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拾い猫は錬金術師の胃袋を掴む  作者: フグ田ほたて
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錬金術師、野良猫を買う・1


「しまった、銀水魚の鱗がもう無い…」


銀水魚の鱗が入ってる筈だった空っぽの瓶を手に、陰気臭い雰囲気を醸し出しながらため息と独り言を洩らす。自然と独り言が増えてしまうのは一人暮らしの悲しい癖なのだ。

材料を切らした事によって強制的に作業が一時停止、それと同時に集中力も切れた。すると、作業に没頭してたお陰で忘れていた疲労感と眠気に襲われる。乱雑に置かれた本や紙を適当に退け、作業用兼寝床にしている柔らかいクッションが敷かれた愛用の椅子へ体を預けて一息つく。

豊かな水源と海洋貿易で栄えるこのアキュリス王国王都の中でも端に位置する住居区5番街。その一角にある自宅兼アトリエは、日当たりが悪く、人通りも少なくて静か、そして程よい狭さという、金切り声が煩い大家のおばさんを除けば最高の作業空間。

そんな最高の空間は、今日も今日とて最低限の足の踏み場だけ残して荒れに荒れていた。

自他ともに認める生活力の無いわたしは、作業に集中すると衣食住全てを後回しにするし、そもそも料理も片付けも出来ない。するのも面倒だけど、まず出来ない。

友人には、「アンタ錬金術師なら料理も調合みたいに出来るんじゃないの」と言われるが、それはそれ、これはこれ、なのだ。

片付けに至っては、やろうと手に取るは良いが、過去に思い浮かんだ錬金レシピを書き殴って放り出してた紙束が散らばる床を見てしまえば、そのまま脱線してレシピ開発へ。何がどこにあるのか自分が把握してれば問題ないし、この書きかけのレシピもいつか改良するかもしれない、と後回し。そして一向に片付かない。そう、典型的に片付けが出来ない人間の特徴である。


そんな生活力皆無のだらしない引き籠もりでも無事に暮らせるのは、生産ギルド所属の錬金術師としてそこそこ稼いでいるからだ。錬金術というのは大昔、隣国フローラシアのとある女史によって広められた技術で、様々な物質を材料に全く別の物質へと変え、あらゆる物や薬を生み出す事が出来る。

魔法も存在しているが、魔法使いというのはどんな天才であっても、本人の魔力量によって能力の限界がある。その点錬金術は魔力を媒介としない技術なので、知識と閃き、材料と努力と根気さえあれば無限に可能性がある魅力的なものなのだ。本当は、魔法以上に発想力が問われるのだがそこはご愛嬌。そんな錬金術を大げさに持ち上げてるが、別に魔法を蔑視しているわけではない。わたし自身の魔力量が低いのもあったために魔法が主流の生活は不便というのと、錬金術を愛してやまないだけで。

魔力が当たり前に存在するために、暖炉や釜戸へ火をつけるのに火魔法、バスタブに湯を張るにも水魔法と火魔法、髪を乾かすにも風魔法と魔力ありきの生活が一般的なのだ。

それでも、20年前に起きた「二世界併合」のおかげでだいぶ暮らしやすくなった。「二世界併合」とは、この世界ともう一つの世界が重なり一つになった事で、詳しい事は省くが当時の世界中を大きく揺るがす事態だったらしい。

その頃まだ生まれていなかったわたしは、知識として知っているだけだが、元々は一つだった世界を、昔の人々が訳あって分離していたのだという。彼の世界では魔法の発展が凄まじく、「魔石」という魔法を封じ込めたアイテムが普及していて、非魔法使いや魔力の低い人にも生活で不便が無いよう、魔石が市場に出回っていたのだ。

その魔石は勿論こちらの世界でも需要しか無く、突如注文が倍増してしまった魔石は魔法使い達が手作業で作らねばならない。その為に、全世界で普及して10年以上経った今でもそこそこ高価なアイテムの一つになってしまっている。


なんて、あーだこーだと話を逸らしても欠品中の水銀魚の鱗は出てこないので、丸一日食事が収められていない空きっ腹へと買い置きしておいた作業中でも片手間に食べれる保存食を押し込めつつ、中身が殆ど入っていないクローゼットから服を取り出し、外出用の服へ着替える。

汚れても目立たぬようにと真っ黒な布を使ったローブから、丸襟のついた白いブラウスと膝丈程あるブラウンのスカートを身に付ければある程度は見れる状態へ。クローゼット横にある姿見に写った、ボサボサで艶のない長い赤毛は見なかった事に…したかったが、流石に酷過ぎるのでブラシで軽く梳かして頭の後ろへ黒いリボンを使って一括りにしておく。

どうせならギルドにも寄って完成した注文品達を納めて、あと食糧と、他にも在庫が少なくなっていた材料や魔石も買い込んでしまおう。大きめのショルダーバッグへ注文品が入った箱と大量のお金が入った袋を入れて、いざゆかん。

