容体なんですが」

「ええ。どうしたの?」暗い重苦しい表情から伝わったのかお義母さんが改めて引き締まった顔をこちらに向けた。


「記憶喪失だそうで」

「え!??」

あまりに素っ頓狂な声を上げたので、百合がビクっと震える。

「なあに?」

百合も不安そうに俺達に顔を向けた。

「ママはちょっと忘れているみたいなんだ。そっとしておいてあげようね」


俺は出来るだけ簡単に、だが不安にならない程度に百合に話してみた。今年五歳になる百合は理解したような、していないような複雑な笑顔でコクンと頷いた。


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