金銭感覚、或いは未来への展望
「ねーねー
おーじさまたちは、何をお話ししてたのー?」
無邪気に狐耳を揺らし、この一ヶ月で治ったのだろう(魔法を使えば一発だ)尻尾を左右にふりふりとしながら、少女が問い掛けてくる。
「いや、この先の可能性の高い未来をおれは知っている」
「ステラきいたことあるよー。それが、真性異言のとくちょーだって」
「そして、このエッケハルトもまた」
「そーなんだー」
全く興味なさげに頷くアステールに苦笑しつつ、おれは話を続けた。
「おれとエッケハルトはまあ、同盟みたいなものを組んでてさ。
基本的にはあんまりその知識を悪用しないようにしていたんだ」
「たとえばー?」
「例えばなんだけど、八八天くじがあるだろ?」
八八天くじ。七大天+万色で合計8つの文字の順番と、推しの天(8つから1つ)を組としてを選ぶくじだ。
一口最大1ディンギルで、全部で選び方は40320通りの8組あるので322560通り。全て当てれば8888×2で賭けた17776倍の額が返ってくる所謂宝くじだ。
因みに賭け元は七天教の教会そのもので、聖教国では全家族が新年に買うものらしい。凄い話である。
「おーじさま、どうしたの?」
「例えばなんだけどさ、未来が見えれば当たりを知ってたりするだろ?」
「うん、ステラー、竜姫さまに当て方聞いたよー?」
「いや、何て答えたんだそれ」
「ステラがおとーさんに可愛く『おねがい?』ってすれば、当たりますって。
そのとーりにしたら、おーじさまの本を売り出すだけのお金が当たったんだー」
すごいよねー、と尻尾をぱたぱたさせる狐少女。
ひとつだけ言わせて欲しい。
完全に不正だ、それは。当たったと言うか、当たりを書き換えて貰ったというか……
「と、とにかくだ。
そうやって答えを知ってれば、確実に沢山のお金が手に入るだろ?
でも、本来の……真性異言じゃないおれは、当たりの番号なんて知らないんだ」
「そうそう。だから、この記憶でもしも沢山お金を手にしたらさ、この先の未来は俺が知ってるものとは変わっちゃうだろ?」
「かわっちゃうのー?」
「だってほら、たっぷりお金があれば、本当は諦めてた事だって出来る。買えなかった武器も、手に入らなかった薬も、手に入るんだ」
だけれども、焔の髪の少年の言葉に、金の狐は首を傾げた。
「お金って、そんなに万能なのー?」
「大体の事は何とかなるな」
「じゃあ、ステラが持ってる10000ディンギルで、おーじさま買える?」
「非売品だ」
いや、いきなりとんでもない事言われたな!?
因にだが、親に言えば子供を売り飛ばしても仕方ない額でもある。
10000ディンギル、一家族がそれなりに豪華な生活を300ヶ月……一年が8ヶ月だからつまり37年くらいは出来る額だ。平民なら、喜んで子供を売り飛ばしかねない。
いや、当てたって特等か?言われたからってマジで17776倍当てさせたのか、未成年の娘に?
中々に闇が深いな、聖教国……
「30000までなら出せるよ?」
「いや、真面目に人身売買を考えるのは止めて?」
切り詰めなくても100年生きていける額とか、本気で止めて?
「アステールちゃん、今度デートしようか」
額を抑え、おれは呟く。
「いいよー!」
「……うん。何時か君が本当に誰かに恋したとき、金銭感覚のズレが心配になってきた」
このままでは札束で殴るタイプのアプローチとかしかねない。
そう思っていたおれの肩がつつかれ、おれは少年へと振り返る。
「どうしたエッケハルト」
「連れてってくれゼノ」
「いや、どうしたんだよ」
「なあゼノ。お前、アナスタシアちゃんに嘆かれてただろ!?
