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逆転、或いは神の言葉

気が付いた時、おれは真っ暗闇に立っていた。

 

 いや、違う。立っているというのは正しくないだろう。視界は何処までも広がる暗闇を認識していて、体の感覚は殆どない。

 だから立っているようにも思えただけで、自分が立っているのか座っているのかわからない。或いは地面に転がっているのかもしれない。

 

 『おやおや、これはまた、お早いお帰りだね』

 不意に、脳裏に響き渡る声。

 

 おれは、その声を知っている。聞いたこともある。何なら一度会ってもいる。

 「七大天、プロメディロキス=ノンノティリス」

 おれが今のおれになる寸前、出会った神の名だ。

 『その通り。ああ、とはいえあまり名前を呼ばないで欲しいものだね。私はそう気にはしないものの、神の嫉妬とは恐ろしいものだ。

 ただでさえ、君に関してはなかなかに拗れた事になっているというのに、殊更事態をややこしくすることはないだろう?』

 ぼうっ、と暗闇に火が灯り、燃え盛る。

 

 そして火は、光の中にひとつの影法師を映し出す。

 首筋に刺々しいフリルとでも言うべき服を着て、長いヒールの靴を履き、クラウンハットとでも呼ぶのだろうか……三股に房が分かれた帽子を被った道化の影を。

 

 前はもっと異形に見えたが、今回は何となく見立てがしやすい。

 

 『おっと、これは此処で話すことでもなかったようだ。すまないね龍姫』

 くつくつと底意地の悪い笑い声が響く。

 そして、光と影法師は、おれへと向き直った。

 

 「此処は……おれは。

 前にも貴方と出会った。此処は、死後の世界なのか?」

 何となく、そんな気がして、おれはそう問い掛けた。


 死因すら知らなかった前回と違い、今回はしっかりと記憶がある。為す術無く、振り下ろされる鉄拳に叩き潰された記憶が。

 アイアンゴーレムなど比べ物にならない。アイアンゴーレムなら1~2発の直撃でも耐えれると言ったおれだが、アレは計算式的に無理だろう。恐らくだが、攻撃力は……4桁行くんじゃなかろうか。

 

 『そうとも言えるし、そうでないとも言える。

 残念なことに私はこの世の神でね。世界を巡る魂の輪廻転生そのものには……余程の契約でなければ関与できない哀れな道化。此処は生死の輪廻の狭間……と、君には語ったことがあると思うのだがね。

 よもや、忘れてしまったのかね?それは残念だ』

 全く残念そうでなく語る道化の声に、そういえばそうだなと思い出す。

 

 「生死の、境」

 『いやはや、諦めない気持ちというのは大事なものだとも』

 「そうか、根性補正……」

 おれの脳裏に、一つのシステムが浮かぶ。


 根性補正。その名の通りの根性。ゲームシステムで言えば、自身の【精神】値が51以上で1マップに1度だけ有効になる効果で、【精神】×1/2%の確率でHPが0になる際に発動してHPが1残るという即死回避だ。

 とはいえ、基本的にゲームではこの発動しなかったらHP0=死=キャラロストの効果をアテにした戦法なんてそうしなければ勝てないリセマラ必須状況でもなければやらないのですっかり忘れていた。

 

 『故に君はまだ死んでいないのだよ。

 まあ、死ぬほどの怪我は間違いないのだがね。だからこうして、私の声が届いてしまうのだ』

 「……そう、か」

 『さて、ここから君はどうする?』

 意地悪く、道化の声はそう問い掛けてくる。

 なにかを期待するように。

 

 「……ユーゴに、勝つ」

 『おやおや、君はまさかとは思うが、あの異なる世界枝から不正に持ち込まれたかの切なる祈りのカミに勝てるというのかね?』

 「……そもそも、それも貴方達が用意したものでは無いのか」

 『おやおや?

 ああ、そうか。君達の視点から見れば、そうなってしまうのか』

 イーッヒヒヒと、愉快そうな笑い声が響く。

 

 『私達は確かにこの世界の神だとも。

 だがこの世界の神なのだよ。異なる世界枝には手出しなど出来ぬとも。


 では何者か。簡単な話だとも。君は、カラドリウスを知っているかね?王神ジェネシックは?ああ、精霊真王(せいれいまおう)ユートピアの名前に聞き覚えは無いかね?紅蓮卿シャルラッハロートに恋い焦がれた事は?』

 「カラドリウスだけは」

 残り三つの名前に聞き覚えはない。だが、カラドリウスだけはおれも覚えている。

 

