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挑発、或いは少女の決意

「異議あり!」

 エッケハルトがついでのように叫ぶ声が、しんと静まり返った世界にもう一度響く。

 

 「……今、何と?」

 「異議あり、だぜ!」

 「その婚約に異議を申し立てる、と言ったのです、枢機卿猊下」

 エメラルドの男はその言葉にわざとらしく首を傾げる。


 「はて、我が娘の事に異議を唱えられるような理由が何処かにありましたかな?」

 びくり、とエッケハルトの腕の中で少女が震える。


 「ええ。残念ながら」

 「では、それをお聞かせ願えるかね、第七皇子?」

 「あるわけねーだろ!」

 上から降ってくるのは金髪少年の嘲り。


 いや、大分無茶な事言ってるなーというのはおれ自身も分かっている。それでも、助けてと言われたんだ。ならば動かなくてどうする。

 

 「おれは帝国第七皇子。そして彼女は、帝国に、皇帝に託された国賓です。

 ならばおれには、あの場……初等部において父皇シグルドの代わりに彼女をあらゆる害から護る使命がある。違いますか?」

 「ええ、そうですわお父様」

 「ほう、それで?」


 「故におれには、彼女を護る義務があるのです。本人の望まぬ婚約等の害からも」

 「……それは、私が君の父上に託した事だ。私には無関係ではないかね?」


 「いえ、枢機卿猊下(げいか)

 父が託されたのはこの国に居る間の国賓である彼女の心身の平穏。その約束は、まだ終わってはいない」

 「それはもういいと私が言っているのだ」

 おれに向けて、その男は目線を向けずに吐き捨てる。

 その態度を見ながら、おれは……

 

 ああ、何かあるな、と思っていた。

 

 理由はとても簡単だ。おれと目を合わせないから。あとは単純に、耳に纏わり付くねっとりとした力の存在。【鮮血の気迫】に存在するもう一つの効果、気迫による精神異常耐性が効果を発揮していて精神に影響はないが、そよ風のような違和感の無いものであった彼の言葉は正しいと思わせる魔力が、今では耳にこびりつく粘っこさを感じる。


 それは……是が非でもおれに認めて貰わなきゃいけない証。説得ではなく洗脳によるもの。

 「ユーゴ様!どうも」

 「おいしゃんとしろエッケハルト!」

 また引っ掛かっている友人に向けて叫ぶ。


 いや、でもこれは仕方ない。寧ろ神々の祝福によるスキルという名の力、その中でも皇族専用職or特定の神器(月花迅雷)所持時or特定の最上級職のみ取得可能なぶっ壊れである【鮮血の気迫】の発動すれば問答無用の精神異常打ち消し+累積耐性が可笑しいだけだ。こんな纏わり付く魔力による洗脳、スキル無しなら普通におれにも効く。


 そんなこんなで、ユーゴを認めたように腕の中から突き放すような行動を取り愕然とする友人の頭を軽く小突きつつ、支えの無くなった少女を庇うように前に出る。

 もう、足の痺れはない。

 

 「もう良い、か」

 「ああそうだ。娘はシュヴァリエ公爵家に嫁がせる。私がそう決めたのだ」

 「お父様っ!」

 「おお、私のジニー。

 ユーゴ君は素晴らしい才能の持ち主だ」

 少し虚ろな目で、枢機卿たる男は言う。


 目に光はある。だが……娘の方すら見ていない。あの目はあらぬ方向を見ていて。

 ああ、本意ではないのだなと思わせる。

 

 「才能か。それはそれとして……おれはそれを認めない。皇帝シグルドの代理として、おれはその言葉に異を唱える」

 「っせーな忌み子」

 「そもそもだ。仮にも大貴族であるシュヴァリエ公爵家の嫡男と異国の権力者の嫡子の婚約なんて、皇帝の許可無く通るはずがない」

 引かず、おれは呟く。

 

