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決闘、或いは公開処刑

「待て!」

 駆け出した瞬間、背後から声をかけられる。

 「宣誓を」

 静かにその声を告げるエメラルドの男、枢機卿。

 

 まあ、誤魔化しは効かないか。


 立ち止まり、おれは一つ頷く。

 「知ってるよ第七皇子。

 負けたときの言い訳にハンデを認めたんだろ。

 でも残念、宣誓をサボっちゃいけないなぁ」

 「そっちもな、ユーゴ」

 地味に一歩後ずさりする少年を見据えつつ、おれからも一言。


 踵を返し、距離を戻す。そうして、空を仰ぎ、言葉を紡ぐ。

 

 「我、帝国第七皇子ゼノ。皇帝シグルドの代理」

 「我、ユーゴ・シュヴァリエ。ジニーちゃんの婚約者」


 「我が位に懸けて」

 賭けるものを語る言葉は一つだけ。向こうは、ユーゴは何も言わない。

 っておい、言えよ。

 

 「父皇シグルドの代行の名において」

 「世界を統べる我が名において」

 ……って大きく出たなこいつ。ひょっとして馬鹿か。


 「我、少女の望まぬすべての悪を盟約の下に切り払うことを」

 「文句付けてくる馬鹿をぶちのめしてジニーちゃんを救うことを」


 「父シグルドとプロメディロキス……いや、おれを見守る天ティアミシュタル=アラスティルとウプヴァシュート=アンティルート、以上二天に誓約する!」

 「我は我に誓う!」

 

 「その誓い、枢機卿たる私が聞き届けた」

 重々しく告げられる言葉。


 いや、良いのだろうか、とおれは心の中で思う。


 決闘魔法。魔法の中でも特殊な、天による特異魔法。魔法書はなく、属性も決まっていない。決闘の保護と決着の意味の確定を目的とした魔法だ。

 みだりに呼べば天罰の下る七大天の魔名を唱え、互いに神の名においてその決闘の目的を保証する儀礼。その敗者には天の名において裁きが下る。

 それによって決闘の際の取り決めを遂行する誓い、それが決闘魔法。

 つまり、神の魔名を語っていないユーゴの宣誓は成立していないのだ。

 己は何者か、その決闘に何を賭けるか、勝利により何を望むか、それを神に告げる事で成立する魔法だからな、それを自分に誓うとかあいつ七大天か何かか?

 

 だが、それは突っ込まない。というか、突っ込めない。

 理由は簡単だ。そもそも決闘を保護して貰う"魔法"である以上、おれの宣誓は聞き届けられない。

 よって例えユーゴが正しく宣誓していても対象二人の決闘魔法は発動しない。おれに魔法は使えないからな!

 

 「可笑しいですわ、そんな宣誓」

 「いや、良い。

 そもそもが……忌み子の声は、天に届かない!」

 「……それもそうですわね」

 ヴィルジニーの文句を遮って。

 

 「天の名を借りて、己の正義を証明せよ!」

 その言葉こそ、決闘開始の本当の合図。


 十数歩先でユーゴが手にした魔法書を開く。

 「『其、全てを縛り平伏させる大地の鎖』」

 朗々と響く詠唱。

 そう、詠唱。当たり前だが、魔法は魔法書を読んで詠唱することで力を発揮する。強力な魔法ほど詠唱は長い。それが基本だ。

 父などを見ていると忘れがちだが、基本は詠唱必須なのだ。当然のように詠唱しなくても使える皇帝がチートなだけである。

 

 にしても、とおれは息を整え。

 

 舐められたものだ!

 全力で地を蹴る。


 抜刀術とは、最速の業。技術論としては、虚を衝くことによる防御を貫く技であったり、出会い頭に立合一閃といった形の不意の暗殺、抜けば勝てるという技能の威圧から相手に膝を折らせ斬らずして終わらせる活人剣等色々な意味を持つものだが……

 魔力の存在するこの世界においては、スキルという形で実際にステータス補正がかかる攻撃方法である。

 

 ならばこそ!速度補正のかかる踏み込みは……敵を捉える!

 「『王の御ぜ……』」

 遅い!

 

 武器は使わない。決闘魔法は決闘する二人を魔法の衣が包み、HPダメージを肩代わりする……つまり傷付かないように護ってくれるがおれにはそんな便利魔法は意味がない。

 故に、剣なんて使った日には2週間前に出会った変な転生者の少年のように、取り返しの付かない傷を負わせてしまう。それを防ぐための制約。


 だが、武器なんてそもそも要らないのだ。

 「ていっ」

 そのまま踏み込んだ速度を乗せて蹴り飛ばしても良いが、距離を取りたくないので軽く足払い。


 自信満々に魔法を詠唱する少年はぐらりと体勢を崩し、ふかふかの地面に倒れ伏す。

 そのタキシードの襟を掴んで持ち上げ、右足を軸におれごと回転。


 何というか、遠い記憶で昔クラスの皆が放課後や昼休みに教室の床や机に下敷きを縦に張り付けて回していたプラスチックと金属の駒を思い出すな。おれは4桁もするそんな玩具買えなかったし買えたとして下手したら先生に取り上げられるから持ってくるとか出来なかったろうけど。


