錬金術師、外に出る・2
家に帰るとそこは修羅場だった。
「なんで君たち喧嘩してるの」
「「だってそいつが/こいつが」」
「えぇ…」
素材の買い付けが終わり、自宅に戻ると入口で男女2人が喧嘩をしていた。なんで?
「とりあえず落ち着こうよ2人とも…、あと家の中入らせて?」
「で、なんだって森の賢者と名高いエルフ族がこんなところに居るのよ。ちゃんと説明してくれるわよね?」
「先程説明した話が聞こえませんでした?私はヘルに買われてここに居るんですよ、もしかして言語が違って通じてないのでしょうか」
「通じてるわよ!わたしは今ヘルに聞いてるんだから!胡散臭いアンタの話なんて誰が信用するって言うのよ。ちょっと黙ってて頂戴」
「ああそうですか。ところでヘル、この野蛮なメスザルはどこのどいつですか?もし友人というなら些かあなたの見る目を疑いかねないんですけど…」
「何ですって?!このインチキ男!わたしはヘルの大親友よ!」
「私は今ヘルに質問してるのです。キーキー煩いので黙ってて貰えませんか?」
「何この2人、相性悪…」
完全に敵対認識をしている2人の間には火花が散っている、ように見える。
言い合いをしながらもクロウが用意してくれた茶をひと口飲み、息をつく。
「ええと、彼女は親友のルイス。子どもの頃からの付き合いだし、王宮魔術師として働いてるれっきとした人間だからね」
向かい側に座るルイスは、鮮やかなレモンイエローの金髪を弄りながら少しつり目がちの赤い瞳で鋭くクロウを睨みつけている。
その鋭い視線を完全に無視し、わたしの隣に座って涼しい顔で茶を飲むクロウ。
「こっちはエルフのクロウ。…昨日、奴隷として売られていた所を保護…買いました」
「ああ…嫌な予感が当たったわ…」
「え、なに。もう噂になってる?」
途端に頭を抱えたルイスにクロウと目を見合わせる。
「今、国王がやっと人身売買と禁術盗みの件に力を入れ始めてね、この件に加担していた各貴族達が次々と絞められてるんだけど、そのうちの一人が近々エルフの奴隷が売り出されるって情報を吐いたのよ」
「……」
「世界条約の一つに他種族、他国の民の人権を侵してはならないってやつあるでしょ?だから国王が血眼になって探してるらしいのよね…そもそも人身売買、奴隷はこの国禁止だし」
「………」
「…まさか」
「…この国には後先が考えられない阿呆が沢山居ると、今しみじみと理解しました」
冷や汗をかきながら目を逸らすわたしに変わって、ため息をつきながらルイスに右手の甲を見せるクロウ。そこに描かれている模様を不思議そうに覗き込んだルイスは次第に顔を青ざめさせた。
「これは、シュピクルの実の葉…?いやこの魔力ちょっと待ってもしかして」
「概ねあなたの想像通りですね」
「…わたし、アンタの魔力がヘルにべっとりくっついてたから、てっきりあの子が良いように騙されて喰われたのかと思ってたわ…。タチの悪いマーキングかと思ってたの…」
まだそっちのほうがマシだった…と頭を抱えるルイス。苦い顔をしている2人に、状況が飲めないわたしは首を傾げる。
「え、そんなに不味いやつ?クロウが契約破棄の方法知ってるから、後で解いてもらおうと思ってたんだけど」
そう言うとルイスはクロウを鋭く睨みつけた。
「アンタ今すぐ解きなさい、今すぐに」
「無理ですね」
「なんで!」
「そもそもすぐに解けるんだったらとっくにここに居ないどころか、売られる前に自力で逃げてます」
「そういえば確かに」
「確かに。じゃないわよ!なんで2人してそんなのんびりしてるのよ!なんで今すぐ解けないのよ、正当な理由があるのなら説明しなさいな」
「何故あなたに話さなきゃいけないんですかね」
「なんですって!」
どうして喧嘩腰でしか会話が出来ないんだこの2人は。まぁまぁ、と間に入って宥める。
「とりあえずわたしが話についていけないから、2人とも説明してくれる?今すぐ解かなきゃまずい理由と、今すぐには解けない理由を」
