依頼、或いは異端の教員
「で、行けと!?いーやーだーっ!」
ダン!と机を叩いて騒ぐ悪友に、おれは苦笑を返した。
「授業始まるぞエッケハルト。というかもう先生来てるだろ」
「そんっなふっざけた言葉でこの先の未来を決められてたまるかってんだよこのアホ!明らかにそれ行ったら俺そのまんまヴィルジニーちゃんと結婚とか婚約とかさせられて漸く帰れるかどうかだろ!」
「嫌か?」
「黙れ小僧!前世から同人誌描いてたレベルの一途舐めんなよ頭ゼノが」
「……嫌か?」
首を傾げるおれに、スパーンと一撃が響いた。
……まあ、本気で殺しに来てないので痛くはない、ハリセン代わりだな。
「お前だって!嫌だろあの銀色の毒龍とかユーゴとかいうカスと結婚しろと言われたら!」
「……互いに罰を受けに行くだけだろう?別に良いが。
いや、竜胆は願い下げだわ!って向こうが抵抗するか」
「聞いてねぇよアホ!ってかヴィルジニーちゃんをあいつらと一緒にすんなボケ!」
それを聞いて、おれは安堵したようにこめかみに叩きつけられた斧の刃越しに苦笑を返した。
「何だ、ヴィルジニーの事を心配に思ってるじゃないか。じゃあ行ってくれ、お前にしか出来ないんだ救世主エッケハルト」
「だからクソみてぇな方向にだけ弁論得意になんなお前は!」
「あ、後だがシュリについては一緒にしてやってくれ」
「無理だわ!お前自分に好意的だからってアレ何だと思ってんの?
ってか!そもそも竪神頼勇の原作だと名前も出てない師匠を復活させて操ってんのソイツだろ!」
叫ぶ友人に、おれは教室の前を指さした。
「ちなみに、もう来てるぞメリッサ先生」
「……ぐえっ」
「はいそこ、初回から自己紹介前に大騒ぎとは良い度胸だ、好きだよそういうの。
じゃ、2人とも補習で」
「うぎゃぁおあっ!?放課後の予定がぁぁぁっ!?」
叫ぶ友人を他所に、おれは教室を見回した。
大体生徒は40人ほど。少なくはないが、多くもないくらい。やや椅子に空席が目立つくらいだ。
ちなみに、横の教室はノア先生の歴史授業(2年目)で……席が足りてない、圧倒的な人気差が見て取れる。
といっても、この講義内容では仕方がないだろう。ノア姫のは伝説の聖女の時代にも味方してくれたエルフ種が当時を知る祖父の言葉などを元に語る帝国史観とは別視点の世界史だが、メリッサ先生の授業ははなっから七大天の加護という世界の大前提をまず忘れての自力救済についてのもの。伝説が語る歴史と異端の語る実用、どちらが人気とか言うまでもないだろう。
まあ、ちなみに……
「こういうの、アナちゃん受けると思ったのに」
「受けたがってたが、七大天を否定する思想の授業とか聖女が受けたら終わりだろ、宗教的に。
なんで、ノア姫に頼んで変えて貰った。向こうなら両聖女を一気に竪神が見守れるし」
「お前のせいかよゼノ!?どうりで男くせぇよこの教室」
言われ、見回すおれ。
とりあえずロダ兄がおれに手を振ってて、メリッサ先生は呆れ……てもないな、やや楽しげに見ている。頼勇の師匠の若い頃と言われたら……やや楽天的か?とはなるがイメージには合うな。
それだけに怖いが。
後は凄く真面目にノート開いてメモを取ろうとしている桜理に、右手が疼いているガイスト団長、後しれっと紛れてるアルヴィナ。
うん、確かにそれなりに知り合いな男の大半集合しているな。今の桜理はどっちに振るべきか良く分からないが。
と、仮面のラーワルと……
「おお魂妹よ、天の運命か」
「……多分、違う」
リュウも此方だ。本当に男連中組だな。まあ、ラーワルとメリッサには繋がりがあるはずだし、それは当然か。
原作ゲームに同様の展開があれば楽なんだけれどもな、と苦笑する。炎髪の青年が叫ぶようにこの状況はカオスだ、シュリ……というか【憤怒】の介入を読めず、けれども他は知識が役立った妹アイリスの婚約者探しイベントなんて目じゃないくらいに相手について何の原作情報もない。
となると、基本的に打って出て負けるのは此方だ。そう思いながら真剣におれは先生へと向き直った。
「……俺、アレットちゃんとデートあるし。アナちゃん一筋だ」
「一筋なのに他の娘とデートはするのか」
「恋愛の一途と友人というか信頼の話は別なの、分かるか守るべき相手か敵かの二元論馬鹿」
言われ頷きつつ、おれは半分聞き流して桜色髪の女性の動向を見る。
ボードに自己紹介を書き始めているな、流暢な筆跡だ、基礎の育ちの良さを感じる。
「……さて、きみたちが静かになるまで結構待ったね。ぼくについて興味はあまりないのかな?
