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婚約、或いは少女の依頼

「……第七皇子」

 「何か?」

 何時ものような眼で見てくるヴィルジニーに、何時ものように返す。

 

 「アナタはこの帝国の皇族、そうよね?」

 「流石にそれを疑われるとは思っていなかったんだが」

 「ならば、このわたくしを招いた側の存在として、わたくしをもてなす必然性がある、そうよね?」

 「歓待ならばうちの七天教が幾らでもやってくれてたと思うけど」

 「そうじゃないわ。アナタには皇子として付き合う義務がある、違うかしら?」

 「多分違うと思う」

 そんなおれの言葉にイラッとしたのか、オリハルコングラデーションの少女はその長い髪を自分の指に巻き付ける。

 

 「忌み子の癖に」

 「ただ、おれの力が必要だというならば、何処にだって付き合うよ。

 客人は国民と同じくらい大切なものだから」

 「このわたくしが、平民と同程度のどうでも良いゴミだと?」

 「いや、寧ろ貴族達は七大天の加護も強いし、金だってある。

 平民こそ護るべきだと思うから、そこに怒られても困る」

 「そういう意味ではないの!」

 「そうです!」

 すっかり腰巾着と化したのか、シュヴァリエ公の娘が同調しておれを責める。

 

 「わたくしは枢機卿の娘で、特別な存在なの。一山幾らではなく」

 「平民だろうが何だろうが、おれが護るべき国民だ。あまり馬鹿にしないで欲しい。

 それは兎も角」

 このままではらちが明かない。そんなこと何時もの口論から分かっているから、おれは話をリセットする。

 

 「おれが天の魔名を唱えたことへの文句じゃないだろう?

 何のためにアナを怖がらせて此処まで来たのか、おれに教えて欲しい」

 そんなおれの軌道修正に、全く分からず屋ねとばかりに肩を竦め、少女は語り始める。

 

 「他に候補が居ないのよ。正直嫌だけど、アナタしかまともな家格の者が居ないものね、今年」

 「……?」

 「このわたくしとシュヴァリエ公爵の息子の婚約の話があるのは知っているでしょう?」

 「いや、全く」

 ずでん、とヒールの靴を滑らせ、少女の体が傾く。


 「……大丈夫か?」

 その手を掴んで床に倒れないように踏み込んで支え、おれはそう問い掛けた。

 

 「汚らわしい手であまり触れないで」

 「そうだそうだー!」

 「……床と手を合わせた方が良かったか」

 「ふざけないでくださる?

 ……床の方が血が穢れてない分マシだったかもしれないわね」

 「離すぞこの手」

 全く、忌み子が穢れてるのは確かかもしれないが、父も母も関係ない。血は穢れてないだろうに。


 「……でも、助けようとしたのだけは評価するわ」

 子供っぽくないヒールを今度は滑らないように立て、少女は立ち上がるとおれの手を払った。

 

 「……少なくとも、此処で手を差し出す事は出来るだけマシね。今度からは手袋を付けなさい」

 「いや間に合わないんだが」

 「何時も身に付けていれば良いでしょう!?」

 「そんなことしたらアイリスが不機嫌になって手袋がボロボロになるまで噛む」

 「ふざけた兄妹ね」

 はぁ、と息を吐きつつ、今度は少女の側から話を戻す。

 

 「全く、このわたくしの事を何で知らないのよ。

 教室で話題にもなっていたでしょう!?」

 愕然と目を見開き、少女は言う。

 「いや、おれ割と浮いてるし、そもそも初等部の学生じゃないからあまり干渉する気もないからな」

 「……まあ良いわ。アナタに期待するだけ無駄だものね。

 でもそんなアナタ以下しか居ないあの教室にも困ったものだわ」

 「……いや、1vs3でたまにおれに勝てる辺り、そこまで悪くないとは思うが?」

 「血の話よ。

 穢れてる皇族ですらまだマシに見えるわ」

 

 「それで、おれに何をして欲しい?」

 話を戻すように問い掛ける。

 「クロエは嫌いじゃないけど、正直シュヴァリエ公爵家との血の縁なんて御免よ。

 でも、変なことにとんとん拍子に話が進んでいっているの。このわたくし自身に許可もなく」

 「はあ」

 で?とおれは首を傾げる。

 それで、おれに何をして欲しいのだろう。

 

 一応、あそこの家の奴と婚約の話が進んでるって事は何とか理解できたんだが……

 

 その答えは、すぐに出た。

 「気がついた時にはもう遅かったの。今日が挨拶の日だって、馬鹿げてるわね。

 初等部に入ってすらいない公爵の息子ごときが、わたくしに釣り合う筈もない」

 「……まあ、そうかもしれないな」

 そこは素直に頷く。


 実際、眼前の彼女は特別な存在なのは間違いない。半ば冗談で民と同じと言っていたが、彼女は聖教国の実質トップの枢機卿の娘であり国賓。傷つけば国際問題だ。実際には国民を国家間のいざこざから護るためにも最優先で護る相手になる。


