暗闇、或いは厄介な奴
「悪い、助かったエッケハルト」
止めていたのはおれを入れないようにではなく、あくまでも向こうの意図らしい。
好みは判らないので無難だろう牛の肉と野菜の串焼きを取りつつ、おれは改めて友人に礼を言う。
余談だが、七天教相手には基本的に林檎と牛のメニューを用意しておけば間違いない。道化の象徴とも言われるのが黄金の果実ことリンゴ。
この世界では皮が金に近い黄色をしたヒヒリンゴが貴族間では一般的であり、赤いものは非リンゴとして1割以下の価値になるがまあそれは今は無関係。
こんな豪華な場で赤いリンゴなんて出たら貴族間で馬鹿にされる。公爵家がやれば一週間は何処へ行ってもその話題が出るだろう。味はあんまり変わらないんだけどな、あれ。
また、牛だが……牛帝という七大天が居るので神聖な生き物として食べることが禁止されているかと思いきや、天が我々に下さった神聖な食べ物だとして逆に積極的に食べられている。宴では位によって食べて良い肉の部位が決まっているとかいないとか。高級部位より赤身をガッツリ食べたいときとかどうするんだろうそれ。
因にだが、人権の無い獣人や奴隷が牛を食べると聖教国では罰せられる。いや別に良いだろと言いたいが、宗教とはそんなものなのだろう。
帝国?帝国皇子が人権のない孤児に向けてアナに牛を使った料理をさせてる時点でどうということはない。
庭園会の開かれている中庭はかなり豪勢だ。
噴水もあれば花壇もある。花壇に植えられているのはイデアの花だろう。真の姿、という意味ともされるその淡く白い花は万病に効く薬の材料とも言われる珍種だ。
では高いのかというと……魔法に弱いという致命的な欠点があるため魔法に頼らず手作業で育てなければならず、その上で夜空に輝く晶星の光をたっぷりと浴びる必要があるが故に屋内で育てることも出来ない。
寒さ暑さにも決して強くはなく、強い風で葉が落ちてしまえば花は咲かないし枯れる。その癖土から栄養をバカみたいに吸い上げて育つ。
そして何より、イデアの花を育てる上で問題なのは……万能の治癒の力ならばこんな面倒な花を育成して薬を作るより魔法である七天の息吹で良くない?と言われたら、使える者が居なくても大丈夫だから……くらいしか反論が効かない。
薬は液状であり、死にかけの怪我でなければ何度かに分けて使えるから1冊1回固定の七天の息吹とは違う……と言いたいが、保存は利くものの空気に触れると劣化が早いのでちびちび使う事が出来るとは言い難い。最初に開けてから保存できるのは精々1週間(8日)が限度だろう。しかも、一度作った薬は冷暗所に安置しておく必要がある。
そんなもの使うなら魔法で良い、しかも確かに美しい白い花を咲かせるが、特別美しいとまでは言えない。結果、イデアの花は万能の霊薬の素材の割には人気はあまり無いのだ。
「珍しいもの育ててるな、イデアの花とは」
「スゲーよな」
ひょい、とまた肉の串を食みつつ、辺境伯という伯爵と侯爵の間みたいな地位故か居た友人は興味無さげに言った。
文化より食い気、そして……
「ヴィルジニーちゃんが来てるとかマジなんだなー」
食い気より色気か。
「……悪い、気が利かなくて……ってか、これで大丈夫だよな?」
流石に毒などはないだろう。此処で毒入りが混じっていれば逆に凄い。
故に毒見もせず、皿に取ったものをグラデーションの少女へ差し出す。
結局取ってきたのはリンゴのジュースと、リンゴのソースで味つけられた大振りの肉串。エッケハルトが食べているのとはソース違いのもの。
「飲み物とソースの味を同じにするなんて、バカの一つ覚え。なってないわね」
「残念ながらおれはそういうの自分で選んでくる機会があんまりなくて、才能無いんだ、許してくれ」
「それに、皿が一つなのも減点ね。
一つの皿からなんて、恋人気取り?」
嫌味っぽく言ってくる少女に皿を渡し、おれはいや?と返す
「おれは食べないからさ。
こういう庭園会、おれが忌み子だからって色々と面倒なんだよ。時折おれ狙いで毒まで入るし」
「何よそれ。というか、アナタ、わたくしの恋人気取りで婚約を潰しに来たというのを忘れたの?いえ恋人気取りじゃないのは身のほどを弁えていて良いとは思いますけど」
「おれに恋人気取りが出来るとでも?