 「確かに」

 「独立すると言われたら一大事だよな」

 エッケハルトを始め、見守るうちの数人が手を叩いて同意する。


 そう。例えばおれ……なら正直な話婚約だ何だも普通に通るのだ。跡継ぎでもなんでもないおれは、地位は仮にも皇子と高いが実権をそう持たない。

 だが、公爵家の嫡男は次期公爵。しかも、昔は大団長という形で軍事の権限を持っていたが今は中央からはちょっと遠ざけられている形。

 

 シュヴァリエ家の歴史としては……ユーゴの祖父の代に当時の宰相の娘と結婚して勢力を拡大、軍と政の頂点を取り、初等部以来の縁で当時の第一皇子も抱き込んで実質帝国の支配者にまで登り詰めた……と思いきや、皇帝の座を継いだのはおれの父シグルド。

 権力の一点集中を狙いすぎだ馬鹿、それに(オレ)の友人より采配が不味い。税を取るより未来に喜んで税を納めてくれるように考えろ、と世襲で宰相を継ぎつつ大団長ともなろうとした瞬間に、彼は宰相から蹴り落とされた。


 ついでに、不平を申し出てて皇帝に決闘を仕掛けて惨敗。フルチン気絶公としてネタにされ大団長から降格。それを期に彼は政治と軍事の表舞台を退き、爵位だけ高い隠居公爵になった……という経緯を持つ。

 そんなこんなで国家での実権は無いが、仮にも大貴族だ。土地だけは沢山ある。というか、皇族領は意図的に小さく抑えているのでそれより数倍大きい。


 そんな、現国家に不満はあるだろう金と人と土地はあるが権力の無い貴族と、別に戦争していた過去はないが決して仲の良い国ではない他国のトップの婚約。いやこれ帝国というか皇族に対してクーデターでも仕掛ける気なんじゃないの?という話だ。


 そこで皇帝の許可とか表向き取って決して反意とかありませんよーと取り繕えないのが、やはりシュヴァリエか。

 因にだが、アナに水鏡を使って貰い父に確認は取ってある。着替えながらだったので詳しくは話せていないが、(オレ)の耳には入っていないから国賓にアホな婚約を迫る馬鹿には皇帝の名を出して良いと許可が出た。

 

 「私が決めた」

 「帝国がそれを認めなかった。故に、猊下が何を言おうとも、おれの彼女が認めない限り望まぬ婚約から護る義務は消えていない」

 「馬鹿馬鹿しい。ユーゴ君はとてつもない人材だ。彼等を冷遇する帝国が間違っている」

 ……目線を合わせないそらぞらしい言葉。

 何かある。だが、それは……今はどうにも分からない。彼も語ってはくれないだろう。

 

 「ってかさ?いい加減邪魔じゃね?」

 「ユーゴ君、少しだけ待ってくれたまえ。

 君が如何に素晴らしいか、すぐにジニーも分かってくれるだろう」

 「分かるわけ無いっ……」


 おれの背後で、グラデーションの少女は整った顔を歪めて吼える。

 「ジニー。何故そんなに嫌がるんだい?」

 そうして、枢機卿はぽんと手を叩く。

 

 「ああ、ユーゴ君を知らないからだね」

 「違いますわ!」

 「それとも、あんなに馬鹿にしていたそこの忌み子に心奪われてしまったのかな?

 それはいけない。彼は忌み子だ」

 「そ、そんなはずありませんわ!この皇子だけは有り得ません。このわたくしが、忌み子に惚れるなんて、七大天様に言われても無理ですわ

 ですが……」


 意を決したようにおれの背から飛び出し、父の前で、少女は胸を張る。

 「わたくしは、この馬鹿にしていた忌み子に勝てなかった。奇跡の力をもってすら、わたくし達はこんな忌み子にすら及ばないのですわ」

 プライドが高く、ふざけないでと良くおれに突っ掛かる少女にしては珍しい発言。

 

 「わたくしの今の目標は何時かこの皇子をぎゃふんと言わせること。そのわたくしの横に立つのであれば、それくらい出来なければ認められませんわ」

 「……だそうだ」

 少女の言葉に、むぅと男は唸る。


 「つまり可愛いジニーや。ユーゴ君がこの忌み子に劣ると言うのかね?」

 「ええ、そうですわ。真っ平御免な皇子以下ばかりのレベルの低い国ですもの」


 ……いや、挑発なのは分かるんだが……


 と、おれは肩を竦める。割と散々に言われてるな、おれもユーゴもついでにエッケハルト等も。

 ってか、1vs3でおれに勝てることがある辺り皆決して弱くないぞ?