 正直な話、おれか彼女かどちらか一人しか生かせない選択が出たら父でも彼女を選ぶだろう。おれのところがアイリスだったとしても、恐らく。

 そんな彼女と、一介の公爵家の嫡子、とんとん拍子に婚約の話が進むのは妙だ。

 

 「確かに妙だ」

 「お兄ちゃんは凄いの」

 クロエ嬢はそう言うが、そういう話ではない。

 「いや、これは家の格の問題だから個人は無関係だよ、クロエ嬢。

 帝国公爵と枢機卿。家の格としては、当たり前だが枢機卿が上。象徴である教皇を除けば聖教国の頂点とも言える枢機卿は、この国で言えば皇族……と言ってもあながち間違いじゃない。

 それに対し、公爵は……確かに釣り合いが取れない格ではないけれども、シュヴァリエ家は交流も無いし、多少は格下だ」


 そう。例えばだがエッケハルトの家であるアルトマン辺境伯家に話が来たのならばまだ分かる。あの家の治める土地は聖教国に近く、国としての交流も衝突も繰り返してきたから。

 だが、シュヴァリエ公爵家の土地は聖教国とは真逆だ。おれが兵役で飛ばされる人類がそうそう踏み込めない樹海方向に近い。

 そんな場所の貴族との婚約が進むのは可笑しいだろう。

 

 「ぶー!」

 「事実だろう。

 家格としては下とはいえ公爵家、ヴィルジニー嬢から婚約を申し出れば問題なしと決まる範囲ではあるものの……」

 「わたくしが見ず知らずの公爵家の男に婚約を申し出るとでも?」

 「だから、可笑しいんだな」

 「ええ、でも公爵家は公爵家。

 どれだけ可笑しいと思っても、ある程度固まった話はそうそう覆せない」

 だから、と此方の目を見て、少女は続ける。

 

 「ええ。わたくしの眼鏡に適う公爵家かせめて侯爵家の男がいれば良かったものの、居たのはガリ勉侯爵の三男坊くらい。興醒めも良いところ」

 いや、仕方ないと思う。

 今年は割と男子生徒が不作だ。ゲーム的に言えば、主人公は一つ上の学年になるので、入学時から始まるゲームの関係上、あまり攻略対象となるキャラに年下が入れられないからだろうか。今年は妙に優秀な人間が少ないし、高位貴族の子息も少ない。

 確かに、ヴィルジニーから見て良い相手は居ないだろう。

 一つ下にはおれの下の皇子が居たりするんだが、それとも面識無いしな。

 

 「だから婚約を壊せるのはアナタしか居ないの。

 お分かりかしら?」

 「……よーく分かった」

 つまり、婚約を潰すにはシュヴァリエの子息との婚約なんて○○が居るから無理と言える相手が必要で、その候補はおれしか居ないと。

 

 「仮にも婚約者居るんだが、おれ」

 「ええ。皇族の癖に商人娘と婚約したみすぼらしい皇子、アナタの兄の使者から聞いてるわ。

 で?問題あるのかしら」

 「いや、婚約を潰すのに、婚約者が居る相手を持ち出すって可笑しくないか?」

 「何処が?わたくしがアナタなんかを好きになる筈ないでしょう?芝居でもそんなこと口にするのは嫌よ、口が穢れる」

 「……ならどうするんだよ」

 「アナタの方がまだマシと言うのよ。


 せめてアナタを越えてからほざいて、と最低ラインにするの」

 「……それ、おれに向けて喧嘩売らせてないか?」

 「ええ、悪い?」

 「わざと負けてやろうか?」

 そんな気もないが、少しだけ聞いてみる。

 

 「ええ、ご自由に。

 アナタ、地位とか危ないんでしょう?負けるようなら皇族に要らないと言われて、どうなるのかしら」

 はあ、と諦めたように息を吐く。

 

 「良く分かってるじゃないか。手を抜くなんて出来ないって」

 「別に、負けても良いわよ」

 「良いよ、勝つ。

 それに……君が珍しく助けてって言ったんだ。好きな人はまだ居ないけど、何時か好きになった人と結ばれるために、自由で居たいと」

 「勝手に盛らないでくれる?」

 不機嫌そうに、オリハルコンの少女は呟く。


 けれども、珍しくその顔は怒っていなくて。

 だからおれも覚悟を決める。まーたニコレットには婚約者の自覚すらない駄目皇子とキレられるな、と思いつつ。

 

 「で、何時から?」

 「今から向かうのよ」

 「急だなオイ!?」

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