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狐娘の提案、或いはWデート

そして、アステールがこの国にひょいっと現れてから3日後。

 

 「えっへへー

 今日はデートの日ー!」

 耳を立たせて上機嫌な少女に手を引かれ、おれは塔の門を潜った。


 狐の少女が身に纏うのは、背中の大きく空いた白いワンピース。そんなもので大丈夫なのか?と言いたくはなるが、これが獣人や亜人にとっては割と普通の服装なのだ。

 尻尾が小さな者であれば気にしなくて良い。だが、アステールのように床に擦るような長さのふかふかの尻尾が生えている種類では、着られる服にも制限が生まれるのだ。

 特にスカートなんて、尻尾を逃がしてやらないと後ろから見たらロングスカートですら持ち上がって下着が見えかねない。興奮して尻尾を立たせた日には完全に捲れてしまう。


 そんな尻尾だが、大きすぎて下から逃がせないわけだな。

 なのでワンピースを着るには、尻尾を逃がす為に背中に切れ目が要る。そこにボタンを付けて一人では魔法でボタンを閉めなければ着れないがぱっと見背中を開けないようにするか、寧ろ背中は出すものにするかはデザイナー次第。

 そしてアステールの選んだものは、背中は見せるデザインという訳だ。

 

 「……背中、隠した方が良いんじゃないか?」

 「えへへ、おーじさま、気になる?」

 「不安になる」

 「おーじさま以外に肌を見せたら、やっぱり駄目だよねー」

 うんうんとご機嫌に頷いて、少女は肩からかけていた小さなポーチから薄手の上着を取り出し(恐らくだが魔法で小さくしていたのだろう)、上から羽織る。


 「これでどうかな?」

 そしてその場でくるりとターン。ふわりと揺れるスカートに、それよりも大きく目を引く大きな尻尾。

 

 「……最初から着ててくれ。下手に可愛いから気になる。

 この国だって、亜人蔑視の風潮はあるんだから」

 「だいじょーぶ、おーじさまが護ってくれるよね?」

 そんなアステールを牽制するように、おれの影からひょっこり混沌とした目の色のカラスが顔を覗かせ、呆れたように鳴いた。


 「あんま迷惑をかけるな、ってさ」

 おれの影が住み良いのか、基本的に影から見ている変なカラスの声を勝手に代弁する。

 いや、ニュアンスは何となく分かるというか、その程度でしっかり分かるわけではないんだが。

 

 「うんうん。ステラもおーじさまにめーわくかけたい訳じゃないしー気を付けるねー」

 二人して塔を出たところで待ちぼうけ、他愛もない話を続ける。

 

 「っと、日差しが強いな」

 本来は雨が降ったときの為なんだがと思いつつ、おれは手にしていた傘を広げ、狐の少女に向けて翳した。

 材質はぱっと見は木だが、実は中に芯として鉄が入っている。柄を捻ると芯が分離する仕込み杖ならぬ仕込み傘だ。

 これから向かうのは公爵家。特に、騎士団を束ねる武家だ。


 

 彼のストーリー上、何らかの武器は持っておかなければ不安で、だからといって堂々と持ち込むわけにもいかない。

 だからこそ、ちょっと耐久に不安はあるがこうして仕込み傘する訳だな。いや、本当は仕込み杖の方が頑丈なんだけど、子供のおれが長い杖ついてたら変だろ。

 特に、もう足は大体治ったし、杖自体が違和感を生じさせる。

 

 その点傘は良い。水や風の魔法が使える人ならちょちょいと魔法を使えば良い(風魔法でカーテン張ってドーム状に水が避けていく人間なら雨の日には良く見るだろう)が、それが使えない人間は傘を使う。

 特に、魔法が使えないおれが傘を持ってても何ら違和感はないだろう。いや、貴族なら御付きが唱えるから持ってないのが普通なんだけど、おれはそういう点でも、メイドに馬鹿にされててそうして貰えないって大義名分がある。


 「おーじさま、ステラは大丈夫だよー?」

 「いやでもな、おれが傘を持っていきたくて」

 「そっかー、じゃ、おーじさまの言葉に甘えるねー」

 言って、ぴったりとくっつくように少女はおれに身を寄せる。

 おれの足に、ふわふわした尻尾の毛が触れた。

 

 「……というか、アステールちゃん」

 「なにかなー?」

 「聞き忘れてたんだが、どうして此処に?」

 「えー、おーじさまに会いに来たんだよー?