 カラドリウス。魔神王四天王の一柱がそんな名前だった筈だ。

 そして……これは歴史の授業で初めて知った事なのだが、その四天王カラドリウスの名前は、かつて七大天が万色の虹界と戦いこの世界を成立させたその時に虹界側に居た鳥神の名であるのだとか。

 

 「貴方方と戦った鳥の神、でしたか?それとも、ゲームの記憶ではおれを殺す四天王の方?」

 『やはり勉強熱心だね、君は。


 そう。カラドリウス。或いは……いや、三千世界を護るために愛しき世界を焔とする墓標の精霊王、人の未来の為に己等を殺す天の女神、あの二人に関しては混ぜるのは不適切であったね。

 いやはや、ユートピア君については、己の世界のカミの管理はしっかりしておいて欲しい困り者ではあるのだがね』

 「……つまり、貴方方とはまた違う神が居る?」

 『おや、今回は私の話から必要な部分だけを素早く切り取れている。いやはや、君は良いね、やはり君で正解だったようだ。

 

 そう、彼等の背後に居るのは、私達とは異なる神。だから君が、彼等のように私から特異な力を貰えると思っているならば、それは諦めてくれたまえよ』

 「つまり、彼等があの変なロボットや、刹月花をルールを無視して持ってる転生者を量産している?」

 『然りだとも』

 「あれ?」

 ふと疑問に思い、首をかしげられないので言葉に出す。

 

 「ならば、何でおれは……」

 『その事なのだがね。実は君はこの世界で近く起こる動乱においてはダブルキャストなのだよ。だからこそ、二つの意識が混在している筈だったのだが……君達、異なる世界枝での同一人物か何かかね?』

 「いや、それは分からないけど……つまり、おれは?」


 『第七皇子ゼノ、いや君の方は……

 私が選んだ勇者。私は道化、異なる世界から勇者を選ぶ愉快な神。だがしかし、本来進むべき時の流れは今や滅茶苦茶だとも。

 故に、本来の有間翡翠(アルヴィス)では遅すぎる。魔神王の復活が成されてからでは、今更来た勇者は最早どうしようもない。けれどもだね、ならばと彼を早めに送る訳にもいかない。

 だからこそ、あの時送れる君を選んだのだよ、私の炎の勇者(アルヴィス)

 「……おれが、炎の勇者……?」

 有り得ない、ならば何故おれは……

 

 「結局、おれには炎の魔法なんて使えない」

 『すまないね。そこは君達……人間の先祖帰りの問題でね、私達が意図して君達に嫌がらせをしているという訳ではないのだよ。寧ろ龍姫など、おっといけない。そういうものは知っていてもこの道化の口からは言ってはいけないものだね』

 「そう、なのか……」

 『そこで素直にならば仕方ないと言ってくれる君で助かるよ。ごねられては困るからね。

 

 さあ、目覚めの時だ。大丈夫、君は既に勝っているのだから……』

 急速に闇が薄れていく。

 

 「……最後に、聞かせて欲しい。

 何で、おれにだけあの機体の音が聞こえたんだ!?」

 『……それを私に言わせるのかね?』 

 全く、辱しめが得意だね、と道化はくすりと笑う声を出して。

 『君は先祖帰りの影響で私達の与えた魔法の力を弾いてしまっているが、決して私達に嫌われているわけではない、ということなのだよ』




 

 そうして、視界は元に戻る。

 口の中には、苦い血と、甘い土。

 全身が痛く、そして熱い。そして、鉛のように重い。

 だが!まだ!生きている!おれは……動ける!


 「はっ!何だよ、変なもの見えたと思ったら……原型留めてんじゃん」

 バカにするような声。

 おれを大地に縫い付ける巨腕は既に無く、巨神は待機状態に戻っている。

 その巨神……AGX-ANC14B(アガートラーム)から降り、金髪の少年が近寄ってくる。

 

 「スーキキョ?我の勝ちだよな、これ?

 こいつ二度と口聞けねーし」

 「確かにそうだとも」

 頷くエメラルドの男。それらのやりとりを、上手く残ってくれたのだろう右耳でおれは捉える。

 耳鳴りが酷い。左耳から、ぐにゃぐにゃとした雑音しか聞こえてこない。

 

 「勝者はユーゴ君だ!」

 「全く、手こずらせやがって」

 少年が近寄ってくる。

 そうして、倒れ伏すおれの前に来て……

 「雑魚の癖に、うっと……」

 今っ!

