庭園会、或いは足踏み
「……どうしてこうなった」
玄関先で口論してたのが本当に無駄極まったな、と苦笑する。
今すぐと言われ、制服の無いおれは取るものもとりあえず、最低限公爵の家に向かうのに失礼でない服に着替えて即座にヴィルジニーを呼んだという庭園会へと来ていた。
普通であれば何か喧嘩を吹っ掛けるに近い事であるが故に武器を仕込んだりする所なのだが、今回は無し。そんな余裕はなく、武器は置いてきた。
「わたくしのせいだとでも?」
「昨日にでも言ってくれてればまた話は違った」
「そんな事言われても、今日聞いたのにどうしろというのよ?」
「それもそうだ」
そもそも、そんなシュヴァリエ公爵家による婚約のごり押しが明らかに可笑しいからこそ、おれはこうして普通に考えておれがやることじゃない婚約を潰すような行動に乗ったのだから。
親同士による婚約の話だって割とあることはある。というか、おれとニコレットだって、父が決めた婚約だ。
だからおれはニコレットがどうしようが良いと思っているし、結婚する気もない。そりゃそうだ。おれと結婚して、あの子が幸せになれる訳もないのだから。
それと同じだ。ニコレットに好きな人を見付けたから婚約を破棄してと言われたら破棄するように、婚約したくないと言われたから、少女の潰すために動く。
まるで悪役になったような行動に、くすりとおれは笑う。乙女ゲーのヒーローというには何かズレているが、これもまた攻略対象っぽいかもしれないな、と。
まあ、ヴィルジニーもおれも原作に居るけれど、別に縁とか無いんだけどな。
原作ゲームでは絆支援と呼ばれるシステムがあり、特定キャラ同士はそのシステムを通して仲良くなれる。その支援を進めれば一部支援はカップリングにもなり、ヒロイン候補やヒーロー候補もそれは同じこと。
なのであのゲーム、カップリング候補は元々多い……と、ゲームを貸してくれていた近所のお姉さんは語っていたのだが……
逆に言えば、ゲームのメインとなるシナリオは主人公中心であり、それ以外は任意で進める○○と△△の絆支援くらいで語られるのみ。そして、おれこと第七皇子ゼノとストロベリーブロンド(グラデーション)の少女ヴィルジニーの間に絆支援は無い。故に、原作で接点らしい接点はないのだ。
だから、おれをヒーローと言って良いのかは疑問符しかつかないが。
というか、おれの原作での絆支援相手に恋愛云々の話がない。絆支援相手そのものが全キャラの中でも少なく、女の子はそのうち半分ほどの3人。
原作シナリオで勝手に進むから自分では進められないアナザー聖女、妹のアイリス、そしておれが原作通りならそのうち行く事になる兵役先で出会う龍の少女ティアだ。
何と仮にも婚約者のニコレット相手すら絆支援が無い。マジで関係性冷えてるな原作のおれ達。
閑話休題。
兎に角、原作では縁がないが、だから?って話だな。
そんな言葉を交わしつつ無駄に豪奢なシュヴァリエ公爵邸の庭への扉を潜ろうとして……
「お待ちください」
おれ一人、扉の左右に控えた騎士に止められる。
いや、騎士ではないな。この国における騎士とは爵位を持ち、帝国騎士団に所属する貴族の事を指す。まあ、元々爵位が無くて尚且つ団長等の位もない一般的な騎士は男爵より下の騎士という地位だが、仮にも全員貴族なのだ。
そんな貴族が、ついでに言えば国家公務員とも言える騎士団所属の人間が、こんなところで私兵の真似事をしている事は有り得ない。
よって騎士ではなく私兵が正しいだろう。
「……何か?」
「招待の無い者を通すわけにはいきませんな」
淡々とフルフェイスの男は告げる。
そして持っていた槍をクロスし、扉を塞ぐ。
とはいえ、此方もじゃあ帰ると言うわけにもいかない。一度約束したのだ、違えてはならない。
それに、おれだって恋愛とか憧れる。好きな人と結婚だって、夢見る心は無くもない。
おれにはそんなの不可能で、忌み子の血をおれで絶やすべきと知っていても。いや、知っているからこそ。おれに関わった人々は幸せで夢ある結婚をして欲しい。
だから、止まるわけにはいかない。
その決意を込めて、おれは兜の男を見上げる。
「通れないのか?」
「通すわけにはいきませんな」
「おれの顔を見忘れたか?」
「皇子だろうが皇帝だろうが通すなと言われております」
揺るぎ無く返される言葉。
にしても、皇帝の来訪を拒否るような発言してる辺り凄いな。何かやらかしてる感が半端じゃない。普通、皇帝が来たら予定とか丸投げして歓迎しないか?
