先祖返り、或いは獣耳
「耳?」
不思議な気持ちになりながら、おれはふと頭頂に触れてみる。
確かに変な凝りがあり……
そして、簡単にぽろっと取れた。
「確かに耳だ」
着せられた簡易な服の胸元に落ちたものを見て、おれはそう呟く。
確かにそれは耳だった。この世界では亜人獣人が居るからこそ逆にそう見かけることもないが、無いこともない猫耳カチューシャに良く似ている。
いや、もっと似たものがあるな、アルヴィナの耳だ。あれに比べて、綺麗な黒じゃなくておれの髪色であるくすんだ灰に近い銀色っていう欠点があって美しさは大分下なんだが。
アルヴィナの場合白くてふわふわした毛で覆われている耳の内側は、硬質で短そうな他よりは赤っぽい毛で。
特別なところとしては、結晶粒近い何かが、おれの頭との接着面に見えるところだろうか。
頭を振ってみると、同じく結晶のようなものがぱらぱらと落ちる。
興味深げに父たる皇帝は、おれの横の椅子から身を乗り出して落ちたその血色の結晶をしげしげと眺め……
「どういうことだこれは……」
熱したり、握りこんでみたり、様々に細かな粒を掌の上で暫く弄くり回した後、静かに瞳を閉じる。
その父の横に立て掛けられた剣がふわりと浮かんで周囲を回りだすのを、おれはぼんやりと眺めていた。
「ああ、そういうことか。
全く……忌み子とは良く言ったものだ」
暫くして、燃える目を見開いた父は
むんずとおれの頭の上の片方残った耳を掴み、握り潰した。
「良いかゼノ。
本来そんなことは無いはずだがもしも、もしもだ。万が一、今一度轟火の剣デュランダルの力を借りなければならない時が来た場合。
フードを被れ」
「ん?どういうことだ」
「亜人獣人と人間の間に子が成せる事を不思議だと感じたことはあるか?」
「いや、普通だと思うけど」
「ふっ、それもそうだな。お前に聞くことではなかった。お前は亜人獣人への区別意識は無いに決まっている。
だがな、他の人間はそうではない。そしてな、お前がデュランダルを振るう時、忌み子のお前の体は魂に引き摺られて先祖返りを引き起こすようだ」
「先祖返り……で、耳が?」
「そうだ。お前は魔法が使えない原因である先祖、獣人のような姿に変わる」
いやまあ確かに獣人は魔法が使えないし、そんな獣人に先祖返りしていればおれも魔法が使えないってのは分からないでもない理屈だが、何か可笑しくないか?
「……正気か?」
おれがそう問い掛けると、父はマジかこいつと信じられないものを見る目でおれを見た。
「……ゼノ。馬鹿息子、いや、あえてこう聞こう
己でない父を知る方の記憶に聞く。それは、冗談などではないな?本気で知らんのだな?」
「忌み子が先祖返りらしいってところまで」
「分かった。ならばずっと獣人への先祖返りだと思っておけ」
その言葉で理解する。
あ、本当は別のものへのだな?と。その上で、父はおれの為にこれ以上に探るなと言っていることを。
……だが、逆にそれで分かってしまう。
いや寧ろ、水晶と耳の時点で考えてみれば結構分かりやすい。おれが何者に先祖返りしているのか。
水晶のようなものと獣の耳を併せ持つ青年と言えば、ゲームをまともにプレイした事のある人間なら全員が全員、同じ名を即座に挙げることが可能だろう。
牛帝の曲がった二角、猿侯の大きな耳、そして結晶化した右腕。
即ち、ラスボス。魔神王テネーブル・ブランシュである。
ならば、それに近しい狼の耳?いやこれ猫耳か?とそれを張り付ける結晶、残りは分からないが、混沌とした特徴、特に晶魔の姿を含むのは……
魔神族。かつて世界を混沌に落とそうとし、この世界の狭間に封じ込められた、真の万色の眷属達。
え、おれって魔神族の血混じってんの?とは思うが……
いや、寧ろ魔神族の血が思い切り混じってるから他より明らかにスペック高いのかもしれないな、皇族って。
そして、その状態で先祖返りと言えば……七大天や彼等に守護された人々と戦った魔神族の事に違いあるまい。いやこれおれ自身に問題はなくても七大天の力を受けられなくても仕方ないんじゃなかろうか。
存在そのものが半分くらい七大天がこの世界から振り払った神の眷属で、聖女達が封じた世界の敵種族。折角薄まりまくっていたその敵の血がうっかり何らかの理由で……というか、特定の神々の力の組み合わせによって刺激されて活性化してしまい、魔法を使えるようにという七大天の加護を破壊したのが忌み子。
……いや、本気で有り得そうだなこの仮定。
「何だ、推理できるだけの素材はあったか」
おれの顔を見てか、父は苦笑する。
「そんなに分かりやすかったか?」
「滅茶苦茶な。
その通り。帝祖や己が話を聞ける古臭い奴の話によれば、魔神族への先祖返りこそが忌み子の正体、だとさ」
「うわぁ……」
自分の事ながら、何と返せば良いのだろうこれ。
「いやでも、魔神族って万色の虹界の加護で魔法とか使えるんじゃ」
確かそんな設定で、魔神王を始めとした極一部の敵には【魔防】等の数値ががあったはずだ。というか、せめてそんな魔法無双への抑止が無いと物理キャラの立つ瀬がないというか、魔法だけで良いというか……
「馬鹿息子。
今のお前がもしも万色の虹界だったとしようか。己を排除し世界を確立した七大天に迎合し、のほほんと奴等の世界で生きる先祖返りに力を貸すか?」
「正直殺したいほど憎いと思う」
「はははははっ!
だろう?
全く、嫌われものか貴様は」
くしゃくしゃと父はおれの髪を撫でる。
「さてゼノ、お前はこの先どうする?」
静かな瞳がおれを見据える。
「どうする、って?」
「……いや、お前はそうだな」
「おれは、おれだよ。帝国の第七皇子で、民の最強の剣たるべき者。
それはさ、おれが魔神族だの何だのより前の話だろ?」
そのおれの言葉に、ふっ、と父は微笑う
「その通りだ。だから、お前はお前だ
だがな、そうは思わん奴等も多い。故、フードだ。
別にお前の妹に見せてもあやつは今更態度を変えんだろう。お前と懇意なあの銀髪娘はそれでも頑張れる皇子さまは凄いですと言うだろう。
あとは……あの狼の娘も、何も変わらないと言うだろうな。だが、明かすのはそこまでにしておけ」
「……ああ、分かったよ父さん」
静かにおれは頷く。
いやそうだよな、忌み子とは、魔神族に近い人間。普通なら怖いに決まってる。
「で、此処は?」
「此処か?此処は……と、そろそろ時間か」
針1本の時計を見て、銀の髪の皇帝は席を立った。
「その先を答えるのは己じゃあないな」
それだけ言うと、腰のポーチから魔法書を取り出し、軽く唱えて父は姿を消す。
その直後
「皇子さま!」
父が消えて見えるようになった扉が開き、おれの良く知る少女が顔を覗かせた。




