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誓い、或いは逃走

重い体を引き摺って、浴槽を出る。

 張り付く服、治りきらぬ足。ふらつく視界を呼吸で整えて、おれは赤が混じった水で濡れた足跡を豪奢な部屋に残しつつ、風呂場を出て初めて少女の部屋を見回す。


 本棚にあるのは……いや、ロクなものが置いてない。スカスカで、魔法書の1冊もない。豪華な皮で綴じられた本が一冊、机の上には広げられているが……

 右の頁にだけ手書きっぽい文章が綴られている当たり、あれは恐らく日記だろう。というか、良く見れば頁右下の文言には愛の交換日記、1年目とある。

 

 「……おーじさま、持っていって良いー?」

 そうして使えそうなものが何か無いか覚悟を決めるための時間を取りつつ見回していると、狐耳少女はそんなことを言って机の上の日記を取り上げる。

 「どうかしたのか」

 桃色皮の表紙に金刺繍。確かに高額な白紙の本だが……

 「あー、おーじさま、嫉妬してるのー?」

 「ん?」

 予想外の言葉におれは首を傾げざるをえない。


 「ユーゴ様をおーじさまって呼んだし、日記も持っていくしー、うわきって思ってるのかなー?」

 「いや、そんなことはない。実はユーゴ側なら、その時はおれが節穴だったんだよ」

 「安心してねぇー、おーじさま。

 ステラはねー、この日記をどんな事をよーきゅーされたのか、その記録として持っていくだけだよー?」

 おーじさまのステラに変なこと頼んだんだから、その分はせーきゅーしないとねー、とニコニコと少女は笑う。


 少しだけ、背筋がぞわっとした。

 「いや、好きにすれば良いと思うが……何もないな」

 「なにもないよー?」

 「……ちょっと待て。そもそもならあの魔法書はどうやって……」


 ふと思う。

 アステールは水鏡の際に魔法で通話を確保してくれた。それは確かに魔法によるものだ。

 だが、此処には魔法書の一冊も置いていない。まあ、魔法で脱走を図られても困るからな。

 では逆に、何故あんな外部と連絡が取れるような魔法なんて使えたんだろうか。嫌な予感が……


 「それはねぇー」

 ひょい、と少女は桃色の皮表紙の魔法書を取り出す。

 ……いや、違う。魔法書ではなく、普通の本だ。あの日記と同じく。

 「ステラ、自分でまほー書いたんだよー」

 偉いでしょー、と狐耳をぴこぴこと動かし、頭をさりげなくおれへと近付けて、誉めて誉めてと上目遣い。


 「凄いな、アステールちゃんは」

 期待に応えるように、おれは自由な右手でその頭を軽く撫でる。

 絹のようななめらかで少しひんやりとした髪の感触に、ふかふかの耳の暖かさが混じるアルヴィナと似た感触。

 但し、アルヴィナの髪の方が硬質な気がする。何というか、それ自体が冷気を放ってるように何時でも冷たいんだよなアルヴィナの髪。逆に父やエッケハルトの髪は熱い。いや、あいつの髪触ったことはないが、恐らく軽く熱を持っているはずだ。


 って、髪に魔力走ってる勢は魔力の属性によって髪色は変わるし、目の前の少女のように常に風が遊んでるかのようにふわっふわになったりもするのが当然だ。その辺りは良いだろう。

 

 「……というか、書けるのか……」

 少しだけ驚くも、妹のアイリスだって書けるな、と思い直す。

 ……いや、無理か。実力的には作る事が出来ないわけではないが、あいつは文字が書けない。病弱な少女はペンすら持ったことがないし、初等部の授業でゴーレムがノートを取るところを見たこともない。だから、文字で詰まるな、多分。

 

