演劇、或いは星の帰還
「アナ、この本がどうかしたのか?」
事態についていけず、おれは首を傾げる。
「ああ、この本読みたかったとか、そういう奴か?」
なら貸そうか?父さんのだけど、とおれは一旦本を閉じて……
「そうじゃないです、皇子さま」
否定の言葉に、まあそりゃそうだろうなとおれは頷き返した。
ストーリーは割とありきたりで、良く言えば王道。
面白いと言えば面白いが……読んでた感じ女の子が好きそうな感じではない。アイリスだっておれが読んでたから聞いてただけで、自分では読むことはしないだろう。
「じゃあ……何?」
「えっとですね、最近、このお話の劇があって、それが人気なんです」
「劇」
「そうそう。結構皆見に行っててさ」
と、エッケハルトも付け加えてくる。
「お前は見に行ったのかエッケハルト?」
「いや俺は……って思ってたんだけどさ、クラスの男子皆見に行ってやんの」
全く、参るよなと肩を竦める少年。
「で、見に行ったと」
「いんや、まだ。そのうち行こう行こうと思ってたら何か人気になってさ。席が即日取れないって言われた」
「ん?辺境伯の子なら席作ってもらって入れるだろ?」
「馬鹿ゼノ!そんなことしたら、俺がその芝居をすっごく見たがってる感じじゃんか。
あくまでも話題に合わせる為でだな……あんな子供向けは」
少し口ごもる感じの少年に、案外見たがってるなこいつ?とおれは笑って。
「おれも、お前も子供だろ」
「いや、そうなんだけどさぁ……分かる?」
「いや全く」
多分、前世はもう立派な大人なのに……って奴だろう。
でもなエッケハルト。始水に頼んで始水の好きな恋愛映画を見ることと引き換えに見せて貰ったヒーローものの映画には30代とか結構居たような……
まあいいか。
そこで話を切り上げて、おれは少女に顔を向けた。
「で、エッケハルトは良いとして……どうしたんだよアナ」
「えっと……そのお芝居です」
「芝居がどうかしたのか?」
「院の皆が……あっ、みんなって言っても、男の子達だけなんですけど、噂で聞いて見に行きたいって」
「あ、そう」
何というか、だ。
おれに言われても困るというか。おれ自身、そんなに権力を振りかざせる立場にないというか。
「自分達で見に行ってくれ。お金はあるだろ?」
「……えっと、わたしのお金で足りる事は足りるんですけど……」
申し訳なさそうに銀髪の少女が呟く。
「いや、おれが出してる運営資金に余裕とか無かったのか?」
「それが……。この1ヶ月、皇子さまが一回も来なくて」
「おれが来なくて?」
「何時もは皇子さまが今回はこれだけな、って言うのが無かったから、みんなつい誕生日にはご馳走をってやっちゃって……
ご、ごめんなさい!」
「いや、それは謝ることじゃないと思う」
何度も頭を下げる少女を宥めながら、おれはそう言い続けた。
というか、まあ子供だものな、仕方ないと言えば仕方ない。
寧ろ、金が無いわけではないのに我慢できるアナが随分と大人びているというか……。おれはまあ、多分だけど合計で考えると20歳越えてるオッサンだから普通なんだけど。
「それで、その劇を見に行きたいって言うのは分かった。
お金ならおれに後で言って、見に行けば良いんじゃないのか?
というか、本読めば良いんじゃないのか?」
「皇子さま?わたしはちょっとお姉さんで、魔法の力が人よりちょっと強めだったからって早くに教えてもらえたから読めますけど、みんなはまだ文字なんて読めませんよ?」
「ああ、そっか」
忘れていた。おれ自身、ゼノとして普通に文字読めてしまっていたが、普通は習わなきゃ本なんて読めないわな。
「じゃあ、この本貸すからアナが読んであげるとか」
「みんな、動いてるのが見たいって。
きっとわたしじゃ、声が女の子ーだとか、かっこよくなーい!とか、満足してくれない気がします」
うーんこの贅沢。
「で、見に行くのは?」
「なあゼノ、さっき俺が言っただろ?直ぐに席が取れないんだって」
「……あれ本気だったのか」
「そう。子供達……って何人?」
「14人かな」
「1ヶ月以上待ちだな、それだと」
少しだけ遠い目をして呟くエッケハルト。
「何か、凄い人気だな……」
「何でも、聖教国で始まった劇なんだけどさ、特撮……ってアナちゃんは分からないか」
「何なんですか、エッケハルトさん?」
「特撮って言うのは、本当じゃないものを魔法で加工してそれっぽく見せてあげる劇のことなんだ。
子供向けのそれって物珍しくてさ。一気に大人気だって」
「あー、そういや劇って時折雷落としたり、あとは歌手の歌声を響かせるために魔法使ったりはあるけど、基本的にはあまり魔法使わないものな」
魔法を多用するのは大道芸人というか、ストリートでショーしてる人々の方。格式高い演劇は、魔法は万能であるがゆえに魔法に頼らない事を信条としていることが多い。
魔法でも作れないもの、それは人の心であり心を揺さぶる物語。というのが脚本家の言であり、それを魔法をふんだんに使って演技されるのはぶちギレ案件と言われても可笑しくないだろう。
だが、此処に例外があったって訳だな。
そもそも、変身とかいう魔法ありきの設定で、尚且つ子供向けの話。
格式だの伝統だの関係なく魔法ふんだん爆発大量、視覚効果に訴えたものを作ってみたところ、普通の演劇はつまらないしていた貴族子息に馬鹿ウケしたと。
「……1ヶ月待ちなのは分かった。
それで、おれに何をしろと?」
そう、話はそこだろう。
1ヶ月待ち、そこが話の終わりだとは思えない。
ならばその先、何かをおれにやって欲しいから、アナはそれを言っているんだろう。
「えっと、皇子さま。
皇子さま、ゼノンをやってくれないかな?」
「……は?」
あのな、アナ?さっきわたしが読んでも女だし……って言ってたけどな?
