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伝説の剣、或いはエクスカリバー

「……て、めぇっ!」

 だが、流石に落ちてはくれない。

 というか、下で空気のクッションの魔法が使われ、ぽよんと異様なほど跳ね返って少年はこの場に戻ってくる。

 

 「……何でだ、ステラ!

 我が、お前のおーじさまじゃなかったのか!?」

 その声に、おれの背中から降りて自分の足でたった少女は……とても悲しそうな眼で呟いた。

 「ステラのおーじさまは……ステラをお姫様にしてくれる人はねー

 お姫様(ステラ)の事を、捨てられた子(ステラ)なんて呼ばないんだよ?」


 「なん……だと……」

 愕然と目を見開くユーゴ。

 いや当然では?とおれは突っ込みたい気持ちを抑えて、少年の次の動きに備える。

 

 「今までの言葉は!ユーゴ様って慕ってくれたのは!全部全部嘘だったって言うのかよ!」

 目に血の涙を浮かべて叫ぶ少年。

 「ステラだってー、生きていたいよ?

 生きるためならー、嘘だってつくよ?」

 「……そん、な……」

 「ステラを助けてくれたおーじさまでも変わらないならー、確実に生きていられる嘘を付き続けても良かったけどー」


 ふわりと、少女はおれと少年ユーゴの射線を切るようにその大きな尻尾をくゆらせる。


 「おーじさまは、ステラを『アステール』って呼んでくれた」

 「……そんな、事で」

 「そんな事でっ!」

 男二人して、言葉が重なる。

 それでもおれの驚愕を他所に、少女はおれの前に立つ。


 「ステラ自身ねー、まだ自分をステラって呼ばないと変な気になっちゃうけどー」

 「ステラで良いって、君が言ったんだろ!」

 「別に良いよー?

 ステラが、勝手にけーべつするだけだから」

 

 その言葉に、少年の顔が絶望したように歪む。

 「じゃあ、君は……最初から……」

 「ステラはおーじさまが居るからお姫様なのー。だから、おーじさまの為なら、なんだってするよ」

 ……その瞬間、どす黒いオーラが金髪の少年から噴出した……ような気がした。

 

 「嘘だ。ステラが、ステラだけは!」

 すがるような声。伸ばされた手。

 何故それを信じられる?おれには分からないなにかがあるのだろう。いや、無いかもしれないが。

 「有り得ない!皇子に脅されてるんだろう!」

 ぷるぷると震えるユーゴ。


 随分と、高飛車な仮面が外れてきたな。

 「ちがうよー?」

 「洗脳かっ!」

 「はっ!魔法の使えないおれに、洗脳なんて不可能だろ?」

 と、わざと嘲るように吐き捨てる。


 これは嘘だ。洗脳に魔法は要らない。だってそうだろう。ニホンでも洗脳染みた事はある。おれがやってたっぽい苛めの矛先のおれへのすり替えとか、或いはカルト宗教とか。

 カルトに染める洗脳を魔法でやってたんだったら、教祖はカルトなんてやってる場合じゃない。

 ってか、中学中の苛めに首突っ込んで生意気なおれを虐めの矛先に変えたのだって、一種の思考誘導、洗脳だろう。

 まあ、ぼんやりした記憶だし、恐らくその虐めの最中に、体育用具倉庫に閉じ込められて脱出しようとした結果、バスケットボール入れに頭をぶつけて即死っていう間抜けな死に方をしたっぽいから虐めの集積には失敗してるんだが。


 「このビッチが……この、クソアマぁぁぁぁっ!」

 ……鬼のような形相で少年は叫ぶ。


 いや、嘘だとまで言うならアステールを信じてやれよ?


 「我は円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)!君達を残酷な運命から解き放つ、本当の救世主。

 ステラ!君は……っ!

 

 ゲームシナリオに、強制力に!支配されているだけなんだ!

 それを救えるのは、我等だけ!だのに!

 まだ!解らないのか!まだ、運命(せってい)に、呪い(シナリオ)に、囚われているのか!

 ビッチにされているのかよ!」


 円卓の救世主?何だそれは?

 そんなおれの疑問に誰も答えることはなく。狐耳と尻尾の少女は、静かにおれを護ろうとするかのように、手持ちの本を構えた。


 「スゥテラァァァッ!」

 ユーゴは血の涙で頬に朱を描き、叫ぶ。


 「アガァァトラァァァム!応えろぉぉぉぉぉぉっ!

