閑話・二人の太陽(三人称風)
第七皇子が、他愛もない訳ではない話をしている頃。
漆黒の闇……影の中に、突然明かりが差した。
それは、それ自体が燃える炎。小型の太陽とも言えるソレは、影の中に一つの影を映し出した。
「……よう」
炎に照らされて輝く銀の髪、挑戦的に吊り上げられた唇。
帝国皇帝の姿を確認し、そのカラスは……静かに影の中、翼を広げた。
「そんなに己の息子の影は居心地良いか、魔神王」
カラスは答えない。
「いや、心地良いだろうな。てめぇ等が封印されているのも、この世界枝の影の世界。そして人の影は魂の映し。
良く良く見れば、あのバカ息子の影は最初から、魔神の耳を見せていた。入りやすい筈だ。
忌み子、魔神への先祖返り。体は人であれ、その魂は……影は魔神のもの。故に入れる、そうだろう、魔神王」
カラスはじっと、色の混ざりあった瞳で、影の中に現れた男を見据える。
「……だんまりか
折角己が話をしに来たんだ。そっちも口を割れ。
それとも……死合うか?」
影の男が好戦的な笑いを浮かべるや、その周囲に炎が舞う。
「…………己はそれでも構わんぞ?
少なくとも、あの魔神娘の首くらいは跳ねられる。だが……正直な話な、己はあの馬鹿に賭けている。
あいつは馬鹿で、考えなしで、誰にでも噛まれる事を考えずに手を伸ばすことが皇子としての在りようだと思っているどうしようもない奴だが……
それ故に、あの馬鹿さに毒気を抜かれる者も居るだろう」
影はそのまま、白い三本足の烏を睨み付けた。
「故、あまり……過激な事をさせるな。
己に、あの自分を大事にせん馬鹿の支えになってくれるかもしれん奴を、危険因子と判断させないで欲しいものだな」
その言葉すら、カラスは羽ばたくのみで受け流し……
「紛れるだけならまあ良かろう。あの馬鹿息子の為、多少の情報が流れるのは必要経費だ。
だがな」
影の手に、炎の装飾の施された赤金の剣が現れる。
「貴様が出向いてくるとなれば話は別だ、魔神王。
何をしに来た。あの馬鹿息子は信じているようだが、流石にそこまで己は馬鹿にはなれん。答えて貰おうか、魔神王アートルム」
轟火の剣デュランダル。かつて魔神族と戦った勇士ロラン、本名ゲルハルト・ローランドが持っていたとされる伝説の剣をヤタガラスの眉間に突きつけて、男はそう静かに告げた。
「……アートルムではない。
私は、テネーブル。テネーブル・ブランシュだ」
「ふん。成程。伝承の魔神王当人では無いらしい。
テネーブル、か。帝祖の言っていた鴉皇子が」
「アートルムは父だ。だが、そんなことを話に来たのではないだろう」
「その通りだ。
喋って貰おうか、魔神王」
その言葉に、カラスは仕方ないとばかりに、嘴を開いた。
「全てはアルヴィナの為だ」
「……あの魔神娘か。取り戻しにでも来たか?」
「真逆。私にとって、あの子は全てだ」
「全て、と来たか。大きく出たものだ。
神話の皇子には愛する誰かが居たらしく、その執念で逃げ去ったと聞いていたが……それか?」
「違う。あの子は、アルヴィナは汝等が私達全てを狭間、影に閉じ込めた後に産まれた唯一の魔神。影ならざるこの世界を知らなかった無垢な幼き最後の魔神だ」
瞳を閉じ、魔神王であるカラスは、静かに第七皇子の影の中にその声を響かせる。
「そして、私の全てだ」
「……そうか」
剣は揺るがず、しかし炎は穏やかに、影の中の皇帝は静かにその言葉を聞き続ける。
「あの子の母は……私が護れなかった幼馴染は、太陽無き影の中で死んだ。最後まで、太陽の光を求めて、封印された世界で、どうしようもなく朽ち果てた。
私の掌には、父と幼馴染の娘が……アルヴィナだけが残った。
故に私は、止まるわけにはいかない。あの時、スノウに太陽があればという想いが、私を動かす。既に掌から取り零していた彼女の轍を、二度と踏ませないために。アルヴィナに、魔神族に太陽を。この世界を!」
「それが、貴様等の目的か」
「……その通りだ。人の王。
私は魔神王。魔神族に太陽を導く者、テネーブル・ブランシュ。汝等の死だ。
……だが、アルヴィナは違う」
「何が違う」
語気と共に、再度炎が吹き上がる。
此処が少年の影の中であるが故に、何時もよりは静かに炎は燃える。
「私の全てであるあの子は純粋だ。人を知らず、因縁を知らず、そして……断ち切られた世界で産まれたがゆえに、私達にとっては切っても切れぬ大いなる万色を知らない」
「……それがどうした」
「だからこそ、私は……アルヴィナの自由を見守る。
魔神が世界を覇することが出来れば良し。そうでなくとも、あの子に太陽が在らんことを、ただ、祈っている」
「はっ!随分と都合の良い発言だ」
「絆される事を期待していた上で、それを言うか人の王」
「違いない。貴様も己も、甘ったるい考えを持っていた訳か」
はっ、と笑い、皇帝は剣を消した。
「それで、だ。
貴様等の事情は分かったが、結局何をしに来た、シスコンおにーちゃんは」
小馬鹿にするような声音。
それを受けてカラスは、困ったように瞳の光を揺らした。
「……そう、あまり噛み付くな人の王。
私は魔神王テネーブル。だが今は……只のヤタガラスのシロノワールだ」
「……何?」
「今の私は、このカラスの姿が全てだ。忌まわしくかの後付けの魂に弾かれ囚われるか消える筈であった魂を、アルヴィナがその死霊術で繋ぎ止めたものに過ぎない」
「何?」
「業腹な話だが、一つだけ忠告を与えよう人の王。
汝等が戦う魔神族は、私達ではない。真性異言を魔神王テネーブルとして担ぐ者達だ」
「だから貴様はこうしている、と」
「当然だ。私にとって、何よりも優先すべきはスノウの忘れ形見、最愛の妹の未来だ。
穏健派を。アルヴィナを護り、万が一私が勝てなかった時に共に生き残るための者達を、気にせず戦力に組み込み、何よりアルヴィナにべたべた触れる今の私の体よりは、アルヴィナが心動かされた人間を見ていた方が、幾分か有意義というものだ」
「最後が本音か」
全く、と険しい顔を崩し、影の男はカラスへと背を向けた。
「人も魔神も、愛だ恋だは変わらんものだ」
「その通りだ」
「……己の自慢の……とは言えんが、悪くない阿呆だ。存分に見ていけ。
……少なくとも、馬鹿息子を殺さん限り、あの魔神娘には己は何もせん。後はあの手の掛かる息子次第だ。
それで良いな、魔神王」
「シロノワールだ。今の私は、白き闇の魂の残骸でしかない」
「良いだろう、だが、宿賃として、そして貴様の大事な大事なあの狼娘の為に、あの馬鹿をフォローしてやれ。
さもなくば」
「さもなくば?」
「貴様の羽で焚き火でもしようか」