今のおれ、つまりゼノ(幼少期)の声優は茜屋 夏和子。名前の通り女性声優なんだが?
おれが読んでも女の声なんだが良いのかそれで。せめておれの声が原作の八代 匠になってから言ってくれ。
というか、良く良く考えてみれば自分の喉からプロ声優の声が出るって凄いわこれ。
「アナちゃん、俺がやるよ」
と呟くエッケハルトに、言葉は出せないので目配せをやってみる。
つまり……
お前の声優も女性だろ、と。エッケハルトの声優は白 路美。少年声を得意とする女性声優だ。
「……良いだろ、ゼノ」
「えー、だめだよー?」
その声は、入り口から聞こえた。
聞こえる筈の無い、その声が。
「アステール?」
「うん、そーだよー」
ひょい、と顔を覗かせ、とてとてと覚束ない足取りで部屋に入ってきたのは、鮮やかな金髪の狐娘、アステールであった。
「いや、何で居るんだアステールちゃん」
「あ、皇子さまとお話しした時の人!」
アナの目が驚愕に見開かれる。
「……なあゼノ。あのときの俺全く事態に付いていけてなかったんだが、結局あの可愛い子、誰?」
「……聖教国教皇の愛娘」
「マジかよ……」
ぽつりと呟くエッケハルト。
おれもその気持ちは分かる。いやだってな、ゲーム内では教皇の娘って話は出てくるけど登場しないし、外見とか性格とか境遇とか全く知らないんだよな。
分かるのは帝国に割と好意的かつ協力的であり、故にヴィルジニーを送ってきたって事だけだ。
「まさか、亜人だったとは……って思った」
「まさか、ヒロインやれる容姿とは……って」
うん、エッケハルトは何時も通りだ。
「で、アステールちゃん」
そう呼び掛けると、アナが少しだけ不満そうに顔を逸らし、エッケハルトがちゃん付け、と笑う。
「なんでエッケハルトじゃ駄目なんだ?」
「えー?なんで、おーじさまの役をおーじさまじゃない人がわざわざやるのかなー?」
「待て、おーじさまの役?」
……嫌な予感がする。いや、変な予感か。
井上緒……何て読むんだと思っていたが、い、うえ、お?いうえお?
ア行からアを捨てたらイウエオな訳だが……ア、捨てる?
いや、まさかね……
「うん、この話ね、ステラが大まかなおはなし作ったんだー」
「やっぱりそうかよ!?」
井上緒でア行からアを捨ててるからア捨てーる。つまり、井上緒。
よって、主人公のゼノンのモチーフはおれで、多分村娘のステラってのは……自分なんだろうなぁ……
「いや、何で帝国に居るんだ?」
「おーじさま、大変だったんだよー?」
「いや、何が?」
「おーじさまのためにおはなしを考えてー、国の人にそれを小説に書いてもらってー」
いやお疲れ様です、その小説家さん。
「これでおーじさまと会えるねーって来たんだよ?」
可愛らしく首を傾げる少女に、おれは何も言えなかった。
「……なあゼノ、何時も思うんだが……」
「何だよエッケハルト」
「これ、お前主人公のギャルゲーだっけ?」
「ギャルゲー版の主人公はアルヴィスだろ」
……いやでも、七大天の話が本当だとすると、アルヴィスって他の神の干渉に対して来るのが遅すぎるからって来ないんじゃなかったっけ?
「なーんかお前ばっか女の子に好かれんな、ゼノ」
ぼやく言葉が、妙におれの耳に残った。
いや、何だかんだお前もアレットと交流続いてること知ってるぞエッケハルト?