神の名、或いはボロ
そうして、今日も今日とて授業を終えて、おれはアルヴィナと共に昇降機でもって上の階にある寮へと向かう。
「……?」
着いたところで、アルヴィナが首を傾げる。
いや、おれ自身も少しなんでさと言いたくなったのだが……
寮の扉の前に、三人の人物が居た。
一人は困ったなという表情のアナ、一人は仁王立ちする留学生の少女ヴィルジニー、そして最後は……えっと誰だっけ。
脳内アルバムを捲り、学生服に身を包んだ茶髪の少女について記憶を漁る。
確か普通に教室に居たはずだからアルヴィナ達の同級生なのは確か。主人公がおれと同い年な以上年下になるため原作でメインキャラでは無いなと思ってスルーしていたのであまり覚えていないのだが……
ああ、思い出した、シュヴァリエんところだ。
「あ、皇子さま!」
「どうかしたのか、アナ?」
良かった!ととてとてと走り寄ってくる白いエプロンを身につけてメイドモードの幼馴染を背中に庇うようにしながら、おれはそう問い掛ける。
「えっと、ヴィルジニーさん?が急に来て……」
「無礼な」
「え?そうなんですか?ごめんなさい、わたしはちょっと貴族関係には疎くて……」
申し訳なさそうに頭を下げるアナ。
それを受け、愕然とした表情になるグラデーションの少女。
「わ、わたくしを知らないと……?」
「単なるクラスメイト」
「アルヴィナ、火に油を注がないでくれ」
といっても、アルヴィナが彼女に興味を示していない事は良く知っている。
悪い、と言いつつ、仕方ないのでおれが説明することにする。
「アナ、彼女はヴィルジニー。聖教国の枢機卿の娘だ。
そしてその横が……えっとユーゴは兄の方だから……」
「クーローエー!」
「ああ、そうだった。
横の茶髪の彼女はクロエ。クロエ・シュヴァリエ。公爵家の御令嬢だ」
「そ、そんな人だったなんて!すみません、わたし、色々知らなくて!」
ごめんなさいごめんなさいと頭を下げる銀髪の少女。
「……どうしてそんなのが居るのかしら」
「妹の使用人だ。
寧ろ、挨拶も無い使用人にまで、周知を要求するのは可笑しくはないだろうか」
「ふざけないで!わたくしのこのオリハルコングラデーションを見ても分からないなんて!」
ぷりぷりと頬を膨らませ怒る少女。ストロベリーブロンドのグラデーションが激しく揺れる。
「いや、おれみたいな皇子ならば知ってるかもしれないけど、アナは平民だ。
聖教国についてなんて、殆ど知らなくても不思議はないよ」
「非才ですわね。高貴なわたくしを通わせる学舎に相応しくない」
「それは違う」
「違いませんわ」
「違う。彼女はおれの管理する孤児院の出だ」
「だから?」
「教えてなかったおれが悪い。当時は遇う事になるとは思ってなくて、教える必要性を感じなかった」
「ええ、そうなの」
少しだけバカにしたような目で此方を見るオリハルコングラデーションの少女。
「まあ良いわ。用事があるのはアナタだもの」
「おれに?」
「……ボク、部屋に帰って良い?」
空気をなごませるためか、もしくは単純に面倒なのか。アルヴィナがおれの背後から出て、今までの空気を無視してそう呟く。
「好きにすれば?」
「なら、好きにする」
それだけ言って、今日も帽子の友人は、ごめんなさい迷惑かけて、と落ち込んだ様子のアナを連れて少女等の横を抜け。
……ぞくり、とおれの背筋に冷たいものが流れる。
少しの害意。おれに向けられたものではない、冷たい気配。アルヴィナがそんな様に怒るのは珍しい。だが、それだけアナと仲良くなれたならそれは良いことで。
改めて一人になり、おれに用があるらしい留学生の少女に向き直る。
「シュヴァリエから聞いたわ。
アナタ、あの方々の名を語ったそうね」
「あの方々?」
誰の事か分からず、首を傾げる。
「しらばっくれないで。この世界の7つ神、七大天の事よ。それくらい分かるでしょう!?」
「いや、それは分かるんだが……
彼等の魔名をみだりに唱えるべきではない。それは分かるとして、何故怒られるのかが……」
さっぱり、とおれは肩を竦める。
「可笑しいわよ!