 「えへへー

 ステラ、これでもおえらいさんなんだよー」

 「んまあ、教皇の娘だからな」

 「そうだよー」

 「あれ、でも教皇とは天の言葉を聞き告げる地上の代理人、魔法の力とか特に強いって性質あったっけ」

 おれの言葉に、不意に少女の色の違う瞳が曇る。


 「おーじさま。

 七天の神様の声が聞けるっていうことは、神様の加護であるまほーの力も凄いって事だよー?」

 「そう、か」

 でも何故、いきなり沈むのだろう。

 何が不味かったのか分からず、おれは次の言葉を待ち……

 「ステラはねー。特別な魔法使い。見ただけで、きょーこー様の血を引いてるって分かっちゃうくらいに」 

 その瞳の奥に、星が見える。

 星紋症の五亡星ではなく、八つの頂点を持ち十字とクロスに交互に大きく伸びて瞬く空の星のような光。


 「だから、ステラはステラだったんだよ?」

 「ごめん。嫌なこと、思い出させてしまった」

 そう。娘が何者でも、普通なら素知らぬフリをすれば良いのだ。亜人の娘なんて居ませんよー、と。

 実際、亜人獣人の中には貴族の血を引く者も多少居るはずだ。穢れた血混じりの者を子と呼ばず、誰か別の獣人と姦通したとして認知されていない可哀想な子が。

 だが……少女の見せた瞳、『流星の魔眼』とされる眼は、教皇の一族しか持たない眼だ。教皇と教皇の子にしか発現しないらしい。

 

 だから、アステールは耳を削ぎ落とされたし、尻尾を切り取られたし、表舞台に出されずに見捨てられていた。

 何たって、見ただけで教皇の娘と分かる、差別対象の亜人だからな。見付からないように、見付かったとして亜人と思われないように。

 神の加護が下手に強いがゆえに何度も生えてくる亜人の耳と尻尾を切られ続け、捨てられた子と閉じ込めている者達に呼ばれ続けた。

 業を煮やし、汚点を隠すためならば殺してしまおうとならなかったのは、仮にも娘への愛ゆえだろうか。

 

 ってか、多分そうだな。おれの父に諭されて割とあっさり娘として扱いだしたっぽいし。

 ……幼い女の子に、それでもあの時代はトラウマだったのだろう。小さく震える肩も、瞳の中に星が瞬くのに暗い瞳も、項垂れる尻尾と耳も、全てがそれを表している。


 それはまだ全く晴れていない。だから彼女は……自分をステラと呼び続ける。

 終わっていても、終わっていない。何時かまた同じになるんじゃないか、また自分は捨てられた子に戻るんじゃないか。きっとずっと、幼い女の子はそれに怯え続けているんだ。

 

 だから、おれはそのぺたんと垂れた耳を優しく撫でる。

 幾度も切り落とされては再生し、白い毛で線の走った、不安の象徴とも思えるそれを、愛しいものであるかのように。


 「……ごめんな」

 「だいじょーぶだよー

 おーじさま、おーじさまはもっともっと酷い跳ね返して、ステラを助けてくれたんだよね?」

 「跳ね返してないし、おれの境遇は酷くなんてないよ」

 「でも、忌み子なんだよねー?」

 少しだけ元気を取り戻したのか、耳が少し跳ねる。


 そんな少女の耳の外側をゆっくりと撫で続けながら、おれは頷いた。

 

 「確かにおれは忌み子だよ。でもさ、それがどういう意味なのか、本当に分かるまでには時間があった。5歳になるまでのおれは、忌み子だけどただ母親が呪いで焼け死んだだけの普通の皇子だった」

 「ステラのおかーさんは、やな人だけどー

 居ないのはそれはそれで()だよ?」

 「それにさ、父さんはずっとおれを信じてくれていた。

 いや、怖いよ。酷いと思うことだってある」

 というか、原作知識がないとお前は弱い!と言われて強くなれとは取れないだろう。言葉が足りてない(ひと)過ぎる。

 そんなだから、アイリスからも鬼、魔神、皇帝、と並び称されるんだ。

 

 「それでもさ、おれには信じてくれる人が居た。優しい人達がずっと居た。守るべき人だって居た。諦められない理由もあった。

 それにさ、さっきみたいに魔法が使えないし良い魔法が効かないっていうのも、悪いことばっかりじゃないんだぜ?」

 わざと茶化すように、歪んだ火傷顔に、精一杯の笑みを浮かべる。


 「誰も居なかった君に比べて、おれはずっと恵まれている。

 だから頑張れた。だから、こうして皇子でいられる。

 おれは強くなんてない。おれがもしも君の立場だったとき、頑張れてる気なんてしないよ。おれは、君の憧れの王子様になんてなれない」

 深呼吸。


 「それでも君が、おれをおーじさまと呼ぶならば。

 おれは皇子様として、命にかえても君を護り抜く」

 奥歯を噛み締め、ひび割れたままの骨を通して脳に突き抜ける痛みを気合で抑え込む。


 「いつか君が、その恐怖から解き放たれるように。家の民の被害者、護るべき君を……護り抜く。

 それが、帝国皇族の、民の最強の剣としての最低限の有り様だから」

 意を決して、おれは此方を見上げるオッドアイの少女へと手を伸ばす。


 「……告白はもうちょっとー、ロマンチックな場所が良いかなー?」

 そして、気を抜かされた。

 

