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聖域、或いは隠れ蓑

さて、と一息付く。

 

 痛みが戻ってきた。

 ダメージが大きすぎて麻痺していた感覚を取り戻したと言うべきか。

 というか、根性補正でHP1残っても死に損ないって感じだとあんまり意味ないからな。死んでないだけ、では本当に1発余分に食らえるくらいの役にしか立たない。

 それも、HP残っているキャラを通り抜けるのに専用のスキルが必要であったが故に生きてる事が足止めになるゲームでの話。現実になった以上、転がってるだけの死に損ないは無視しても良いのだから何の役にも立たない。


 ということで、根性補正に暫くの間ダメージを無視して動ける保障が付いていた、と思うしかない。そもそも、跡形も残らないはずの攻撃を耐える時点でファンタジー、ステータスが生身の限界を越え、人間を半ば辞めたがゆえの力なのでそういうものなのだろう。

 

 そして、下手に薬湯でHPが回復してきた事でその行動保障が切れ、痛みをそのまま感じるようになった……ってところか。

 「かふっ」

 薬湯に血を吐く。


 水面を通して見ている銀髪の女の子にかかったようにも見えるが、あくまでもあれは水面に映っただけの像。直ぐに血は水面をすり抜けて沈殿する。

 ……って、血より軽いんだな薬湯……

 なんてことを思ったところで、ブレた水面の像が乱れる。

 

 「アナ、大丈夫か?」

 「『ちょ、ちょっと疲れますけど……大丈夫です』」

 「そうか」

 水鏡自体そこまで凄い魔法ではないのだが、それでも長時間維持するのは厳しいだろう。


 特にだ。場所を指定して映すのが水鏡。本来であれば、どこそこと風景を思い浮かべ、地点座標を指定して使うものらしい。

 それを……恐らくはおれの居る場所、で無理矢理使っているのだから負担は倍ではきかない。


 いや、出来ない事はないらしいのだ。特定人物を脳裏に強く強く思い浮かべれば。但し、魔法は不安定になるし疲れも倍増する。MPだって2.5倍消費とかじゃなかったろうか。

 そういう生活魔法に関してはゲーム内では戦闘マップで使わないが故に時折シナリオで言及されるだけであり、各種あった戦闘用の魔法に比べておれが知ってることも少ないから確証も何もないが。

 実際におれが使うことも出来ないしな。そうらしい、しか言えることが無い。

 

 「アナ、疲れたら……」

 と、おれが言うも像の乱れは止まらない。

 いや、加速度的に歪みが増していって……

 

 「おー、流石にバレちゃうねぇ……」

 「アステールちゃん?」

 「ごめんねー、おーじさま。

 おーじさまのお陰で、ふつーに魔法が使えたからって、言うの忘れてたよー」

 ……忘れていた?


 いや、そもそもだ。ユーゴがやってくる時、魔法で鍵を外す事をしていた。ということは、扉には鍵が掛かっていた。

 では、おれは何故此処に居る?監禁されているに近いアステール、当然のように魔法で通話していたが、それが出来るならば幾らでも助けを呼べたはずだ。

 何故、監禁されていると認識していて、おれが来るまで逃げようとしなかった?

 

 ……ひょっとしておれは、罠に嵌まったのか?

 漸く、思考能力が戻ってくるのに従って、嫌な予感がふつふつと沸いてくる。

 

 「この部屋には、魔法の力に反応して、人を排除する鎖とー、人や地点をしてー探知出来なくなる魔法がかけられてるんだー」

 「じゃあ……アナは……」

 「おーじさま。

 わるい魔法だと【精神】で対抗できちゃうから、全部身を隠す良い影属性の魔法なんだよー」

 「成程、そういうことか」

 漸く納得する。


 魔法の力をもって身を護る聖域魔法。その影属性のもの。

 姿を隠し、居場所を隠し、探索魔法等から身を護る為の魔法を部屋とその中の存在に対して常時掛けている。だからアステールの居場所は分からないし、アステールを対象に水鏡などの魔法も使えなかった。

 故に、外と連絡は取れないし、自分で解除して逃走する事だって出来なかった。要は、味方からも対象に出来なくなる代わりに敵に見つからなくなる潜伏"バフ"を魔法で掛けてるようなものだからな。

 悪性のデバフには対抗策が色々あっても、バフを解除出来る方法は特に少ない。下手なデバフよりも、バフの悪用の方が数倍質が悪かったから動けなかったって話だ。


 だが、此処に例外が居た。

 

 忌み子に良性の魔法効果は効かない。正確には、良性のバフに対しても対抗判定があり、対抗に失敗するとバフ効果ではなく、それと対になるデバフ効果が発生する。

 例えば【力】上昇バフなら【力】が下がるバフになるし、HPが回復する効果ならば同等のHPダメージを受ける効果になるし、今回のように潜伏状態になるバフならば敵に狙われやすくなる注目バフになるという訳だな。

 いや、注目は注目で攻撃のターゲットを集められるので一概に悪い効果であるとも言えないが。だからそもそも効いてなかったか?