ちょっと立て付けの悪い玄関の扉を開け、約1ヶ月ぶりに太陽の下へ足を踏み入れた。



アキュリス王都は一応内陸に位置しているが、王都から南へ出て少し街道を行くと、すぐ海が見える。大陸の中でも暖かい地域に位置する為、一年中過ごしやすい気温ではあるのだが日中の日差しと湿度のコンボが厄介な敵だ。今日はまだ肌寒いほうだが、日が登りきる前にさっさと用事を済ませてしまおう。


錬金術の材料の入手ルートは大きく3つある。店での購入、自力で採取、そして裏ルートでの入手だ。

錬金術はどんな物でも材料になる。それこそ木の枝や石、野菜や果物からドラゴンの鱗、妖精の涙、魔物の牙まで。そして素材となる魔物を狩るには命の危険が伴う。

材料は基本的に、冒険者ギルドで依頼を出す。その為、滅多に一般の流通では殆ど出回らないし、あったとしても到底手が届く値段では無いのだ。ギルドの依頼だと人件費や狩るために必要な物資の予算込みなので仕方がないけど高くつく。

先程切らした銀水魚の鱗も、北のアラウス湖に生息する魚の姿をした魔物から捕れる物で、アラウス湖でしか捕れない事から希少とされている。

なので、住居区5番街から南西に位置する商業区4番街へ向かう。王都は貴族居住区、一般居住区、商業区、職人区へ大まかに分けられている。その中でも番号付けがされているのは治安の良さを表していて、若い桁ほど治安が良く裕福層も多く暮らしている。


わたしが贔屓にしている4番街の裏店は通称、裏4番街と呼ばれる場所に店を構えていて、そこそこに治安がよろしくない。とは言っても腐っても王都なわけで、若い女性が1人で乗り込んでも一応は大丈夫なレベルだ。

薄暗い住居区5番街を抜けた先は、一つ手前のそれまた薄暗い裏3番街に出る。この道は裏4番街へ行くには必ず通り道となる。裏3番街は、主に人身売買、一般的に奴隷と呼ばれるもの達が取り引きされている。何故王都に堂々と存在しているかなんて明白だ。


だって貴族御用達なのだから。


(相変わらず嫌な空気だなぁ…)


なるべく視界に入れないようにするけれど、広くない道へ無理やり商品を広げられているせいで、鎖で繋がれた者たちの虚ろな瞳、奴隷商人の欲に汚れた瞳などが嫌でも目に入ってしまう。ここで買われた者たちは、下働きとしてこき使われるか、綺麗な顔立ちや珍しい種族なら愛玩用として使われるか。どの道救いなんてない。

彼らはそれを理解しているから、全てを諦めた瞳で空虚を見つめるのだ。

こんな場所から早く抜けたくて進める足を早めようとしたところで、彼らの中では異質に見える程キラキラと輝く瞳と目が合ってしまった。こんなところで、まだ希望を捨てない者が居るのか。その輝く色を前にして思わず立ち止まってしまう。

その輝く色は、ボロボロの外套に隠された顔から覗く、キラキラと日差しを浴びた新緑を思わせるようなリーフグリーンの瞳だった。体格的には男性だろうか。

その瞳はこんな所では勿体ないほどの輝きに満ちていて、そして、彼はわたしを見つめながらリーフグリーンの瞳をゆるく三日月型に歪ませた。


立ち止まったまま動かないわたしに気が付いた汚い髭の奴隷商人は、怪訝そうな表情をして酒臭い口を開く。


「嬢ちゃんにゃ、コイツは高くて手は出せねぇよ」


ほら、とそう言って彼の外套を乱雑に外すと、息を飲むほどの美が晒された。

汚れてはいるが、それでも隠しきれない美しい白銀の髪に中性的で神秘的な顔立ち。リーフグリーンの瞳を覆う真白い睫毛は雪のよう。

そして何よりも先の尖った耳。それは、


「エルフ…?!」


エルフ族は普段人間の前に姿を表さない。彼らは自分たちの森で生まれ、死んでいく。そう言い伝えられてきている。それがなぜ、こんなところに。しかもイケメン。


「最近捕まえたばかりの大物でな、コイツを買うには金貨500枚必要だ」


金貨500枚…、それだけあったら一般住居区に家が一軒は建てられそうだ。確かに並の一般人では手が届かない。


「とは言っても、500枚は破格なんじゃ…」


エルフならば、金貨2000枚しても納得するだろう。何故そんなにも安いのか。


「この商売も信用第一なんでな、貴族様に何千枚も吹っ掛けて使い物にならなかったらどうする」


そう言って顰め面をしながら彼を横目に見る奴隷商人。

もし売れたとしても偽物、あるいは未知の存在であるエルフが何かしらの方法で隷属から抜け出したり、主人を傷付ける可能性は無いと言い切れない。そうなった時、真っ先に貴族から矛先が向けられるのは奴隷商人だ。

エルフは奴隷商人の言動にも反応せず、じっとこちらを無表情で見つめてくる。わたしの顔に何か付いてるのだろうか。


(それにしても、エルフか…エルフの涙って霊薬とかの材料に使えるんだよね)


うっかり職業病を発症していると、黙ってこちらを見つめていたエルフの彼がわたしに話しかけてきた。


「そこの赤毛のお嬢さん、私を買いませんか?」


今ならなんと、家事炊事、掃除に洗濯、護衛にエルフの涙付きです!










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