 「いや、告白じゃなくて……ってあ痛っ」

 跳ねても何しても痛みが引くはずもないので、ただひたすらに手を握り込んで耐える。

 「何時か君が自分をステラと呼ばなくても良くなるように。君を、アステールの居るべき所に連れていく。

 だからさ……その気が抜ける発言は、ちょっと止めてくれないか。意識して思考の外に置いとかないと痛いんだ、傷」


 外に足音。

 そして、魔法の鍵を開けるための詠唱が響き渡る。


 「……っ!らぁっ!」

 時間はない。そろそろ、行かなければならない。

 首筋に回される細い腕を感じながら、唯一十全に動かせる右手で掌底一発。影の聖域等により外からは壁にしか見えない格子の嵌まった窓……をたとえぶち破っても細かな格子に絡め取られるだけなので、その横、窓枠付近に叩き込む。


 「っ!ぎぃっ!」

 響いてくる反動の衝撃。

 右腕はまだしも、抜けていく衝撃は言葉に出来ない激痛を走らせる。

 が、止まれない。皇族として、彼女を居るべき場所に返すと決めた以上、止まることなど出来る筈がない。


 この背の暖かい重みに、そう誓ったろう!


 「はぁっ!」

 刀があれば、と思う。

 或いは、師に渡されたあのおれでも引くのに苦労する弓があれば。あの重さの弦に石をくくりつけて引き、そして放せば……矢が無くとも馬鹿にならない火力になったろう。

 「ごめんねー、おーじさま。

 ステラには、使える魔法ないから」

 背中の方で、申し訳なさそうに少女が呟く。


 だが、仕方がないだろう。例えばバフかけたとして、おれには効かない訳で。明らかに好戦的ではない少女は、破壊の魔法を得意とはしていないだろう。

 これがアイリスなら、ありあわせのものから巨腕のゴーレムを完成させて叩きつけるだろう。だが、おれの知り合いの少女でまともに手伝えるとしたらアイリスだけだ。

 エッケハルトは……魔法書さえあれば、だろうか。

 

 「問題、ないっ!」

 三撃。

 網状の格子を嵌め込んだ、金属製の窓枠が歪み。


 「っらぁっ!」

 歪んだ状態では回し蹴りに耐えきれず、窓ごと外れ

 「っ痛ヅッ!飛ぶぞ!」

 その石造りのかつて窓枠が嵌まっていたところにおれが足をかけるや、それが合図となって外へと落下していく。


 それを尻目におれは窓枠があった場所を蹴って跳躍。

 「てめぇっ!」

 漸く鍵を外し、こそっと椅子でアステールが作っていたバリケードの間の隙間から少年の顔が見えた瞬間、おれは外へと身を踊らせていた。

 

 「撃てぇっ!」

 だが、流石に飛び出した中庭が空っぽなんて事はない。多くの参加者は帰ったようだが……私兵に囲まれて不満げなヴィルジニー、その横には父である枢機卿や、やっちまえ!と叫ぶエッケハルトも居て。そしてクロエ嬢がこれで逃げられないし大丈夫だからとばかりに、グラデーションブロンドの少女の手を握っている。

 その全員を囲む兵士が6人。クロエ嬢の手前か、帯刀してはいるものの、直剣を抜いてはいない。


 そして……此方を見ているのが、あの女騎士を含めて5人。女騎士の言葉を合図に、一斉に引き絞った弓を放つ!

 

 ってアホかよ!?

