風呂、或いは謎の場所
挿し絵付です
カスタムキャストの限界でちょっと描写と違いますがそこは気にせずお願いします
また、今章のヒロインは章名どおり今話から参戦のくそちょろ狐娘アステールです。ヴィルジニーではありません
「きゃぁぁあああああっ!」
絹を裂くような悲鳴が、シュヴァリエ邸に響き渡る。
「……ステラ!」
その悲鳴を聞き付け、どたどたと音を立てて、少年は何の変哲もない壁の前に駆け付けた。
いや、何の変哲もないなんて事はない。明らかな異常が見て取れる。
近くの壁にはべったりと付着した血の痕。その足元まで、点々と続く血の道標、そして、床にぶちまけられた血溜まりに、まだ粘っこさを残す乾いていない血に埋もれた片手袋。
その痕跡を苦々しい気持ちで見つめながら、少年……ユーゴ・シュヴァリエは、長く続く廊下の最中の壁を見て、小さく呪文を唱えた。
突如、壁の表面が沸騰した湯のように泡立ち……
何の変哲もない壁であった其所に、半透明な材質で出来た赤い鎖で開かぬように厳重に閉ざされた一枚の扉が浮かび上がる。
その扉の鎖の真ん中にある錠前に、少年は迷わず鍵を差し込んで回す。
カチャリ、と鍵の開く軽い音だけがして鎖は宙に溶け、錠前だけがふかふかの床に落下する。
そして、少年は迷わず扉のノブを掴み、回して……、閉ざされた部屋に突入する。
「ステラ!何があったんだ!ステラァッ!」
扉を潜った先、厳重に封印されていたはずの部屋にも点々と落ちる血に、血相を変えて少年は叫ぶ。
そして、その血の痕を追って、入り口の左手、曇った羽根で作られた引き扉を思いっきり開けて……
「あっ……」
其処は、湯気に満たされた場所。並々と湯が張られ、一人の少女がその湯船から半ば立ち上がろうとしている……
つまりは、風呂場であった。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げて、少女はそのまだ性徴前故になだらかな胸を抑え、濁った湯の中にに体を沈ませる。
「ご、ごめん……」
その前の一瞬眼に映った桜色の突起を、我ロリコンじゃないしと嘯きながら脳内に保存して、ユーゴは口だけの謝罪を口にする。
「ゆ、ユーゴ様ー?どうしたのー?」
少しだけのんびりした口調で、少女はそう問いかけた。
「そうだ、ステラ!君の悲鳴が急に聞こえて……」
「突然ねー、血塗れの男がやってきてー」
「野郎!」
あの卑怯ものが!とユーゴは奥歯を噛む。
「ステラ、奴は何処に行った!」
「悲鳴をあげたら、そのまま何処かに逃げたよー?」
怖かった……と震える少女に、ユーゴはもう大丈夫だと笑いかけた。
「あの卑怯ものに、二度とステラの姿すら見せないから。安心して」
「ごめんねー、悲鳴をあげたりして」
「大丈夫
それにしても珍しいね。ハーブ湯なんて」
全く、折角の女の子のお風呂なのに濁り湯じゃないかと少しだけ不満げに、ユーゴは呟く。
「いきなりねー、血塗れの人が来て、怖くてー
えっとーリラックスとかー、むりかなーってねーそれで」
「……そいつはぶっ殺すから安心して、ステラ」
そうして、少年は踵を返し……部屋を出ていった。
「……だいじょーぶ?」
少年が完全に姿を消した事を確認し、暫くして……
少女は湯気の中でも目立つ立派なもふもふの尻尾を退ける。
「……何とかな」
二房の尻尾に挟まれ隠された状態から抜け出して、漸くおれは一息付いた。
「……それで、何がどうなっているんだ……?」
おれが覚えているのは、壁に手をつこうとしたら突き抜けて、そのまま倒れたところまでだ。
次に悲鳴で眼が覚めたとき、おれは……こうしてもっふもふの尻尾を持つ全裸の少女によって薬草風呂に沈められていてたという訳だ。
そして、直後に現れた七天の息吹でも使ったのか完全に怪我が治ったユーゴは、少女の尻尾によって隠されていたおれに気が付かなかった。
我ながら良く起きた瞬間にユーゴの存在に気が付いて声を我慢できたとと思う。
いや、訳が分からない。
「そもそも、君は?」
ふわふわとしたタオルでおれの顔を拭おうと体を寄せてくる少女から、少しだけ距離を取ろうと頭を動かそうとして
「おーじさまは、先に名乗るものー」
のんびりとした口調の少女に言われ、痺れてまともに動かない……というか両足も左腕も折れてて動かせないから諦めて、おれは口を開く。
「おれは……ゼノ。帝国第七皇子ゼノだ」
というか、と、自分の肉体を改めて確認して思う。
ボロッボロだな。流石HP1というか、気が抜けた今では何で歩けていたのか自分でも謎だ。体も重いし……って、これは単純におれが服を来たまま湯船に放り込まれているせいか。
って、真面目に何でおれはこんな風呂に……?それに、何故狐の尻尾を持つ女の子が居るんだ……?