 てめぇは我が力だろうがよぉぉぉっ!消えてんじゃねぇぞぉぉぉぉっ!」

 ……って神頼みかよ!?

 とずっこけかけ……おれの耳は、あの不思議な音を再び捉えた。

 

 G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition

 Emergency code received

 System hacked all green

 Master No.none 『yu-go Chevalier』……check OK

 Tipler-Axion-Cylinder elapsed

 《Airget-lamh》 active

 E-C-B-StV=ⅥS(シルフィード)EX-(エクス)caliburn(カリバー)】 advent

 

 「アステールちゃんっ!」

 半ば強引に、その右手をおれの手で掴み、その体を引き寄せる。


 その頭を掠めるようにして、虚空から閃光が放たれた。

 その閃光は少年ユーゴの前に突き刺さってひとつの姿を見せる。

 柄部分も冷たい金属で出来た……いや、表現が違うな。

 柄部分だけが金属で出来ており、刀身に当たる部分がユーゴを守るように展開された事もあるあの蒼い水晶で出来た一振の剣。少年の背丈には大きな大人用の威圧感を放つ両手剣が、其処にはあった。

 

 「エクスカリバー……」

 背筋の汗が凍る心地がする。

 いや、おれが吐く息がそもそも不思議と白い。右手が悴む心地がする。

 ゆらめく空気を纏う剣自体が、冷気を放っているようだ。

 空気が凍りつくが、武器などおれの手には無い。

 

 「……はい、おーじさまー!」

 と、一陣の風が巻き起こったかと思うと、ユーゴの背後に控えたままの兵士の腰の鞘から吹き飛ばされた剣がおれの目の前に転がる。

 アステールの魔法だ。瞳の色が指し示すし水鏡の時に声を伝えさせてくれた事からも、やはりというか風属性も使えるようだ。属性は……天/風/火だろうか。

 

 「有り難う、アステールちゃん」

 お礼を言って、その剣を拾い上げ、軽く振ってみる。

 粗悪品とまではいかない鉄剣。重量5、攻撃力8とかだろうか。悪くはない。

 因みに、人は【筋力】値分までの重量のものを持て、おれの【筋力】は全キャラでも頂点に近い25。基本的にレベルで成長しない要素なので原作での数値とは変わらないし、重装備職ならクラスチェンジボーナスで+されたりはするが、おれの職であるロード、そして原作ゼノの初期職(上級職)であるロード:ゼノはどちらも剣士→剣客→剣豪って形の職の上位版。重装職ではないからボーナスは無い。だから、簡単に持てるし振るえる。

 

 そうして

 「悪いアステール!ちょっと1個無駄にさせてくれ!

 てりゃっ!」

 おれはそのまま、拾い上げた剣を少年へ向けて投げつけてみた


 ガキン!

 「……無駄ァッ!」

 宙を舞った剣は、やはりというか当然というか、冷気を纏う剣の近くに来た瞬間、現れた水晶の壁に阻まれて落下する。

 「任せてねー!」

 その剣を再び風が巻き上げ、此方に飛ばしてくるのをキャッチ。

 「って冷たっ!」

 キンッキンに冷えてるな柄。凍傷になるかと思うレベルだ。


 けれども我慢して握り込む。

 

 それと同時、ゆらりとした動きで、ユーゴは身の丈に合わない細身の両手剣を床から引き抜いた

 周囲の屋上の床が凍りつく。

 

 刹月花といい、氷が流行ってるのか、転生特典

 なんて軽口を叩いている余裕はない。立っているだけで震えてくる寒さと威圧感。気を抜けば死ぬに決まっている。

 一つ救いは、所詮は持ち主がユーゴだということ。これがおれとステータス面では同格だったろう刹月花持ちの名前も知らないあいつなら詰んでいたが、所詮はおれの半分以下のステータスのユーゴ。


 武器だけはヤバいが、なんとでも……なる!


