希望、或いは次元潜航
「ゼノさま、最初に聞かせてほしーんだけど、これ単体でどれくらいの速度で、どのくらい飛べるの?」
こてん、と首を傾げる狐娘に、おれは苦笑を返した。
「ジェネシック・リバレイター単体での話なら、言い難いがそんなに速くも無く守れる範囲も広くはない。正直な話、HXSの方が上だな」
が、隠してもしょうがないとぶっちゃける。そう、単体で戦えるもんじゃないんだよなあれ。
「おー、設計図通りなら戦えるけどー、何で出来ないのかな〜?」
「実質のところあれはロボットでも何でもない。アイリスの魔法でそれっぽくパーツを接合してあたかも一機の支援メカであるかのように見せてるだけの、謂わばゴーレムにすぎないからだ。
実際の出力はアイリス頼み、相応に堅いだけで何も強くはないんだ」
その言葉にふむふむと狐娘は頷いた。
って、分かってそうなんだけどな、それ。
「うーん、ステラはちゃーんと見た事って無いからなーんにも分からないんだけどさゼノさま?創征の名を冠する機体がー、未完成でも劣化版みたいなゴーレムに負けるっておかしーよね?」
「あっちには相応のエンジンを積んである。4つで軍用魔導船を動かしてたもののうち2個だ。合体時用だからリミッターは掛けてあるが、そいつで出力を底上げしている」
「あれ?でも特別なものって積んでましたよね?」
と、こてんと首を傾げるのは銀髪の少女。それを受けてうんうんと狐娘は頷く。耳が喜ぶように揺れた。
「合体無しであんなもの使ったらアイリスが死ぬ」
「うんうん、それが結論なんだよねぇ」
が、今度はおれが首を傾げる番であった。話が噛み合わないというか、何かが欠けている。
……のだが、あれ?って顔をした竜胆を見るに、AGX使いとしては何か引っかかる点があるのだろう。
「ゼノさま、ブラックホールって分かるよねぇ?」
「流石にな」
「うんうん、星の柩だよねぇ……」
何というか、ロマンチストな表現だなとおれはアステールの方を向いて目を見開いた。いや、間違ってはいないのだが。
多分縮退炉がどうとか言うしAGXシリーズは何だかんだマイクロブラックホールを操って色々としてくるから感覚狂うが、自然に産まれるブラックホールは巨大な星が寿命を迎え爆発した残骸だ。その点で言えば確かにあれは星にとって開けることの出来ない柩なのだろう。
だが、それが一体……
いや、何となく掴めてきたなとおれは頬を搔いた。
「アステール、ひょっとしてだが、そもそもおれ達の設計が根本から可笑しいと言いたいのか?」
「原因はゼノさま達が予測を超えてとんでも無かった事だねぇ……精霊を呼び出す真性異言も、それを撃破してレヴシステムを模倣する事も、ジェネシックは想定してないよー。
今のジェネシック・ライオレックスだっけ?あれも可笑しいし三機合体のタイラントはもう訳解んないかなー」
「つまり、おれたちは完全なジェネシックを用意出来ずとも、もっと強くなれる?」
が、狐娘の耳は伏せられる。言い澱むというか、否定的とありありと見えるな。
「いやー、どうかなー?言った通り、ゼノさま達おっかしーからねー。
縮退炉無しで、魔導炉心と2つのレヴ、合計3つの心臓が互いに暴れ合ってるって状態で、少しの間とはいえ暴走したまま戦えちゃってるもんねぇ……」
……良く分からない。だが、ひょっとしてというのは伝わった。
「本来は、縮退炉ってのが必要なのか」
「……そっから!?」
竜胆に目を見開かれた、案外心外である。ってか分かるなら教えてくれ。
「あーしAGXが出てくる奴はまあちょっと触れてたけどさ?語られた歴史の中で縮退炉無しでレヴ使ってる機体とか無い。ってか、素であの障壁使ってくる時点で頭おかしい」
「そうそう、精霊の力は人類史を否定する力に近いから、ふつーそのまま扱おうとかしないんだよー。
何で使えてるんだろーねゼノさま?」
「知、る、か!」
思わずおれは叫んだ。おれが分かるかそんなもの!何か使える以上の事なんて言えやしない。
「そうだよねぇ……ステラにも分かんないし。
でも、だから言えるんだよね〜。共鳴し安定して出力を出す為のコアが欠けてる。簡単に言えば心臓だけ沢山あるけど肺も何も無い状態で動いてる人間だよー。不安定で、不完全で、何で動けるのかも分からないよねぇ?」
その言葉に、あまりにあんまりな表現だなと思いつつおれは素直に頷いた。
ってか、そこまで無茶だったのかアレ……という感想しか出て来ない。
「いや待て、アルビオンパーツを使った今のおれの変身姿にも縮退炉なんて積んでないが?それに、ALBIONにもそんなものは」
「ANC-11シリーズは確かにあのナンバー振られた機体が作られた頃は素材の小型機体で蒼輝霊晶……Xの放つエネルギー結晶も少量奪えた程度だったしその運用に特化した小型機になった。
でも、だからパワードスーツのまま強化する事が出来なかった。んで、エネルギー吸収する際に縮退炉に惹かれてるしと再び縮退炉積んだ巨大ロボの方面の開発を再開した……って経緯あるらしいよ獅童?」
言われ、少しだけ納得する。確かにt09はロボってくらいにデカくて縮退炉搭載型、11H2Dは小型化してたけど14Bはまたまた巨大ロボに戻ってたものな。開発系統として数字が戻るわけでもない以上、あっちが異端か。
「なんで……あの獅童の変身は多分ホントーに擬似的にヴィルフリートのあいつ化してる感じなんじゃない?」
「良く耐えられるな円卓の奴等」
「そこは神様パワーで反動ほぼ0暴走無しのノーリスク化されてるから。レヴには流石にステラを葬らなきゃいけなかったけど、燃える速度は落ちてるはずだし」
と、自嘲気味に少女は結んだ髪を指先でくるくるした。。
「識るかって叫んで、初めて知った。あーし達に与えられた何も背負わず力だけを振るう状態のAGXってのが、どれだけ可笑しい存在なのかって」
「えっと、げーむでは分からなかったんですか?」
と、こてんと首をかしげるアナ。
けれど、此処は正直竜胆の肩を持ちたいところだ。
「あー、知識としては知ってたよあーし?