 

 左腕の感覚がない。何かが溢れるような、不思議な高揚感。何故か動く右腕を伸ばし、おれの頭を蹴り飛ばそうとユーゴが左足を上げた刹那、その右足を掴み、引く。

 「おわっ!」

 片足立ちの最中にその足を引かれ、立っていられる人間は多くはない。

 為す術無く少年の体は凸凹したクレーターに仰向けに転がる。


 防壁は出ない。

 

 「てめぇっ!生きてやがったのかこの生命力ゴキブリ!」

 少年が、巨神を動かそうと右腕の時計に左手を伸ばす。

 それを、左足で体重をかけて押し倒し、おれは震える少年の右腕の下膊を、動く右手で掴み……

 「離れた場所までは、護って……」

 溢れる血を垂れ流しながら、叫ぶ。

 「くれないようだな!お前の神は!」

 

 こきゃっ、と。骨が砕ける軽い音がした。

 「んっぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 こてん、と普通は有り得ない方向に、少年の腕が垂れる。


 防御30無い相手の腕なんて、本気で力を掛ければアルミ缶のように握りつぶせる。それが、ステータスという力。

 「我の、わ……僕の腕がぁぁぁぁっ!」

 痛みに耐性がないのだろう少年がカッコつけた一人称を捨てて泣きわめくその綺麗な顔に、腹から溢れてきた血を吐き掛ける。


 「んぎゃっ、汚っ!?」

 やはりというか、何というか。

 あくまでも機体に触れているときだけ防御の謎の結晶が出るようだ。遠くでも発生するなら、わざわざあのロボットを持ってくる必要ないものな。

 

 「てめっ!その、眼は……っ」

 おれの顔を見て、少年の瞳が驚愕に大きく見開かれる。

 おれはそれを無視し……骨が砕け力の抜けた右腕に付けられたままの時計に手を伸ばし。

 

 一瞬だけ迷う。引き剥がして何とかして持って帰れないだろうか、と。

 だが、そんなのは無理だろう。あの日刹月花が土になったように、研究と報告の為に持ち帰ろうとした瞬間に土になるに決まっている。


 ならば、答えは一つ。

 

 羽のように展開したベゼルを上下から挟むように時計本体に手をかけ……

 握り潰す。骨よりも数段重く冷たい感覚が残り、そして……

 バキン、という音が片耳に届き、ふっと掌の中の感触が消える。

 時計は、土となって消えていた。

 

 世界がズレる感覚。待機していた巨神が小型ブラックホールに呑まれ、転移して何処かへとその姿を消した。

 

 「……誰の勝ちだって、ユーゴ?」

 答えは無い。

 金髪タキシードの少年はおれの吐いた血と土にまみれ、折れた右腕をだらんと晒し泡を吹いて気絶していた。


 「あのアガートラームは神かも知れなかったが、お前は神じゃない」

 けふっ、と血をまた吐きながら、おれはゆっくりと立ち上がる。

 「二度と、バカな事を言うんじゃない」

 

 「……あのっ!」

 「あんなもの見かけ倒しだ」

 見かけ倒しな筈はない。

 というか、根性補正が発生してなければたぶん跡形も残ってない。っていうか、ゲームからそうだったが、根性補正さえ発動すればどんなオーバーキルでも耐えられるって凄いな、流石はファンタジーというか、人間辞めてる感ある。


 いや、そもそも【精神】51というステータス自体が皇族専用職でもなければ半ば人間辞めてる上級職でなければ辿り着けない領域だから人辞めてても普通か。

 

 とりあえず、無事な要素なんて何一つないが、皇族の常として大丈夫だとおれは笑い……

 「ひっ!」

 ……酷いな、怯えないでくれよヴィルジニー。


 なんて、どだい無理な事を重いながら、踵を返しておれは中庭を出て……

 

 あれ?と、思う。

 駄目だ。幾ら根性で耐えてようが、HP1だ、今のおれは。

 前後不覚というか……一度通ったはずの帰り道が分からない……

 というか、何処だ此処……

 だらんと下げた左手から、ぽろりと手袋が溢れ落ちる。

 べしゃっと音を立てて、血の大輪の花が咲く。

 

 ……駄目だ……くらくらする……

 ふらり、とおれは邸宅の硬い壁に寄り掛かって……

 寄り掛かれていなかったのか、ふらりとそのままおれの体はふかふかのマットに倒れこむ。

 駄目だ……壁の方向すら見間違ってたのか……

 帰らなきゃ……いけないのに……

 

 疲れた……

 少し、休むか……

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