 「容赦は……しないっ!」

 「っ!らぁっ!」

 ぽんと炎魔法で小さな暖かな火の玉を人魂のようにふよふよと周囲に浮かべ、寒さを軽減してくれている狐の少女を背に庇い、粗雑に振られる透き通った剣先を下に向けさせるように上から刃を重ね……

 

 「あぐっ!」

 視界が赤く染まる。


 一瞬、何が起きたのかおれには分からなかった。


 ただ、おれの手には、半ばから消し飛んだ剣の残骸だけがあって……

 「おーじさま!」

 一拍遅れて、左目に突き刺さった消えた剣の切っ先の存在に気が付いた。

 

 ……剣を合わせた。ただそれだけだ。


 抵抗も何もない。斬られた感触すら無かった。

 まさかこの剣、鉄じゃなくて羽毛か何かで出来てたんじゃないかという程に、軽い感覚で刀身を切り落とされたのだ、と。

 左目の痛みと歪む視界に、おれは漸くその事実を認識する。

 

 「はっ!散々コケにしておいてそれかよ」

 ほの暗いオーラを纏い、冷気を放つ剣をよたよたと構え、ブレブレの剣先で金髪の少年は嘲る。

 重さに振り回されている。そんな状態で……だが、それでもおれに打つ手はほぼ無い。


 「おらぁっ!」

 「っ!」

 おれの横に居るアステールの存在を無視して……いや、寧ろアステールを狙って大上段に構えられた剣。恐らくはやけに重いのだろう剣の重量に、本人の【筋力】が足りずにペナルティを受けている状態だろうが、それでも当たれば終わりなのには変わりがない。


 「アステール!こっちだ!」

 その手を引くために、壊れた剣は投げ捨てておれは地面を蹴る。

 せめてと投げた残骸はやはり水晶に阻まれて通らず。

 「死ねぇっ!」

 いや、手を引いても間に合わないと判断して、心の中で謝りながらその体を、ステータスにものを言わせて突き飛ばす。


 「きゃっ!」

 思いっきりつんのめり、ブレブレの太刀筋から少女の体が逸れ……

 「あぐっ!」

 そして、振り下ろされた刃は、おれには無いから予想しきれなかった場所……二本ある狐の尻尾の片方を、半ばからばっさりと切り落として地面に突き刺さった。


 「アステール!」

 「……きゅぅ……」

 呼び掛けるも、返事はない。

 どうやら、突き飛ばした衝撃と、後は尻尾を切り落とされた痛みで気を喪ってしまったらしい。

 

 ミスだ、と思う。

 他に何か手は無かったのかと感じる。


 だか、そもそもおれは、あのアガートラーム自体に対してはロクな対抗手段なんて無い。だから、ユーゴを狙うしかない。

 だが……消えたはずの鋼の機神から変な剣が……エクスカリバーというおれでも知ってる伝説の剣の名前を冠した剣が送られてきたという想定外に、おれは何も出来ない。

 

 今思えば、足が壊れるのを承知でもっと逃げ惑うべきだったんだろう。

 今思っても仕方ないな、とおれは自嘲する。

 

 「ビッチが!裏切るなら天罰を……」

 なおも、少年は止まらない。ダメージは歯が折れたくらいで目には傷はないのに血の涙を両の瞳から垂れ流しておかしなメイクのようになりながら、金髪の少年は身の丈に余る大剣を、気を喪った少女に向けて振り上げ……


 「ユーゴ!此方を見ろぉっ!」

 拳も、左目から引き抜いた剣の切っ先も届かない。せめて腕を掴めれば良いのだが、それもまた蒼い水晶によって阻まれてしまう。


 「受けろよぉぉぉっ!」

 ……ならば、おれがやるべき最期の事はたった一つだ。


 捨て身の時間稼ぎ。間に入って、代わりに斬られて。

 全ては少しでも、伝言を聞いた父が助けに来るかもしれない微かな希望の確率を上げるために。元々、匿って薬湯に入れて貰えなければあそこで終わってた命だ。


 アステールの為になるならば、燃やしてやるよ!


 その意志を固め、右足で地を蹴る。

 嫌なバキッという音と共に走る痛みはもう関係ない。治ってなかった足の骨が完全に砕けた事と引き換えに、おれの体は少女と剣の間に投げ出されて……

 

 衝撃は、無かった。

 意識の断絶も、無かった。

 おれはおれの……第七皇子ゼノのままで。


 おれの眼前で、ひんやりした水晶の刃は受け止められていた。

 ……燃え盛る装飾の入った赤金の大剣によって

 

 「何ぃっ!?」

 驚愕に、ユーゴの瞳が見開かれる。

 残った右目で、掠れる視界で、それでもおれが見間違うはずもない一振の剣。

 轟火の剣デュランダルが、其処にあった。

 

 「……ああ!」

 何かに導かれるように、宙に浮くその剣の柄を握る。

 何時ものように弾かれることはなく、剣はおれの右手に収まり……

 同時、剣を包む焔が、おれを焼いた。

 

 「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

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