Side 花純
私が知っているお手軽ですぐうどんがでてくるセルフオーダー店って周辺じゃここしかなかったよね?
と思いながら彼の後を追っていく。
着いた場所はいかにものんびり、ゆっくり時間とお金があるセレブがいきつけのような和食屋が目の前にあった。
「ここですか・・?」
「うん。ダメ?」
「ダ・・ダメ?ってなんですかその捨てられた子犬みたいな顔は」
やめて。そんな整った顔で子犬のようなかわいいおねだりしないで。また胸が高鳴って困るから。
そういうと嬉しそうな顔をした後で、真っ青になって考え込んでいる彼がいた。
「課長?顔色悪いですけど大丈夫ですか?」すかさず彼を覗きこんで問いかける。おかしい。一体どうしたのだろうか。情緒不安定なのか?
「あ、ごめん。大丈夫。さあ入ろうか」
かぶりをはらって彼は笑顔でうどん屋の暖簾をひらりと拭って入店した。
「篠田様!お久しぶりでございます」
入店するなりうどん屋の女将が上機嫌で寄ってきた。
そうか。彼は御曹司なのだからおひいきにされているのだろう。
「女将さん、久しぶり。個室あいてる?」
「ええ、お坊ちゃまの為にあけておりますよ。ささ、どうぞ」
そういって奥の部屋に案内される。
「ごゆっくり」
和室の個室に案内され、障子を閉められた。出された食前の暖かいお茶をお互い無言で飲む。
「昔からひいきにしていてね。小さい頃から通っていたから三十六のおっさんに向かっていまだに坊ちゃんだよ」
少しくだけた笑顔でそういった彼がプライベートを話してくれるのは初めてじゃないだろうか。なんだか嬉しくなった。
「そうでしたか。小さい頃からこんな素敵なお店でうどんを食べられるなんて素敵ですね。私、てっきりうどん屋っていうとすぐでてくる一人500円以下のうどん屋さんを想像していて・・こんなお高いうどん屋さんをお願いしたわけじゃなくて・・何かすみません」
いくら社長の息子とはいえ、部下とはいえプライベートでいくお高いうどん屋さんに連れてきてもらうなんて。軽々しくうどん屋なんていうんじゃなかったな。きっと彼の「うどん屋」と私の「うどん屋」は想像するイメージがまったく違うんじゃないだろうか。落ち込む。
「何でだよ。俺がこの店を選んだんだよ。沢木さんにもぜひここのうどん食べてもらいたくて」
「はあ・・すみません」
彼は不機嫌に払拭してくれたが、一度落ち込んだ気持ちはなかなか回復してくれそうになかった。
「昼うどん御膳でございます」
着物姿の店員が颯爽と昼うどん御膳を持ってきた。お品書きは生醤油うどんに松茸と牡蠣の炊き込みご飯、小松菜と油揚げのおひたし、季節の野菜と海老のてんぷら計五品、あんみつだった。た・・・高そう・・なんか品がある・・働いてきて初めて高いランチに来た。これ、私の一週間の食費代くらいかかるんじゃ・・・と震えそうになったが温かいうちに食べたかった私はその控え目な謙遜心は横に置いて、食べることに集中しようと思う。
一口・・
「美味しい・・・」
ああ。高級ってこういうことをいうのかしら。お出汁がよくきいて美味しい。
「よかった。こういったご飯すき?」彼は安著した顔で問いかけてくる。
「はい。イタリアンとかも好きですけど基本的には和食が好きです。うどんは香川県に食べにいくほど好きなんですよ」
「え、香川に?遠いのに」
「はい。製麺所に並んで。百円台ですけど美味しいんですよ。ここのうどんもコシがあっておいしいですね」
彼には想像がつかない世界だろう。庶民はそれが楽しいのだが。もちろんこういったきちんとしたお店で食べるうどんもおいしいが、製麺所に並んで小汚い店で食べる打ちたてのうどんは格別に美味しい。またいきたいなと顔をほころばせながら、目の前の美味しい高級うどん御膳に舌鼓を打っていた。