そう言うと、一旦休戦状態に落ち着いた2人。先に口を開いたのはルイスだった。
「人身売買、禁術使用、しかも相手は魔力の多いエルフ。トリプルコンボでバレたら間違いなく極刑よ」
「えっ」
「何も知らずに人助けくらいの気持ちで買いました、解放済みです。なら軽いお咎めで済んだでしょうけど、隷属の魔法を見られたら間違いなく国家転覆でも企んでると思われて…消されるんじゃないかしら」
「全くそんなつもりはなかったんだけど…、家事炊事やってくれるって言うからついうっかり…」
「その楽観的な思考をどうにかしなさいアンタは」
「うーん、隷属の魔法が禁術だっていうのは知ってるけど、命令式って確か制限があるって習わなかったっけ?」
数年前まで在学していた学院のことを思い出す。最北にカルディナ魔術研究学院という名門があるのだが、二世界併合から数年後、少しでも多くの者たちが門戸を叩けるよう数箇所に分校を設立した。この国にも支部が設立されたのでわたしも師匠の勧めにより、そこで魔法を勉強していた時期があった。
まぁ、魔力量がみそっかすなので途中でやめたけど。
隷属の魔法には二つ制限が掛かっている。一つは他者を攻撃する命令は出来ないこと、もう一つは同時に出来る命令は二つまでということ。
「そう、表向きにはそう伝わってるわね。わたしも今回の件で本当の隷属の魔法を知ったんだけど、この魔法の本来の使い方はそれら「命令」じゃなかった」
その続きを話したのは先程まで黙って茶を啜っていたクロウだった。
「簡単に言うと奴隷の魔力を主人が契約刻印を通して使う事が出来るんですよ。だから、命令式なんてものも制限も意味無いんです。そっちは悪用しようとする者が増えないようにするためのカモフラージュ。本来の使い方こそ、隷属の魔法が禁術たる所以です」
「…つまり、わたしがクロウの魔力を借りて魔法が使えるようになってるってこと?」
「そういう事です」
「今なら湯を沸かして髪を乾かしても魔力切れにならない?!」
「それどころか、王宮の一つ二つ吹き飛ばせるんじゃないですかね」
「呑気に物騒な話をしないでちょうだい」
目を輝かせるわたしとそれを助長させるクロウを、呆れた目で見るルイス。
「それで、インチキ男…アンタはなぜ今すぐ解けないのよ。契約破棄に何か触媒が必要とかそういう魔法じゃないはずよね」
魔法を発動させるには、呪文、魔法陣、触媒の使用という、3つのやり方がある。複雑で強大な魔法ほど発動に必要な手順は多くなり、この世で一番複雑な魔法と言われる「転移魔法」などはその3つ全てを必要とするらしい。
隷属の魔法自体は呪文のみという手軽さも相まって、禁術認定されたのではないかと一説もある。
「…生命石が今無いんです」
「へ?」
クロウの言葉に思わず素っ頓狂な声を上げたルイス。
「捕まった時に身ぐるみ剥がされて、杖ごとそのままどこかに」
どうやら彼の生命石は杖に組み込んであったらしい。
「生命石が無いと繊細な魔法を上手く制御しきれないんですよ、隷属の魔法は破棄呪文が細かすぎてそれに当てはまりますね」
「えぇ…」
「そんなサラッと無理ですね、って言ってる場合じゃないわよね?生命石よ?アンタそれ無くてどうするのよ」
変わらずの無表情で茶を啜るクロウに思わずルイスが突っ込む。
ローグの言ってる通りだと、産まれた時から持ってる自分の魔力で作られた魔石、というのが生命石に当たるらしいがルイスの焦り様を見るに、また違う意味があるのだろうか。
「生命石って魔力媒介の役目以外にも何かあるの?」
「なんで買ったアンタがエルフについて何も知らないのよ…」
そう聞くとルイスが呆れた顔をしてこちらを見る。
「エルフの生命石は第二の命とも呼ばれてる魔石なの。個人の差もあるけど、何割かの魔力を生命石に溜めてるとか、自分にも壮絶な痛みが走るとか命を落とすとか聞くわね」