けどさー、本とか読むでしょ?それこそ魔神剣帝シリーズでも良いから思い出して?」
言われ、銀の聖女は軽く目を閉じる。
「アレ結構負荷掛かる変身してるって設定はあるけどさ?
例えば龍姫からあの力を貰ったとして、代償は神の為に働いてくれる特例として神の力で消したって言われて……
普通の人間納得しない?」
「うーん、わたしは……って思いますけど。それでも、ちょっとだけ可笑しいな?ってだけで便利なら無視しちゃうかもしれません。
特に、神様が仰られるなら……って。わたしは皇子さまを見てきましたから実感ありますけど、御本で読んだだけでは駄目なところが消えただけですし」
うんうん、と頷くアナ。そう、ゲームやってシナリオ読んで、じゃあ頭で知ってても他人事。実感が無い以上、性質上不可分なはずの反動が欠けた歪な特別を超常存在からぽんと貰ったら……これ幸いでしか無い。
「ただ、まあ」
話を切り替えるように、おれは告げた。
「対策さえ分かれば行けるな」
「あれ?行けんの獅童?縮退炉なんて無いから不安定で出力高い疑似レヴシステム搭載なんでしょ?」
呆けた顔。
それを見て、思わずおれは半眼で少女を見据えた。
「というか、お前には返してもらわなきゃいけないものがあるだろ竜胆」
「……へ?」
ぽかん、と口を開けられる。
そして、あっ……とばかりに一拍後頷いた少女はというと、おれに突然頭を下げた。
「今まで色々と御免、獅童!」
……は?
今度はおれが呆ける番だった。いや、何をいきなり謝ってるんだ竜胆?横でアステールもぽかんとしてるし。
「……違う?」
「違う。おれに謝ることとかあったか?」
「えっと、苛め?ほら、妹もあの世で恨んでるだろうとか色々と言って追い詰めたし」
呆れてものも言えない。
「もしも万四路がおれを恨んでいたなら、死で償う事が出来た。だから気にもしてない。
というか、獅童三千矢としてのおれは関係ない話だ」
「あっそっか。じゃあ……兄を殺して御免?」
「兄さんはまだ万四路よりは後悔と納得の中で死んだろう。皇族なんて最後まで残って道を開く皇帝以外は民の為に死ぬのが仕事。阿呆やっていた頃のお前に勝てなかっただけだ、そこは責めない。おれも負けたら同じだった。
罪は罪だが、おれに謝ることじゃない行動で返せ」
だが、と睨む。
「敵が持ち出す分には仕方ないが、敵対する気がないなら新・哮雷の剣を返せ」
言われても、暫く少女はうーん?と首を傾げ……アナの視線が冷たくなった頃、あっそれかと手を打った。
「え、そこ?」
「エクスカリバー以外にも色々と持ち出していたし、破壊したはずのAGXがパーツを新品に入れ替えたように直ったりしていたし、お前ら円卓ってそれなりに予備パーツとか持ってるだろう?そこに恐らく仕舞い込んだ。
其処から、新・哮雷の剣と共に縮退炉を持ってきてくれ。それくらい出来るだろう竜胆」
が、少女の表情は暗い。
「あー、確かに。予備レヴは流石に無いけど、他のパーツはそこそこあるか。
……でもムリ。あーし、もう本拠地入れないって。回収不可」
「緊急事態だ、時を駆ければいけないか?」
「うわ無茶振り。これに耐えてるっていうか応えてそうな竪神って割とこっわー。
でも、それもムリ。行けそうに見えてさ?本拠地になってるの、次元潜航艦なの。四次元で潜航してるから、時を操って別の時間軸で盗みに入ろうとしたら……そもそも何処にも居なかったりすんのアレ」
「監視が少ないタイミングが無い?」
「そ、あったらとっくにあーしもアガートラームのパーツ回収してる」
まあ、それもそうだと頷くおれ。言われてみれば、前見た時に壊れたままだったなアガートラーム。
「自動修復とか無いのか?」
「あると思う?まああるんだけど」
いやあるのかよ。
「けど、起動させておくってことはただでさえ燃やした上に半分になったステラの魂をさらに削るしじわじわとしか戻んないから暫く壊れたまんま。仕方ない戦闘中に勝手に少し直るくらい」
それだけ告げると、少女は一歩おれから距離を取る。合わせ、控えていた狐娘も一歩下がった。
「じゃ、あーし帰る」
「……逃げる気か?」
「幾ら何でも。けど、長居するだけで追手来るし下がんの。
……後、あーしの所有してた予備パーツ狙ってた奴らが円卓に居るから、例えばATLUSなら今の自分なら余裕とか思ってたら足元すくわれんじゃない?そこ気を付けといて」
壊れかけの時計を胸元に翳す少女。あまり引き留めても良くはない、とおれは伸ばしかけた手を引っ込める。
「また、な」
「一応また。会わなくて良いなら楽なんだけど」
それだけ告げたかと思うと、重力球に呑まれて二人の姿は消失した。