ユキギツネ種の少年とならば縁はあるが、彼とは無関係だろう。尻尾を何が楽しいのかふりふりしている女の子の毛の色は大分濃い。ユキギツネ種はもっと色味が薄いから特殊な種なのだろう。
「おーじさまは、ステラのこと知らないのー?」
「……御免」
ちゃぷちゃぷと湯を掻き分けて寄ってくる狐の女の子。おれと異なり、その体には何も身に付けられていない。そんな姿を見るわけにはいかないだろうと、回る首で目線を逸らしながらおれは呟く。
「うん、そーだよねー?」
「……おれが忘れてるだけ、じゃないのか?」
「初対面かなー」
……ならば何故、おれはこんな状況に置かれているのだろう。謎は深まるばかりだ。
「ステラはねー、本当はアステール・セーマ・ガラクシアースって言うのー
でもみんな長いからステラってステラの事を呼ぶんだー」
……!?
響いてきた単語に眼を見開く。
「セーマ!?」
セーマという単語には聞き覚えがある。いや、覚えがあるなんてものではない。
コスモ・セーマ・レイアデス。これが、聖教国の今の教皇の名だ。因みにレイアデスは父方の姓であり、此処は変わっていく。変わらないのは間のミドルネームだけ。
……そう、セーマというミドルネームは教皇の一族であるという事を示す言葉である。
……いや、マジで何でだ!?
「げふっ!」
盛大に湯船に血を吐きつつ、おれは……
寧ろだからじゃないのかという結論に辿り着いた。
「……ひょっとしてなんだけど、アステール姫」
「ステラでいいよー?」
「ステラ姫」
「ステラがいいなー」
「ステラさん」
「ちゃんー」
「ステラちゃん。一つだけ聞きたいんだが……」
「何でもきいていいよー?」
その大きな狐の耳を揺らし、少女はニコニコとする
「……まさかとは思うんだが、枢機卿がユーゴをごり押ししたのって、君が原因なのか?」
「そうだよー?」
「……やっぱりか」
つまりは、アレだ。突然婚約だ何だが決まった理由は、彼女を人質に取られたからなのだろう。教皇の娘を人質に、返してほしくば……という奴だ。
いや馬鹿じゃねぇのかあいつ!?
と言いたくもなるが、そのごり押しを通せるだけの馬鹿みたいな力はあいつに在った。
実際問題、勝てたのは奇跡に近いというか、向こうのミスだ。おれはあのAGX-ANC14B《Airget-lamh》に対して何一つ有効な手立てを持たなかった。恐らくだが、おれの手に万が一月花迅雷が有ったとしても全く事態は変わらなかっただろう。
いや、ゲームのシステム上あの謎の装甲やバリアが防御系の奥義として扱われるものだと仮定して、奥義効果が原作ゲームそのまま適応されるとするならば、月花迅雷の奥義である迅雷抜翔断は防御奥義の発動をそもそもさせないから通るか?といったところだろうか。
少なくとも、神器があったとしても勝てる気はしない。おれが勝てたのは、単純にユーゴが絶対に安全なアガートラームの防御範囲から出ておれを足蹴にしようとしてくれたから。ただそれだけの理由なのだ。
ユーゴ・シュヴァリエには勝てたが、アガートラームには何も対抗など出来ていない。あんなもの見せ付けられ、仮にも国の頂点の娘を拐われた日には娘を婚約者として差し出せと言われても抵抗できないか……
おれの父なら知るかと言いそうだが、あの人は血の気多いから特例だ。
「アガートラーム……」
「ちがったよー?」
「え?」
ぽつりと呟いたあの鋼の戦神の名を否定され、おれは呆けた声をあげる。
「えっとねー、ステラを連れていったのはー、ユーゴ様とはまた別のひとー」
「……そいつも、巨大な機械を?」
「きかいって、なにー?」
「御免。機械っていうのは魔法じゃない凄い技術の事らしい」
そういえばこの世界では機械文明はそんなに発達していないから聞き覚えがなくても仕方ないなとおれは言い直す。
「巨大な機械って呼ばれる鋼の神様が来たのか?」
「そだねー。大きくて黒い、かみさまだったよー
おへやからベッドごと連れ去られてー、ステラは此処にとじこめられたのー」
「拐った相手の顔は見れなかった?」
「くろいかみさまだから、ユーゴ様じゃなかったー」
「少なくとももう1機居るのかよ……」
げんなりする。ユーゴにだって向こうが馬鹿だから運で勝てただけなのに、他のとか相手に出来るのかよこれ。
アガートラームは銀色。少なくともくろいかみさまとは呼ばれないだろうし
「……ところで、ステラちゃん」
一つだけと言った事は忘れ……というか、一つだけじゃ何も分からないのでそのままおれは質問を続ける。
「なんでおれはこうして風呂に投げ込まれてるんだ?」




