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ステラ、或いは禁忌の提案

「……?」

 「いや、首を傾げないで欲しいんだが……」

 無防備な少女は布一枚身につけていない。薬草湯の湯気がギリギリそのなだらかな肌を隠している程度。亜人の中でも人間に近い外見のユキギツネ種……では無いようだが、ユキギツネ種のように耳と尻尾だけが獣のようだ。亜人の神ともされる紅蓮を纏う伝説の猿神……牛鬼や天狼のような幻獣の一種のように上半身が体毛に鮮やかな覆われていて服代わりになっているとかそんな事は一切無い。


 だから、目線を逸らす。幾らおれでも、女の子の肌は見ちゃいけないくらいの性知識はある。

 

 「おーじさま、血塗れ」

 「……ああ」

 「だからステラ、お風呂用意したよー?」

 「いや待て可笑しい」

 さも当然のように無邪気な笑顔で応える少女に、おれは首を傾げる。


 「普通、そういう時は……助けてくれるにしても回復の魔法から使わないか?」

 回復魔法や補助は反転させる……つまり回復魔法でダメージを受ける忌み子の性質上、もしもそうだったら死んでたのだが、そんな事はおくびにも出さずにおれはそう聞く。

 いやだってそうだろう。普通に考えて、傷だらけの人間を見て傷を癒す魔法よりも先に薬草風呂に叩き込む人間は居ないはずだ。

 

 「でも、おーじさまにはまほーなんて使っちゃ駄目だよね?」

 「いや、確かにそうなんだが……

 知ってたのか?」

 「知ってたよー」

 だからお風呂、とにこにこ無邪気そうな笑顔を浮かべる狐の少女。


 おれは、それを見て……

 

 「……いや、そもそも何でこうして助けてくれたんだ?」

 そんな疑問を抱いていた。


 「どーしたの、おーじさま?」

 「ステラちゃん、おれと君は初対面なんだよな?」

 「でも、ステラはすぐわかったよー?おっきな火傷と、曇り空みたいな髪の色、そして真っ赤な真っ赤な瞳の、おーじさま」

 「おれは、君に助けられるような事はしていない」

 言って、いや、違うかもしれないなと一つ思う。

 例えば、彼女がヴィルジニーを親友だと思っていた場合、親友を助けてくれたから……とか。

 

 「そうかなー」

 「おれがなにもしていないのに、君に助けられるのは……

 いや、違うな。助けてくれて有り難う。何時か、その恩を君に返すよ。って、何よりも拐われてるんだから国に返すのが一番の恩返しか」

 言いつつ、風呂の中じゃ格好つかないな、と苦笑する。

 感覚が無かった足も、あらぬ方向に曲がった腕も、じくじくとした痛みを感じる。


 流石は公爵家にあった薬草湯と言うべきか。全身を浸すことでそれなりの回復効果はあるらしい。といっても、普通に考えて普通の人間なら魔法で治した方が明らかに早いのだが。

 この調子なら、添え木でもすれば歩けるだろう。咄嗟に体を庇うように上げた左腕は右腕が無事だった分惨憺たる有り様、有り体に言えばペシャンコだが……

 っていうか、人体って此処まで中身漏れずにぺらっぺらになるんだなと感心すら覚える。痛みがなかったせいか、これが自分の体の惨状という実感がないというか何と言うか。

 

 「恩返し?」

 「ああ」

 湯船の中に置かれた台の上に頭を乗せ、おれは耳まで薬草湯に浸かりながら小さく頷く。


 「おれは君に助けられた。その分、おれに出来ることなら何でもする」

 「じゃあ……」

 何が嬉しいのか、少女は耳をピン!と立て、尻尾も立てて此方を見る。

 「ステラが国に帰ったら」

 「……ああ」


 「結婚しよー?」


 「いやちょっと待てよ!?」

 突然の言葉に、おれは思わず叫ぶ。


 ケッコン?血痕?いやいや待て。

 

 「……もう一度聞かせてくれ」

 「結婚しよー、おーじさま」

 「聞き間違いじゃないのかよ!?」


 待て待て待て、いきなりだなオイ!?