1年ちょい前かな。呼ばれた庭園会でおれ狙いで毒入れられててさ。
横で食ったレオンが死にかけたって事件もあったんで、それを機におれは絶対に手を付けない事にしたんだよ」
「バカみたい」
「馬鹿で結構。お陰でそれ以降おれの取りそうなものに毒をふりかける輩とか、おれに持ってくる皿に毒を仕込む料理人とか居なくなったんで、効果はあるんだよ」
「一回じゃないの!?」
愕然とした表情のヴィルジニーに、おれはん?と首を傾げる。
「いや、寧ろ何時毒を仕込まれてるか分からないって普通じゃないか?
師匠が修行中にくれる飯にすら見分けをつけろと毒入りが混じってたりするしな。嫌がらせで毒を仕込んだりするのは普通じゃないのか?」
「ば、蛮族……」
「全く、そこらの毒が今更皇族に効くかよ。いや、アイリスは体が弱いから効くな……」
「なあゼノ」
「何だエッケハルト」
「気が滅入るわ!美味しく食べさせろ!」
「それもそうだな、悪い」
そうやって話を打ち切り、周囲の人間を観察する。
……ん?
変な違和感を感じ、もう一度見回す。
やはりだ。明らかな可笑しさがある。
「エッケハルト、ユーゴ公爵令息は何処だ?」
「いやー、招待状は彼の名前で来てたけど、今日は見てないなー」
「クロエは着替えに行きましたわ」
と、グラデーションの少女が補足してくれる。
「まあクロエ嬢はこの際主役じゃないから別に良いんだが……」
一息ついて、周囲をわざとらしく見回す。
「そもそもユーゴとヴィルジニーの婚約を発表しようってのがこの庭園会なんだろう?」
「お父様からそう手紙が届きましたわ」
「なら何で主役が居ないんだ?」
「……それもそうですわね」
「何かあるな……」
そんな風に思いつつ、今回手を付けたらまた忌み子だから良いと思ったと毒が入れられたりするだろうから食べ物は諦めて。
待つこと暫く、不意に周囲が暗くなる。
陽射しが差し込むように作られている広い中庭。急に暗くなるのは魔法の証。
「ヴィルジニー」
「きゃっ!」
とりあえずの礼服。彼女に言われたように、手袋はしっかりとしてある。
そんな手袋つきの手で少女の手を握り、何事かに備え……
バッ!と、周囲が照らされる。
「貴様ァ!」
「っ!」
同時、空を裂く音。
暗闇の中、突然の光による目眩ましへの対策兼音への集中の為に閉じていた目を見開く。
飛んでくるのは、先の細い長槍。
それは少女……ではなく、何者かが拐う可能性を考えてその手を握っていたおれを狙い、かなりの速度で飛来する!
ってオイ!下手したら他の人間に突き刺さるぞ迷惑を考えろ!
「馬鹿がっ!」
避けるだけならば簡単。いっそ少女の手をひょいと此方に引けば少女を盾にも出来る。
やってみた場合下手人は何と返すのだろう。
だが、そんなことやってどうする。避けても少女を盾にしても被害は広がる。やるべきことは……
おれ狙いの槍で誰も傷付けさせないこと!
ならば、そこ!
「っらぁっ!」
一歩離れていたエッケハルトの方へ目配せ。
目をしばたかせていたが、既に手に串はなく空いていたので行けると判断し、少女の手を軽く引く。
あっさり腕の中に収まる小さくはないが軽い体。その足に手を回して抱え、一歩横へ。
「任せた、エッケハルト」
そのまま軽い体を、腕を強張らせた友人の腕に置いて、飛びすさって距離を取る。
下がる方向は槍の飛んでくる方向。これだけで避けられたと言えるが、誰かに刺さりかねないので……
「おらぁっ!」
そのまま上へ跳躍。皇子としての全力で地を蹴り、大の大人の頭をまだ掠めない位の高さを通過する槍を、横から蹴り飛ばす!いや、その木の柄を蹴り砕く!
同時、槍に刻まれた魔法文字が煌めき……
「ぐがぅっ!」
雷撃が炸裂し、おれの体を叩いた。
魔法耐性はない、それがおれだ。炸裂する雷撃が見事に直撃し、吹き飛ばされる。
そしてそのまままだまだ料理の残るテーブルに突っ込み、料理を生ゴミに変えながら柔らかな草の床を無様に転がり、飛び起き……れず、痺れた足を使わないように無理矢理腕で弾みを付けて身を起こす。
「爆裂槍とは、随分なご挨拶だ」
槍の軌道の元、2階建ての館の屋根を見上げる。
其処に居るのは一人の少年。
「第七皇子。我が未来の嫁の一人に触れた罪だ」
……あ、これ話通じない系だ。