やっ、それは困ったからぼく自身を紹介しても構わないかな。ぼくはメリッサ、メリッサ・オーリリア。これから1年、きみ達にこのコマの授業を受けさせる先生だよ」
何処か明るく透き通る声。心の芯に響く、ハーブというか薬草のような澄み渡る音色。
……けふっと、勝手に血の味が喉奥に残る。<鮮血の気迫>が、この声は素で相手の意識から敵意をさっと拭うような劇物だとおれに告げてくれる。
「ま、知ってる人も居るかもしれないけれど、ちょっと聖教国を追われた身でね、今はこうして此処で教員をやらせてもらう事になったよ。
って、エルフ種の講義よりぼくを選んだ皆はある程度受け入れてくれる気はあるし失礼だったね」
粘り気の無い澄んだ水、そうとしか言えないようにすっと入ってくる。
「と、身構えなくて構わない。特に補習の2人?ややショッキングな講義名ではあるけど、特におかしなモノではないからね、そうぼくを見張らない見張らない、疲れるだけさ。その警戒に答えはないよ、風に行くあてなんて無いようにね」
……いや、あるが?七大天が起こす世界を撫でる風は世界の果てを越え、魂を天の御元へと運ぶという。始水も……
今居てくれたら分かるんだけどな、とおれは内心で寂しさを感じて振り払う。
うん、ズレているな。聖歌にも一節あったと思うし、異端の名は伊達じゃない。
「七大天外と言えば、ぱっと思い付くのは異端という思考だね。
しかし、ぼく達は無意識的にそれらを享受しているんだ。例えば医学。あれが発展したのはなんでだと思う?さ、一番それを実感していそうなきみ」
すっと、若葉色の女性の瞳がおれを見詰めた。
「自分の意見を聞かせてくれるかな?」
「忌み子なおれのように回復魔法が効かない相手……は特殊な例としても、回復魔法が使える人間以外でも、人を救えるように」
「そう、医学なんて基本魔法の劣化だよ。魔法は時に死者すら生き返らせるけれども、医学には出来ない。道具も魔法書以外に沢山いるし失敗も多いし後遺症も起きやすいしもう魔法で良いって意見は沢山ある。
けれど、魔法は七つの天が与えた神の力。持つ人しか持たない、救える選ばれた産まれながらの上に立つもの以外には何ともならない。
だから、ぼく達の祖先は神に頼らず隣人に救いの手を伸ばせる手段として、医学を発展させた」
くすりと桜色の髪の女性は柔らかな笑みを浮かべる。
「さあきみ達に先生として最初の課題をあげよう。
それは、異端かな?全ての医学者は……世界を創り給うた七つの天に反する悪、という事でいいの?」
教室は完全な沈黙に満たされた。