 「アステールちゃんに当たったらどうすんだよ!?」

 叫びつつ、矢の軌道を見て…… 

 「っ!らぁっ!」

 当たらないと見て、少しデコボコしたのが特徴の石の壁に、靴を脱いでおいたが故に細かく動かせる両足の指を引っ掛け、無理矢理に駆け上がる。


 当然体重はひび割れた足の骨にかかり……

 「っごふっ!」

 反射的に、おれは血を壁にべったりと塗りたくる勢いで吐き出す。


 「奴は手負いだ!魔法で仕留めろ!」

 ところでだ、おれは野生の獣か何かか?

 一応これでもこの国の皇子なんだが……


 「舐めてんじゃ!ねぇっ!」

 指跡を石壁に残しつつ、出っぱりが大きな場所を……特に上の階の窓枠を使って上へと跳躍を繰り返し、左右に翼のように広がる屋敷の特に高い建物の屋根の上に転がり込む。

 

 「待ちやがれ忌み子!」

 って速いなユーゴ、と、息を整えながら構える

 ブゥーンという微かな音と共に床が開き、魔法陣の描かれた石に乗って少年と数人の兵士が上がってきていた。

 ……って何だ。実質エレベーターが屋上まで続いてたのか。ならば1階だったし、庭に降りても良かったかもな。

 

 「助けてー!おーじさまー!」

 おれの背で、狐の少女がそう叫ぶ。

 ……だが、流石にもう疑わない。その台詞と共に、本来ならユーゴに手を伸ばすだろう。ユーゴをおーじさまと呼んでいるならば。

 だが、その台詞と共に、少女はよりおれに全身を預けてくる。つまり……

 

 ユーゴに向けて言っている感を出しつつ、その実おれに向けて助けてと言っているのだ。

 考えてみれば、水鏡の時も、少しだけ視線がずれてたしな。おれが相応しいかは兎も角として、彼女的にはユーゴの方向を向きつつ、ユーゴではない今信じているおーじさまへ向けての台詞だ、迫真の演技にもなるだろう。

 

 「ああ、必ず助ける!」

 「帝国のおーじさまに掴まってないと酷いめにあうし……って脅されてるのー!」

 「なっ!酷いな!」

 これもまた迫真の演技。嘘は全く混じってないからまさに演技派女優の趣がある。


 そりゃ、おれから離れたらユーゴに酷い目にあわされると言ってるだけだからな、何も可笑しくない。

 ぼそっとおれにだけ聞こえる音量で「結婚しないって」と脅しの内容に付け加えられていたのは……忘れよう。


 彼女はただ、自分がもう捨てられた子じゃないという自信が持てなくて、だからおれにしがみついているだけだ。

 何時か、もっと素敵な人がいると気が付くだろう。ってか、ゲーム内でも帝国びいきな教皇の娘が居るとは言われてたが、聖教国から出てこない関係でキャラとしては登場しなかったしな。

 代わりと言っては何だが、その関係で送られてくるのがヒロインの一人であるヴィルジニー。この邂逅はゲームでは無かったもので。


 きっと、あっても無くても世界に大きな影響は無い。

 

 「ステラを解放しろ!」

 「嫌だ、と言ったら?」

 「力ずくで、取り戻す!」

 「いや無理だろ」

 お前アガートラーム無しで魔法以外何が出来るの?

 いや、魔法があれば十分か……

 

 「……忌み子!」

 「決闘で名乗ったはずだろう。第七皇子、ゼノだ」

 飛んでくる魔法に警戒しつつ、息を整えておれは名乗りをあげておく。

 

 さて、どう出てくるか……

 「忌み子!貴様が少しでもステラに傷を付けたら」

 「付けたら?」

 鸚鵡返しに聞き返す。

 「そこの奴等が酷いことになるぞ!」


 って人質作戦かよ!?


 いや、おれもやってるんだからおあいこではあるんだが……

 「ってお前ヴィルジニーとの婚約云々はどうした!?」

 そこで躊躇無く人質作戦して良いのかよ!?

 思わず困惑するおれに、その少年は当然だろとばかりに告げた。


 「我はこの世界の主人公!それに従わないのは悪だ!」

 ……いや待てよ!?主人公はリリーナ・アグノエルか有馬翡翠かもう一人の聖女だろうが!?

 いや、誰しも自分の人生の主人公って言葉はあるんだが少なくともおれも!お前も!このマギ・ティリス大陸で起きる動乱の主人公じゃないだろ!?

