Side 航
俺はその頃、診察室で脅威していた。
「記憶喪失・・・ですか?」
「はい。とはいっても脳に異常はありませんし外傷もありません。まだ私は目覚めた花純さんと話してないので何ともいえませんが・・・ご主人の話を聞いた限りだとすべての記憶を忘れたわけではなく、あることやある一時期の記憶がないのかと」
「あることやある一時期?」
「はい。奥様の場合だとご主人様と結婚する前から今日までだと推測されます」
「結婚する前・・なんで」
「はっきりとした回答ではありません、あくまで推測でお答えさせていただきますがそのような一過性の記憶喪失は奥様にとってよほどストレスがあったと考えられます」
「ストレス・・・」
「その時期を忘れたいとか」
「忘れたい・・・?」
「あくまで推測ですよ。大変失礼なのですが。こればっかりはまた後日に臨床心理士に検査してもらわないとわかりませんが。記憶喪失といってもすぐ戻る場合もありますし、一生戻らない場合もあります。ご本人も辛いかもしれませんが、そばでケアするご主人が大変つらいかと思います。あまり思いつめないでくださいね」
そんな気休めの慰めなんかいらない。
治してくれよ。
そんなこと医者にいったってしょうがない。
葛藤した結果、無言を貫くこととなってしまった。石になったように動かない。動けない。
彼女が職場で貧血を起こして倒れた旨の連絡が夫である俺に連絡がきた。急いで早退して電話で伝えられた県病院に駆け込み、目が覚めた妻に言われたことは「篠田課長」「同行していたのに」と言っていて何をいっているのかわからなかった。
記憶がない?そんな。
でも俺のことを忘れている風でもなかった。何が起こったのだろう。
よく考えると彼女は俺と付き合うことになった日をいっていることに気付いた。
彼女は俺と結婚したことがストレスだったのだろうか?あの口ぶりからすると俺と付き合う前の記憶だ。おそらく一緒に取引先に同行した日。告白してイエスの返事をもらった時だ。
あの時から記憶がないのだとしたら、俺と付き合うことすら彼女にとってはストレスだったということだろうか。
俺は少なくとも、彼女とうまくいっていると思っていた。
だって・・・