 兎に角、潜伏を掛けようとする本来良性の魔法では、おれに潜伏は掛けられないという事が重要だ。


 だからこそ、おれに対してアナは魔法が使えた。だって、おれには潜伏効果が掛かっていなかったから。

 そして、魔法阻害まで用意していたら逆にその魔法で潜伏魔法の存在がバレてしまう。そんな感じで、魔法妨害は効いていなかったから話せてしまった。

 

 だが、流石に長々と話せばバレるだろう。

 此処がユーゴの家、敵地のようなもの。それを分かりながら話しすぎた。

 

 歪んだ像が戻る。

 だが、元にではない。別の像を結ぶ形で水面の揺れが収まる。


 それは……

 目を血走らせた、一人の子供の姿。

 「よう、ユーゴ」

 「『忌み子、てめぇ……

 いきなり影の聖域(サンクチュアリ)の維持が大変になったと思ったら……やっぱり隠れてやがったか!』」

 その言葉に、やっぱりかと頷く。

 やはり影の聖域か。見付からせないだけなら凄いからなあの魔法。

 

 「良いこと教えてやるよユーゴ。

 影の聖域で隠したいものを隠す。良い考えだ。賢いよお前

 でもな、(さか)しすぎた。

 

 知ってるかユーゴ?忌み子に聖域(サンクチュアリ)なんて効かないんだよ」

 嘲るように、おれは唇を歪めて呟く。


 「てめぇ!ステラを解放しろ!」

 ……ん?何言ってるんだこいつ?

 思わず疑問符を浮かべかけ、いや、と思い直して真面目な嘲りの表情を浮かべる。

 あれか。アステールが裏切ってるとか考えてないのか。いや、裏切ってると思ってなきゃ変じゃないか?

 

 「『どうやってステラの目を盗んでその部屋に隠れ、魔法で連絡とったのかは知らないが!』」

 アステール本人が隠してくれてたんだが?


 というか、意識がぼんやりしてた時から思うんだが……よくこいつアステールの事をステラステラと愛称兼蔑称で呼べるな。

 本人が許してようが、おれはあの子をステラとは呼びたくない。名前がアステールだから愛称がステラなんじゃない。本人がステラと自分を呼んでいたから、それが愛称になるアステールという名前になったんだ。名前の由来を知ってしまった以上、おれにはあの愛称を呼ぶなんて出来ない。

 いや、おれの考えすぎと言われればそれまでなんだが。

 

 「……悪いな」

 体を捻り、遠心力で近くに居たアステールの肩に手をかける。

 左腕はマッシュミートとでも言うべき状態。それはまだ治っておらず、こうしてそれっぽく動かしてやるしかない。

 その事を分かっているのか、金髪狐少女もまた、ぱっと見おれにぐいっと引かれたように、自ら身を寄せた。

 

 ごめん、合わせて。

 近づく狐の耳に、そう小さく耳打ちする。

 大きな狐耳が、びくんと大きく揺れた。


 ……あれ、大丈夫だろうか。と思うも、少女はおとなしく腕の中。

 なので、おれは少女の肌色の喉に手を伸ばす。一房の毛もないすべすべした肌に触れ、右手の指を埋め込むようにクローの形を作った。

 といっても、力は込めない。力を込めたら、柔らかく暖かな沼に手を浸すように、きっとこの指は沈むだろうわ

 それだけのステータス差はある。だから、決して力を入れない。

 

 だが、端から見れば首を締め上げているようにも見えるだろう。

 「良いかユーゴ。アステールは人質だ」

 不満そうに、ふかふかの尻尾がおれの背を撫でる。

 ……ちゃん付けしなかったことを怒っているのかもしれないが、いや今それは無理だろう。いざという時、アステールだけでもおれに脅されて……となるように、そして裏切り者としてもろともに狙われないようにするために、彼女はおれに無理矢理従わされている感を出さなきゃいけない。

 それなのに、ちゃん付けは無理だ。

 

 「お願い!助けて、おーじさま!」

 おれの演技に合わせたように、まるで囚われの姫君のように、(って実際そうなんだが)目に涙を浮かべ、水面に映る像に手を伸ばして迫真の演技で狐少女は叫ぶ。


 いや演技……だよな?

 「『待ってろステラ!必ず……』」

 そこで、ぶつりと言葉は途切れた。

 いや、映像も途切れた。

 

 ああ、あれか。さては乗っ取られてるからとアナが水鏡の魔法を切ったな。

 それで、映像が途切れてしまったと。

 

 ……少しだけ、思うところはある。

 いや、あんな迫真の演技見せられたら、これ本当かもしれないと思うしかない。

 でも、それを疑ってたら始まらない。裏切られたらその時はおれの目が節穴だったと諦めよう。

 

 「おーじさま、どうするの?」

 「どうもこうもない。

 父さんが来るまで隠れてられれば完璧だったんだが……それは流石に無理がある。

 プランBだ、アステールちゃん」

 「プランびー?どんななのー?」

 「逃げる!以上だ!」

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