Side 花純
その課長が今年に入ってからぼんやりしていることが多く、皆が心配していた。冬季休暇が明けた時からだから、プライベートで何かあったのだろうと噂が流れていた。年始の仕事始めからまだ数日しかたっていないのに、少し様子がおかしいだけでこの噂。
いつだって彼は会社で噂の的だ。
わりと仕事で一緒になることが多いが、確かに彼の様子は可笑しかった。ぼんやり、ため息。いつもポーカーフェイスでプライベートや個人的な感情が見えない彼。
人当りがいいのだが、他人と一線を引いている。大らかで誰に対してもソフトな印象だが悪くいえば誰にも興味がないから他人が何をしても関心がないといった具合にも捉えることができる。私がミスの原因を説明していても上の空だった。
「篠田課長?大丈夫ですか?」
体を少し前のめりにさせて彼の顔を覗きこむ。すると彼は綺麗な目をまん丸くさせて我に返ったようだった。
「ごめん、この数字がなんだって?」
聞いていないなんて前代未聞である。本当にどうしたのだろう。そう思ったがやっと話ができると踏んだ私はそのまま業務の話を続ける。
「ええ、桁が間違えているのかと思いましたがそうではないみたいです。過去の実績や損益書もひっぱってみたらおそらくこのフォーマットの様式が前税率のまま自動計算されているようで」
「ああ。それで見積書がおかしいのか。なら先方にお詫びしなければならないな」
「書類が経理部からまわってきた時点で気付けばよかったのにそのまま承認してしまっていて申し訳ありませんでした」
「いや、沢木さんのせいじゃないよ。調べてくれてありがとう。申し訳ないんだけど先方にお詫びにいく際に同行してもらえない?」
「同行・・ですか?」
「ああ。先方が実は沢木さんの電話応対とか書類の手際さとかを買っていてね。ぜひお会いしたいって前からいわれていたんだ。今回のミスは当社の不手際だし沢木さんを同行したら先方専務もすぐ許してくれると思う」
「え、私ですか?」
「そう。沢木さんだよ」
「私、そんな。単なる一事務員なのに」
挙動不審になってキョロキョロ、オロオロしてしまう。
やめて。何なの。
私、担当している案件ではないし同行って事務員で聞いたことないわよ。とかいいたいが、相手は上司だ。しかも当社の御曹司。いえるわけがない。