 ほんとーは初等部に入ってーって思ったんだけどー」

 「入れなかった?」

 「ステラー、半年でそつぎょーしちゃう学年だから駄目だってー」

 「おれより年上かよ!?」


 因みにだが、おれが居るのは(学生じゃないから居るというのも可笑しいが)アイリスのところ、つまり本来より一つ下だ。そこがあと二年半近くで卒業なので……ヴィルジニーの二つ上、おれやエッケハルトの一つ上という訳だな。


 「そうは見えなかったな……」

 ぴこぴことご機嫌に動くそこそこ大きな耳の先がおれの鼻先くらいの大きさの少女を見て、おれは呟いた。


 「ところで、一旦帰ったのは?」

 「この本、完成させたかったのー

 おーじさまと離れるのは辛かったけどー、やっぱり必要だよね?」

 見せられるのは、魔神剣帝スカーレットゼノンの本。アステールは、この本や、それを題材にした劇の話をダシにして、ガルゲニア公爵家での庭園会への招待を取り付けたのである。

 その点は本当に有り難いんだが……

 

 「いや、流通早すぎないか?

 まだ一ヶ月だろ?」

 「えへへー。おーじさまに会ったのは一ヶ月前だけどー、大まかなお話しはずっと前から書いてたんだよ?」

 「いや、書けるものなのか」

 「おーじさまのお話しならーステラが教えて?って言ったら七大天様が幾らでもしてくれるから、帰ってからは本当のおーじさまにあわせてちょっと表現とか変えただけなんだー」


 「ノリが、ノリが軽い……」

 それで良いのだろうか七大天。

 いや、たぶん良いんだろうな。そんなフレンドリーな存在なのは、皆を、この世界を、愛している証拠なんだろう。

 

 「ああ、だから出版早かったのか」

 幾らこの世界における出版が魔法で映すものだから手早く済むとはいえ、原本が無いとどうしようもない。一ヶ月(48日)前後で書き上げて出版し、更には劇にまでするのはスピード早すぎるだろうと思っていたが、元からほぼ完成していたなら話は別だ。


 「って劇は?」

 「えっとねー。ステラ、一年前の新年の八八天くじ当たって、それから劇お願い?ってお金払ってたんだー

 あとは、ちょっと台詞を完成したのに合わせて変えて貰ったのー」

 「スケールが、デカい……」

 というかそれ、多分10000ディンギルじゃ足りない額使ってないか?

 いや、何口当てさせたんだよ教皇!?娘に甘すぎるぞ教皇!?しっかりしてくれ。

 

 「……まあ、良いか」

 諦めたように、おれは呟いた。

 

 にしても遅いなあいつ。

 そう思ったところで、漸く門に焔の髪が見えた。

 「遅いぞ、エッケハルト」

 「ごめんごめん」

 そして……ひょい、とその背から流れる銀の髪が見えた。


 「と、アナ!?」

 何時もと違って少しだけ不満げな表情でおれを……というか、おれの横の狐娘を睨む少女は、何時もの服ではなく、アイリスの私物だろう薄黄色のドレス姿で。

 「皇子さま。わたしも行きます」

 「どうしたんだアナ、いきなり」

 「心配なので、行きます」

 「あはは、こんな感じでアナちゃんに捕まっちゃってさ」

 困ったよな、とあまり困ってなさげにエッケハルトは呟く。

 まああいつはアナの事好きっぽいからな。一緒に居られるなら良いという判断なのだろう。

 

 「……アナ、遊びに行くんじゃないんだぞ」

 「えー、別に良いよね、おーじさま?」

 だが、アステールが気にしそうだし、今回は彼女の手を借りての事だからと思ったおれに、予想外のところから援護が飛んでくる。

 狐の少女は……一番アナを気にしそうだと思った彼女は、あっけらかんと許可を出した。


 「……あれ?」

 ちょっとだけ気が抜けたような声を銀の少女は溢す。

 

 「べつにー、ダブルデートでも良いよねー?」

 「オッケー!」

 焔の髪の少年の呑気な声だけが、快晴の空に響いた。

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