 「いや、それは……」

 「おーじさま、男の人なら誰でも出来るよー?」

 湯船に浸かり、おれを見下ろす少女の瞳にからかうような光はない。

 

 「ああ、そうか。

 おれの身柄を寄越せということか」

 漸く納得する。結婚と言われて面食らったが、恐らくは……

 「えー?ちがうよー?」


 「いや可笑しいだろ。なんでそうなる。

 君とおれは初対面で、おれは君に何もしていない」

 「そうだねー」

 「何でそこで結婚という単語が出てくるんだ、どう考えても可笑しいだろう!?考え直すんだステラちゃん」

 「?おかしくないよー?」

 少女がおれの手を握る。

 

 「おーじさまは、ステラになにもしてないの

 でもー、ステラが|アステール・セーマ・ガラクシアース《ステラ》なのはおーじさまが居たからなんだよー」

 手に触れるような軽いキス。

 上体を起こしたおれの眼に映る濃い金の耳の付け根。そこだけが白い毛が目立つ。


 「忌み子で、誰よりも皇子なおーじさま」

 「君、は」

 そうだ、考えてみれば分かる。そもそも、亜人な時点で可笑しいと思うべきだったのだ。


 七大天を特に信奉する者達の国、それが聖教国。当然ながら亜人や獣人への蔑視はこの国よりも余程強い。

 ならば、そもそもが前提からして可笑しい。教皇の娘が何故蔑視されているはずの亜人なのだろう。


 その白い毛を撫でる。

 「何度も、切り落とされたから、そこだけ白くなっちゃった。

 おーじさま、こういうの嫌い?」

 「……いや、そうじゃなくて」

 「耳がないと神様の声は聞こえない。

 けどー、耳があったら薄汚い亜人だよねー」

 にこにこと、少女は辛いはずの過去を、無防備な笑顔で語る。


 「だからステラはいらない子。七大天の加護があるから、耳も尻尾も切り落としても切り落としても生えてくるのー

 だから誤魔化しが効かない。表に出せない捨てられた子。汚い亜人の汚れた娘。教皇の汚点。

 ずっとそう言われてきたんだー

 

 自分の名前が、ステラレタコだって覚えちゃうくらいに」


 何も言えない。

 おれに言えることはなく、ただ、唯一自由になる右手でその頭を撫でる。

 「でもねー。ある日、それは終わったんだよ?

 もっと忌まわしくて、天の理に逆らっていて。それでも誰よりも皇子らしい、そんな奴も居るのに何を亜人でうだうだやってんだこのアホはって言ってくれた人が居たから」

 「なにやってんだ父さん」

 明らかに教皇に喧嘩売ってないだろうかそれ。


 「忌み子であろうが亜人だろうがって、おーじさまが体現しててくれた。どんな偏見も、理不尽も、越えていけるって。

 馬鹿にされても、理不尽な扱いでも、ちゃんと認められる存在が居るって、おとーさんに分からせてくれた。

 だからね、おとーさんはごめんってステラを抱き締めて、もう耳を削ぎ落とさなくてもー尻尾を痛い痛いって切り落とさなくてもよくなったのー」

 真っ直ぐな左右で色の違う瞳がおれを見る。


 「ああ、だからあまり公には教皇の娘の話がないのか」

 と、一人納得する。

 いや、亜人の娘が居るとか大ニュースだからな、聞いてたら忘れないだろう普通。


 あとは、娘が亜人というのは父シグルドがどやすことで父娘間では解決した事かもしれないが、一般的に見て後ろ指指されるのは避けられない。

 信頼できる相手ならば良いが、あまり公開したくはなかったのだろう。だから、大っぴらに誘拐されたと言うのではなく、枢機卿も穏便に事を済ませたがった。


 まだ時じゃない、ステラ……いや亜人な教皇の娘アステールを表に出さないために。

 っていうか、そこら辺の常識にすら思い至らない辺り、かなり頭に血が回っていないというか……

 「ステラはね、おーじさまが居なかったら、今も捨てられた子って呼ばれてたんだよ?」


 「だからね、おーじさま

 結婚しよ?」

 「いや駄目だろ!?」

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