 「おげっ!うぇっ!」

 「ユーゴ様っ!」

 悲痛な叫びが聞こえてくるが、気にせず回転。暫く回して遠心力を貯め、ユーゴの手にしていた魔法書が手を離れて落ちたのを確認するやその手を離し、カッコつけたネクタイを掴み直して頭上で手首スナップで振り回すものに切り替え。


 「うぐげぇっ!」

 ネクタイが少年の首を締め付け、少年の顔が青くなる。

 だが、それも少しの間の事。ぶちりと絹を裂く音と共にネクタイはその役目を果たせない布へと成り下がり、少年は回転から解放されて宙を舞う。

 

 「ごぼっ!」

 地面を擦り、花壇の縁に叩き付けられて、漸く少年の体は移動を止める。


 おれはそれを、歩いて追いかける。ユーゴの落としたハードカバーの魔法書を左手を使わないと言ったがために無作法だが口に咥え、数ページあれば1回分唱えられるかもしれないからと千切りやすい縦向きではなく背表紙から横に引き裂きつつ、少し意識してゆっくり目に足を踏み出す。

 

 「ユーゴ様!ユーゴ様に何するんですか!」

 と、おれの前に立ちはだかる影があった。そう、ユーリと呼ばれていた金髪メイドである。


 いや、決闘……というかこれ半ば公開処刑で決闘と呼べるようなものじゃないが、決闘に水をささないでくれないか?一応1vs1ってことになるはずだから。


 「……決闘に他人が口出しするな」

 「ユーリはユーゴ様の所有物です!」

 おう、と思わず虚をつかれて立ち止まる。


 所有物……モノかぁ……。ならユーゴの武器として認めないわけにもいかないよなぁ……

 「良いよ。君が人ではなくモノだというのであれば、武器だと認めよう。

 君が彼の武器だというならば……まずはその武器を砕く」

 わざとらしく右手を握り、顔の火傷痕を見せ付けるようにして軽い脅し。

 

 「ひっ!」

 とたんに怯えた表情になる金髪メイド。

 「ゆ、ユーリは、ま、負けません……」

 瞳に怯えの色を浮かべ、それでも少女は構える。


 うん、何というか……割と楽しい気分になってくるな、と暗い喜びに身を委ねかけ、いやダメだろうとおれは奥歯を噛んで意識を戻す。

 「……そっか。君には魔法の保護がないけど……」

 わざとらしく悪役っぽく、おれは嗜虐的に唇を舌で舐めながら呟く。

 「右手と左手、それから足……何から砕かれたい?」

 「この、外道っ!」

 きゅっと握った掌を付き出してくるメイド少女。

 その掌には細身のナイフが握られていて……


 「使わないと言ってる以上、君はおれの左側を狙うべきだったよ」

 だが、そのナイフは簡単に止まる。おれが二本の指で挟んだだけで、前にも後ろにも引けなくなる。

 「あうっ」

 そのまま軽く手首を捻ってやれば、あっさりとナイフは少女の手を離れておれの指の間に収まる。


 って、使うわけにもいかないんだけどな、武器禁止って自分で言ったのだし。

 なので柄を右手の四本の指で握り込み、親指を刃にかける。

 そして、力を込めて……


 メキッと嫌な音をたてて、親指がナイフの刃を貫いて埋る。

 ……想定より柔らかいな。折る気だったんだが……

 と、おれは苦笑しながら親指を跳ね上げ、金属にしては柔らかなそのナイフの刃をねじ曲げて折り砕いた。

 


 「ひ、ひでぇ……」

 と、後ろの方でエッケハルトの声がした。

 いや、おれ自身酷いと思う。完全に苛めの域だ。胸が痛い。


 「……あ、あう……

 ま、負けちゃダメユーリ。ユーリが頑張れば、きっとユーゴ様が勝ってくれ……」

 「ていっ」

 ぶつぶつと呟く少女の額にちょっと強めのデコピン。

 「きゃぁぁっ!」

 衝撃で頭を仰け反らせて白い喉を晒し、なす術無く金髪のメイドは仰向けに地面に沈んだ。


 いやまあ普通に考えて当然なんだが、弱いもの苛め以外の何なんだろうなこれ。完全に此方が悪役だ。

 というかユーゴ?いい加減起きたか?

 

 「ゆ、ユーリッ!」

 あ、起きてたか、とおれはよろよろと起き上がりながら叫ぶ少年を見る。

 何か若い女騎士に抱き起こされ、魔法書と少し短い直剣を渡されている金髪で襟とネクタイが伸びて千切れた二度と着れないタキシードの少年は、親の敵でも見るかのような形相で此方を睨んでいた。

 

 「てめぇぇぇっ!」

 叫ぶと共に、少年が手にしていた魔法書が光を放つ。

 「ユーリッ!ユーリのくれた時間、無駄にはしないっ!