いや、権力を笠に着た誉められた行動じゃないものではあるのは分かるけどさ。
「おれはヴィルジニーの付き添いなんだが?」
「あの方の付き添いは許可しておりません」
「……有り得なくないか?」
「ユーゴ様のお言葉なので」
フルフェイスの私兵の言葉は揺るぎ無く。
「お前らも大変だな」
「……ええ。ですが、通すわけにはいきません」
「だろうな」
言って、悩む。
にしてもユーゴ、か。真性異言だと父は言っていて、それはおれは確認していないこと。
とはいえ、父が買っていった奴隷がユーゴ関係で何かあったらしい事は聞いたし、多少の警戒は必要だろう。
そして、今回もユーゴか。
真性異言としてまともに交流できれば良いのだが、ピンクのリリーナしかり、割と自分を物語の主役だと思ってそうな奴等って居るんだよな。
そう、あのリリーナには何も言っていない。アルヴィナを突き飛ばしておいて謝罪一つ無い彼女は、下手に此方の事を明かしてもろくなことにならないだろうから。
そんな感じで、転生したのだからこの世界の主役は自分だと思い込んでいる転生者は話を聞かない可能性がある。よって、此方も下手に話さず様子を見るのだ。
ユーゴ・シュヴァリエについては何もかもわからない。まだ、何も見えてこない。
ただ、少しだけ不安はあって。
「皇族だからと押し通られたというのはどうなんだ?」
「そんなことすれば路頭に迷う。通すわけにも」
「それは困るな。押し通るのはなしか」
って、怖いこと言うなこの私兵達。
目上の人間に押し通られてクビとかシャレにならないと思うんだが。
少なくとも、おれはやらない。目上の人間に逆らえないのは普通だろう。
「全く、わたくしの連れだというのが聞こえませんの?」
「ヴィルジニー様は一人で通すようにと。
あの方は嫉妬深いので」
扉をくぐったヴィルジニーの言葉にも反応しない二人。
全く、と肩をすくめてみせる。
だが、一つ良いことを聞いた。嫉妬深いならば、ヴィルジニーの策は通るだろう。おれを引き合いに出されたら、突っ掛かってくるに違いない。
そんな風に悩んでいると、ふと声を掛けられた。
「ん?ゼノじゃないか、どうして此処に」
「……エッケハルト!」
そう。エッケハルト・アルトマン辺境伯子である。
おれと同じ真性異言たる辺境伯の息子。辺境伯と親の地位が割と高く、話が通じるおれの友人。そんな彼が、大振りな肉の串を手に持って、ひょいっと顔を覗かせていた。
「誰ですか」
「おれの友人の辺境伯子」
「ってヴィルジニーちゃんじゃん!?どうしたんだよゼノ!」
「一つ下の所に留学してきた」
「マジかよ!おれも一つ下だったらなぁ……」
「お前、アナはどうした。あと何だかんだ仲良いっぽいアレットは」
「いやだって可愛いじゃん、別腹よ!」
「全く……」
変わってない友人に苦笑して、おれは呟く。
「で、エッケハルト。おれはお前に同行してたで良いか?」
「ん?それで入れるなら良いけど?
ってか、皇族なら普通に入れないのかよ」
「アルトマン様の付き添いならば」
向こうも疲れたのだろう。
ひょいと槍によるバリケードを解き、おれを通す。
めんどくさい話がありつつも、おれは庭園会を催す庭に踏み込んで……
「無駄に豪華だな」
そう呟くしか無かった。
「で、何が起きるの?」
肉の串を片付け、新しいものを取ってきて、焔の公子たる友人が問い掛けに来る。
「ヴィルジニーとシュヴァリエの婚約発表?」
「マジかよ」
「……わたくしは認めてませんわ」
「よし、ユーゴは敵だな!ヴィルジニーちゃんと婚約しようとか」
「お前に言われても困るだろエッケハルト」
そんな会話を交わしつつ、下手に手を伸ばしたくはないのでざっと料理は見るだけ見て、おれは周囲を警戒する。
「……女の子の為に取ってくるくらいやりませんの?
気の利かない駄目皇子?」
「いや、好きなもの判らないしおれ」