 

 「……てめぇは、主人公でも神でもない」

 「なら、お前が神だとでも言う気かよ忌み子!」 

 「誰がっ!」

 一歩、踏み出そうとして。

 

 「ヴィルジニーちゃんっ!」

 そんな耳元で響く友人の声に、一瞬だけ注意を逸らし、おれは振り返る。


 刹那、それが魔法によって誰かが作った言葉だと気が付いた瞬間。

 「『シャドウ・スナップ』!」

 飛んでくる影のナイフ。

 おれは咄嗟にそれを避けようとして……

 「させないよー?」

 おれに体重を預けきっていた少女の、予想外の抵抗によってバランスを崩し、動きを止める。


 そのおれの影に、影のナイフが突き刺さった。

 

 シャドウ・スナップ。影属性の拘束魔法だ。要は影縫い。

 「っがっ!」

 即座に、影が動かなくなる。

 その影の形のまま、微かに宙に浮いたままおれの体が固定される。

 

 「やったな、ステラ!」

 そんなおれの姿を見て、喜色満面の笑みを浮かべる少年ユーゴ。

 影に描画されていない場所は動く。


 「裏切ったのか、アステール……」

 なので口だけを動かし、おれはそう苦々しく……見えるように呟く。

 

 「ステラはねー、おーじさまを信じてるだけだよー?」

 そう、フリ、だ。

 体勢を崩させたのも何か理由があっての事なのだろう、とおれは怒りを露にする演技をしながら内心で思う。


 信じる理由なんて簡単だ。体勢を崩させるために急に足に絡まってきた大きくもふもふの尻尾。狐少女の自慢のソレは、無理しすぎて腫れたおれの足のヒビ辺りを優しく包み込んでいる。

 その毛皮で、今も痛みがないような強さでゆっくりと触れているだけ。敵対する気があったら、一気に絞めているだろう。多分それをされたらまともに立ってられないだろうな、おれは。

 だからだ。今更過ぎて裏切るとか考えるまでもない。

 

 「まずはこの忌み子を……」

 「たすけてー

 一緒に縫われて動けないのー」

 ……ああ、成程と思う。

 最初に拘束魔法、次に攻撃魔法で止めを刺しに来るだろうから……わざと自分も巻き込まれる事で、攻撃魔法を牽制しようとしたのか。

 

 「大丈夫!当てないから!」

 「でも、怖くてー」

 「……仕方ないなぁ」

 言って、少年は詠唱を中断して此方にやってくる。

 シャドウ・スナップは遠くから自分で解除する、光魔法で影を消す、という二つの普通の解除方法の他に、術者が触れているものは影響が消えるという性質を持つ。


 その性質で武器をパクったり出来る訳だな。原作でも窃盗等で使われていた事を覚えている。シャドウ・スナップしてアイテム強奪って割と便利なんだよな、使える相手が少ないというか、魔物にはダメージ与えたら解けるシャドウ・スナップより魔法の鎖で縛ったりする方が有効なんで対人マップとかだけのピンポイント活用なんだけど。


 だから少年ユーゴは近付いてくる。

 

 「畜生」

 それっぽい事を呟いて、おれは目を瞑った。

 「はっ!観念してもおせぇんだよ」

 嘲るようなユーゴの声。

 それはもう目の前で。

 

 「『フラッシュ』!」

 「はげっ!?」

 おれが目を閉じたのを確認して、尻尾にくるんでおいた少女の魔法書から魔法が解き放たれる。

 瞬時に周囲を埋め尽くす閃光。目を眩まされ、少年が戸惑う。


 同時、影が光に塗りつぶされ、おれの体は自由を取り戻し……

 心眼で分からなくもないが、そもそも心眼など要らない距離に、敵の姿はある。


 「オラァッ!」 

 鉄拳一発。

 渾身の右ストレートが頬に入り……少年は折角傷ひとつ無くなった顔から数本の歯を撒き散らして宙を舞い。


 そのまま吹っ飛んで頭から屋上の一段高くなった積み石を乗り越え落下していった。

 

 あ、ヤバい。力込めすぎた。

 いや、数階から頭下にして落ちてあー痛かったで済む訳ねぇよなぁ……おれじゃあるまいし。

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