 『タイタンチェイン』!」

 同時、地面から小岩の連なった魔法の鎖が伸び、おれの腕に

 「やったっ!勝ったっ!」

 絡もうとするも、おれを見失って空しく空を切る。

 

 「なあユーゴ?」

 既におれは、女性騎士と少年の目の前まで駆け抜けていて。

 そもそもだ。何で勝てると思っていたんだこいつ、としか言いようがない。爆裂槍のダメージの時点で、彼の【魔力】値は25無いと分かってしまっていた時点からずっとある疑問。

 

 「負けを認めるか?」 

 「誰がっ!」

 「そう、かよっ!」

 「やらせませんっ!」

 少年の顔を蹴ろうとするおれの足を阻むように伸びる白銀の刃。

 ユーゴを抱き起こす女騎士の剣だ。

 

 「……いや、何度も言うが決闘は1vs1だろう」

 「私はユーゴ様の剣っ!」

 「あっそう」

 どうでも良いのだが、ならば武器はあの魔法書だけで良いかと聞いたときに自己申告しておいて欲しい。

 

 ってよく見るとこの女騎士、帝国騎士団のうち一つの新顔じゃないか。将来有望な……って話を一年前くらいに耳にしたことがある。

 「クリス!ああ、共に奴を倒すぞ!」

 ああそうだ、クリスだクリス。クリス・オードラン男爵。将来は騎士団長は無理でも副団長くらいにはなれそうと言われていたのを覚えている。

 

 「おれとしては、どうでも良いんだが、オードラン元男爵」

 「元ではない!」

 烈火の如く整った顔を歪め叫ぶ20歳くらいの女騎士。


 「いや、騎士辞めてモノになったなら元では?」

 「うるさい!幾ら皇子でも、私とユーゴ様の連携の前では……」

 言い終わる前に、回し蹴り。

 おれの足が閃き、兜も付けずに露出している女性騎士の脳を揺らす。


 「けはっ」

 落ちないか。流石は騎士、向こうの明らかにレベルとか上がってない一般人なメイドと違ってしっかりステータスがある。

 

 「な、なにっ!?クリス!?」

 「なあユーゴ。おれは皇子だ。最弱の面汚しでも、皇族なんだよ。

 1vs1で護るべき民に負けると思ってんのか」

 静かに、見下ろしながら呟く。


 因にだが、こうカッコつけているが騎士団長クラス相手だと普通に負ける。向こうは仮にも上級職でしかもレベル5以上。

 一番弱い騎士団長でもおれと同等レベルの物理性能とおれより多いスキルとおれと違って得手不得手はあれどまともな性能の魔法能力を持つおれの上位互換だ。現状勝てる道理もない。


 逆に言おう。おれの物理性能だけは、騎士団長と真っ向から殴りあえる。というか、それくらいぶっ飛んでないとそもそも皇子なんてやってない。

 ユーゴの【魔力】は25未満。彼はおれのようなふざけた呪い等は無い筈なので、他のステータスが突出している感じはない。ということは、他のステータスも20前後だろう。

 おれの【力】数値は測ったところ58。皇族特例の専用職ロード(第七皇子)等を除いた下級職の【力】上限値は高くて50。

 下級職、つまり人が純粋に人で居られる状況での限界を既に越えているのがおれだ。これは力だけじゃなく他のステータスも同じく。

 半分くらい人外に片足突っ込んでいる。といっても魔法関連は当然ながら0なんだがこれも人扱いされないという意味で人外に両足突っ込んでると言えなくもない。


 幾ら魔法当てれば勝てるとはいえ、そのステータス差で命中するとでも思ってんのか?1vs3で勝率8割というのは、三人で連携すればうまくすれば時たまおれに当たるからその数値出せてるだけで、1vs2なら基本負けないぞおれ。


 ……まさか、それすら分からずに決闘に乗ってきたとは思えないが……

 「くっ!クリス!

 頼む!我が勝つ為に時間を稼いでくれ!」

 と、女性の腕を抜け出し、少年は叫ぶ。


 ああ、やっぱり何かしら切り札はあったのだろう。最初に負けを認めるまでボールにして蹴るとかしなくて良かった。

 やはり、転生者。そして何らかの力を持つ。それは刹月花の少年と同じ事。

 おれの予想は当たっていたようだ。その何かが、恐らくは……枢機卿に、ユーゴを持ち上げさせている。


 ならば、この決闘に勝つのは最低条件。爆裂槍の時点で、このユーゴそのものにはあれだけ言わせる程のものがない事は見当がついた。

 だというのにあの持ち上げよう。その根底にある何かをどうにかしない限り、きっとかの枢機卿はユーゴをおれが叩き潰したところで諦めないだろう。


 だから待った。刹月花の少年と違って、勝つだけならば何時でも勝てるのをハンデ付で煽った。

 お前がどういう存在か、見極めさせて貰うぞ、ユーゴ!

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