皇子さまは自分のお金を大事にしないって!お前の金銭感覚も不安で仕方ないわ!」
……ぽん、とおれは手を打ち合わせたくなった。
言われてみればその通りすぎるな!ポケットマネーを孤児の盗人を騎士学校に叩き込むために使い込み、見ず知らずの少年のために奴隷を買うバカ皇子が金銭感覚を説くって、不安しかない。
何というか、前世?とでも言うべき記憶で金が無かったせいか、おれの金銭感覚も酷いな。
いや、ゼノってお小遣いくださいと言えばもう持ち合わせがないからと言うまで毎月金をせびれたな……原作からか、金銭感覚の酷さは。
でも、序盤から毎月45ディンギル貰えるのって特に平民出でお金がないアナザー聖女編でデカいんだよな……アルヴィス編ではmax35と男女差別あるけどそれでも大きい。
それで一切友好度が下がらない(アナザー、アルヴィス共に)のは逆ヒモというか何というか……ちょろいな、原作のおれ。
「付いてきてくれ、エッケハルト」
「任せろ、バカ皇子」
「って、今はそれは良いんだ。
とりあえず、そうやって知ってることを活用したら、未来が変わって知ってる未来が知らないみらいに変わってしまう、って事なんだよ」
脱線した話を戻しつつ、おれはアステールに力説する。
「だからおれは、エッケハルトもだけど、そこまで大きく世界を変えないように動いてきた」
「ちょっとだけ変えたけど、大きな変化がありすぎたら……復活した魔神王を止められるって知ってる未来に辿り着けなくなりかねないもんな」
「……でも、だ、アステールちゃん」
「じゃあ、おーじさまは、未来がそうなってるからステラを助けたのー?」
「幻滅する?」
「えー、それで幻滅するのって、変な人だよねー?
だってステラ、助けて貰ったことには何にも変わりがないのに」
その言葉に、おれは少しだけ首を傾げる。
打算だから、ってのが気にならないのか、と。
ただまあ、そこは良いか。
「いや、そこなんだ。
本来、AGX-ANC14Bなんてものは、世界に出てこない。明らかにあれは、本来の歴史に無いものだ」
「誰かがー、歴史をかえようとしてるのー?」
「ああ。多分そうだ」
んー、と、目を閉じて狐の少女は考え込むような素振りを見せ。
その耳と尻尾がピン!と伸びた。
「あー、猿侯さまが言ってた、幾つもの世界を又にかける、限界ギリギリで、ぶっちぎりの悪い奴ー!」
「あ、ああ……」
猿侯も割とフランクというか、楽しげな形容使うんだな……なんて思いつつ、おれは頷いた。
「そんな彼等のせいで、おれたちの知っている未来とはかなり変わってしまう可能性が高い」
「うんうん、わかるよー」
「だから、少し世界を歪めることになったとしても。本来は聖女が解決するような心の問題が、何時か聖女が世界を救う際に鍵になる可能性があって……
それを、前もって可能性の段階から消してしまうとしても」
「ゼノ、フラグを折るとしてもとか言おうぜ」
「いや、アステールには……
いや、ごめん。アステールちゃんには馴染みがないだろう」
「おーじさまの方が分かりやすいよ?
ステラ、真性異言なんて持ってないし」
「持ってないのか」
「持ってたらー、おーじさまと結婚する方法が分かったのにー」
……いや、原作に出てないから多分分からないと思う。
「とりあえず、そういうことで……」
「でもさ、俺とゼノなりに世界を守るために味方で居て欲しい相手を考えてたんだけど……」
「ガイスト・ガルゲニア。彼が居てくれたらってとりあえずは話したんだけどさ。
おれもエッケハルトも、まともに会う手段が無いなって話をしてたんだ」
「会いたいの?ならー、ステラに任せてねー?」
そんなことを、狐娘は言って。
「おーじさま、おーじさまの為で、浮気とかしないから安心してねー」
なんて、金髪の彼女は付け加えたのだった。