「えっやばくない?誰かに石を割られたら不味くない?」
思ったよりも事が重大だという事に気が付いて焦って彼の方を見たが、やっぱり無表情だった。
「死ぬ事は無いですけど、割れれば痛いし石がなければ故郷の門はくぐらせてもらえないし、伴侶に贈る石が無くなるので、伴侶が作れないくらいじゃないですかね」
「へー、エルフのお嫁さんって旦那さんの魔石が結婚指輪なんだ」
「ロマンチックというよりは、愛の重さを感じるような…って、そうじゃないでしょう!」
華麗なノリツッコミを決めてくれるルイスが居るのでつい遊んでしまう。
魔石という事は、自分の魔力なら比較的簡単に探せるのではないだろうかと聞いてみたら、大体の位置は分かるようで。
「大体この国の中央と少し北辺りに感じますね」
「…あれ」
「……」
ルイスの方を向くと凄い勢いで目を逸らされた。
「まさか、珍しい魔石とか言って貴族の誰かが献上しちゃったとか言わないよね?」
「………」
中央都北にある王宮務めの魔術師が、冷や汗をかいてる気がするのは気のせいだろうか。目を逸らして明後日の方を向きながらルイスはクロウに問いた。
「…一応聞くのだけど、魔石ってリーフグリーンの丸い形をしてたりしないわよね…?」
「よくご存知ですね、全く色も形もその通りですよ」
「ルイスよく知ってるね…、もしかして珍しい魔石だって魔術師塔に運び込まれた?」
わざとらしく声のトーンを上げて褒めるクロウに絶望的な顔をしたルイスは思いきり机に伏した。
「わたしのパパが、一昨日国王様に大きくて珍しい魔石だって献上しちゃったのよぉ!!」
ルイスの実家はこの国の貴族、伯爵家に名を連ねているのと父親が王家御用達の商会を率いている為に謁見の機会も多い。きっと生命石も商会から回ってきたのだろう。
中央北、王宮、献上、国王。
この場にいた全員が状況を把握できないわけがなかった。
「…とりあえず、パパにこの話をしてもいいかしら?わたしたちだけじゃ手に負えないわ」
「わたしは大丈夫だけど、クロウは?」
「王宮に忍び込むという手は」
「国王は気に入って私室に飾ってるらしいわよ」
「無理ですね」
何食わぬ顔で王宮へ忍び込む事を考えるクロウの発想を、ルイスは一蹴りした。
また二人の言い合いが始まったけど、不治の病な気がするので放っておく事にした。暫く居候が増えるだけと思っていたら、なんだかとてつもなく面倒な事に巻き込まれてしまった。まぁ、うっかり彼を買って保護してしまったのは自分だし。
「一旦どうするかはパパ次第でいいわね?ヘルは特に気を付けなさいよ、捕まったら即牢屋行きかもしれないわ」
「どうせいつも通り引きこもってるから大丈夫大丈夫」
「その楽観的思考が何より一番不安の種だわ…」
「失礼な」
わたしだってどうするかくらいは考えている。魔法の痕跡を残さないように忍び込む方法とか、契約解除のやり方とか…。なんて考えていたら腹の虫が鳴き始めた。もう日も登りきって蒸し暑くなってきた頃だ。
わたしの腹の虫に気が付いたクロウが席を立つ。
「お昼にしましょうか」
「やったぁ。ルイスも食べてく?クロウのご飯美味しいよ」
「わたしは仕事抜けて来てるからもう戻るわ。話しが進んだら報告に来るから、それまで余計な事するんじゃないわよ?」
そう言ってルイスも席を立ち、最後に言い残して帰っていった。
まさに嵐のような来訪であった。終始喧嘩腰だった彼女だが、彼女なりにわたしを心配してくれてたのは分かっている。王宮に飾られてるなら暫く割れたりする事はないだろうし、先にやるべきは途中になってる作業の続きだ。
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人物紹介
・ルイス
伯爵家の令嬢にして優秀な魔術師。ヘルシリカとは幼い頃からの親友で、彼女の師匠が居なくなってからだらしない生活をしていたヘルシリカの事をよく叱っている。