 

 「お兄、あの皇子なんかに負けないよね?」

 「そうだ!見せてやるよ、こんな魔法に弱いクソザコ皇子なんかに負けるものかよ!」

 あ、釣れた。

 優秀な事は優秀なんだけど、野心家で短絡的だとは宰相アルノルフの談だ。その例に漏れず、プライドの高い少女が自分を下げてまで告げた挑発に、さくっと相手は乗ってくる。

 

 「……ならば、決闘にて。

 ユーゴ君。君がどれだけ素晴らしいか、ジニーに見せてあげてくれ」

 「はっ!所詮魔法で簡単に倒せる序盤お助け忌み子に負けるはずねぇ。見せてやっよ!」

 ひょい、と金髪少年は屋根から飛び降り……

 下の私兵に魔法で風のクッションを用意して貰ってワンバウンドして着地。


 そうして、彼はおれの前に立つ。

 

 「げふんと言わせてやっよ、我が力でな」

 にぃっと猿のように、少年が嗤う。


 「……負けたと言うか、言えなくなるか

 それをもって決着で良いか」

 だが、それは良い。その為におれは来たのだから。

 あの何時もは忌み子ごときに出来るならと張り合うし突っ掛かるヴィルジニーが、おれを認めるような言葉すら吐いて作ったマッチだ。


 ならば勝つ。それだけだ。

 

 武器はない。だが、それで構わない。

 「ってかさぁ、スーキキョ?

 向こうから難癖付けてきたのに、何かハンデとかないの?」

 「ふむ、そうだねぇ」

 「分かったよ。おれは武器も左手も使わない。それで良いか?」

 「バッカじゃね?勝てると思ってんの?

 ま、どっちでも勝てないしいーけど」

 少年の言質を取り、おれは左手をだらんと下げる。

 

 周囲の客が捌ける。

 見守る少女は、何時しか寄ってきていたクロエによってエッケハルトと共に机の後ろに行って遠巻きに此方を見る。


 「ユーリ!」

 「はい、ユーゴ様!」

 と、少年が呼ぶや、人混みの中から一人の少女が小型の本を持って駆けてくる。

 金髪でそこそこ可愛いツインテールなメイドの少女だ。一つ特徴があるとすれば、そのメイド服のスカートが短い。

 アナに渡したのも太股が見えるくらいで短いなと思っていたが、此方はヤバい短さだ。気を付けていないと下着が見えてしまうレベル。

 いや、それ働きにくくないか?可哀想になと思わず目を背けたくなるレベルだ。

 多少短いスカートの方が可愛いのはアナも認める話で、彼女もこっちの方が動きやすくて可愛いですとロングのスカートもあるのにわざと膝上まである白いソックスにギリギリかからず少し腿が見えるくらいのミニスカートを選んでいるが、この短さは流石に可愛さとかそういうのじゃないだろう。

 ひょっとして見栄で豪邸に住んでいるが人前にあまり出ない見習いメイドのメイド服の材料費をケチらないといけないくらいに財政がヤバいのだろうか。

 

 そんな事を思いつつ、呼吸を整えている間に幼い金髪メイド少女からユーゴはその本(間違いなく魔法書)を受け取り、その頭を撫でていた。

 ふにゃっと歪む少女の顔。頬に朱も指していて……

 

 いやどうでも良いが、早く始めようじゃないか。ヴィルジニーが不安そうに此方を見ているのだから。

 その決意に、割とボロクソ言ってるおれに頼ってでも望まない婚約をしたくないその思いに、後は応えるだけだ。


 「……武器はそれで良いのか?」

 あえておれは聞く。先手必勝、その為に。

 「はっ!他に要るのかよ」

 「……なら、始めようか!」

 「はっ!忌み子が!存在の違いを見せてやるよ!」

 その言葉と共に、おれは駆け出した。

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