あの方々の名は神聖なもの!忌み子が唱えて良いものではないわ」
ああ、そういう、と納得する。
聖教国は文字通り教国、七大天を信奉する七天教が力を持つ国である。それ故に、七大天の魔名に関しても何らかの拘りがあるのかもしれない。
「……それは天が決めることでは?」
「わたくしは枢機卿の娘なの。
わたくしの言葉は天の代理」
「……一応、理屈としては教皇が天の言葉を受け、その言葉を受けて地上での行動を指揮するのが枢機卿という話だったような……」
「教皇なんて飾りよ!一番偉いのはお父様であり」
と、怒りを露にするヴィルジニー。
「……だから、君はおれより偉いかは微妙な所だとは思うんだけど」
そんな疑問を思いながらも、おれは毎回のように突っかかってくる少女を相手する。
「忌み子なんて、国ではわたくしに触れたら処刑ものよ」
「それでも皇子だ。この国では違う」
「ああ言えばこう言う……」
「ジニーさま!話が逸れてます」
「油断も隙もありませんわね忌み子皇子!
とにかく、どの方の名を口になどしたのです」
……質問の意図が良く分からない。
「全部」
「全部!?」
……驚かれた。
そんなに変なことだろうか。
「あ、有り得ないわ……わたくしですら、全ての魔名を唱えることは許されていないのに……」
そうして、変な目で見られる。
「何で死んでないの」
「……いや、魔名をみだりに唱えたところで死なないからな!?」
天罰は下るが。
「……何で、忌み子なんかが……」
拳を握り締め、わなわなと震わせるちょっと豪奢なティアラの少女。
「……唱えること自体は誰にでも出来ないか?」
「出来ないわよ!」
……え?
予想外の言葉に、首を傾げる。
「いや、天の魔名は特に問題なく唱えられる筈じゃ」
「……言ってみなさいよ、アナタは忌み子、何の奇跡もない者。
そんなのが、唱えられる筈もない」
「……ティアミシュタル=アラスティル」
挑発なのか分からない言葉に乗り、とりあえずで選ぶのは龍姫の名。
理由は簡単。ゼノと縁深いのは龍姫だから。ゼノが攻略対象となるもう一人の聖女編とは、龍姫に選ばれた少女編だ。
故にか知らないが、魔名を意味もなく唱えたときの天罰ダメージは、龍姫が断トツで低い。次いで王狼。
「……どうして、唱えられるの」
「いや、普通じゃないのか」
「……は?」
心底変な奴を見る目をされた。
「……有り得ませんわ。
そもそも魔名は、みだりに唱えるどころか聞き取れないもの」
「……本気で?」
「わたくしですら、女神と道化の名しか理解できぬというのに、何故アナタなんかが……」
「忌み子の癖に……」
恨みがましい目で見つめられ、おれは……
やらかしたかなぁ、と思っていた。
おれ自身、最初から聞き取れたしゲームでもそのような話は出てきては居なかった。みだりに唱えるものではないということでゲームでは魔名というものがある、くらいしか魔名関係の設定は出てこなかったし、魔名自体後々に出た分厚いパーフェクトガイドブックに載る予定らしかったが手を出せる金もない。
故に、日本人の記憶でも魔名についてはあまり知識がなかった。
「皇子だからな、仮にも」
全ての名を呼べることは、そもそもが特別。そう、マチアス先生も教員なんてやれるからかなり優秀で、全て呼べてはいたからその事に気が付かなかった。
そんなこと知らず、天罰覚悟なら呼べるものだと、やらかした。
今思えばそうだろう。おれの言葉はしっかり聞いていたろうアルヴィナですら、全く言えてなかった。あれは恐らく、聞き逃していたというより、聞き取ることを許されなかったのだろう。
そこから、何か繋がるかもしれない。おれが真性異言であるという事に。
父は見抜き、でも息子だと言ってくれた。
だが、他の人間はどう思うだろう。分からない。
だからこそ、あまり公にするわけにはいかない。
だから、誤魔化そうとして……
「そう、かもしれないわね」
案外あっさりと少女は納得した。
「でも、アナタなんかが呼べるなんて納得は出来ないわ。
というか、このわたくしはあの聖教国からの客人ですのに、蔑ろにしすぎではありませんの!?」
「……嫌われているようなので」
「煩い!」
そして、何時しか何時ものやり取りに回帰する。何時ものように突っ掛かってくる少女。
どうするかなぁ、と、おれは天井を見上げた。




