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授業、或いは神の名

「えー、斯くして、神々は……」

 そうして、新年から一週間。

 

 再びおれは初等部に戻っていた。当たり前だが、アイリスの付き添いである。おれ自身が入れているわけではない。

 そうして今日も今日とて、初等部の中では不人気極まる歴史の授業を聞く。


 歴史教員は、名のある伯爵家の次男坊。ガルニエ伯爵家の当主の弟、マチアス氏だ。

 弟というと若そうなイメージが湧くが、御歳54。立派な髭を蓄えた初老の男である。兄が元気ゆえに図書館の司書を目指し、歴史にどっぷり填まった読書家。故にこうして歴史の講義など担当しているのだが……

 

 いかんせん、人気がない。

 考えてみれば分かるのだが、此処初等部は魔法の能力によって未来を担う者足り得るとして選ばれた子供達の為の教育機関だ。

 実力主義のこの国では、力が物を言うことが多いのだから。知能が軽視される程ではない。

 だが、力が無ければ押し通されるのは避けられない。賢くあろうとするならばまず強く"も"あれ。それがこの帝国だ。


 例えばだが、父に振り回されている印象ばかりがおれの中にある宰相アルノルフ・オリオールだが、彼は上級職である精霊術師でありレベルは18。

 簡単に言えば、そこらの騎士団長より強い。騎士団自体は割と数あるが、余程名誉と実績と伝統あるものでなれば上級職レベル5あれば就任可能だ。

 

 そんな感じで、家の文官連中は割と実力者が多いのだ。当然、未来を期待されている初等部の皆だって、そうして実力者になりたいと思う。

 その際、歴史なんて学んだところで役に立つわけではない。そして、それとは違って魔法に関する授業は力を付けるのに役立つのだ。

 もはや言うまでもない。そんな状況で歴史の授業なんて受けたいと心から思う子供はいない。

 それに、歴史……特に神話なんて、大体みんな子供向けの本で読んだことあるしな。

 

 ……でもなアイリス。お兄ちゃんは、せめて皇族は真面目に聞いているフリくらいらすべきだと思う。

 そんな事を考えつつ、頭の上ではなく膝の上で丸くなる三毛猫のゴーレムの背を撫でて、おれは一人真面目に授業を聞く。

 

 おれ自身だってそこまで興味がある訳ではない。本を読むのとノートを読むのとあんまり変わらないとアナからすらわざわざノートを取らなくて良いですと言われてしまった程に、そう面白いものではない。

 アルヴィナは横で使われている歴史書を開き真面目に聞いているようにも見えるが……良く見ると開いているページが明らかに可笑しい。今教員が話しているのは七大天の神話の時期なのに、ページは魔神戦線時代のものを開いている辺り勝手に一人で歴史書読んでるだけだなあれ。話は間違いなく聞いていない。

 聖教国からの留学生(ヴィルジニー)に至っては、既に知っていますわ聖教の枢機卿一族を舐めないでと教室から出てお茶しに行っていたりする。


 いや、自由だな留学生。

 

 「そこの忌み子!」

 マチアス・ガルニエ氏に呼ばれ、おれは歴史書から顔を上げる。

 「先生。一応おれは皇子なので、そういう呼び方は止めて貰えると有難いんだが」

 「忌み子は忌み子だ」

 この通りである。嫌われてるなおれ。


 このように、真面目に聞いてるのがおれだけだからか、割と良くこれ答えてみろされるのがおれだ。他の子供とか無視まであるからな……

 全く、魔法の授業のときの素直さは何処に行ったんだろうな。なんて、完全に授業を聞く気がなくボードゲームすら広げている凄い奴等に向けて思いつつ、宙に浮かぶ文字を見る。


 「七大天には我等が普段呼び表す名の他に、魔法名がある」

 「はい」

 「偉大なるそれらの名を答えてみよ」

 簡単だ。


 割と覚えやすかった。ゼノ自身の覚えは悪くなく、日本人の感覚的に、何だか神の名前としてしっくり来ると言うか……ゲーム開発者が世界の神々の名前を捩ったように感じるというか……


 それ以前に、知っていたような……

 

 「焔嘗める道化『プロメディロキス=ノンノティリス』

  山実らす牛帝『ディミナディア=オルバチュア』

  雷纏う王狼 『ウプヴァシュート=アンティルート』

  嵐喰らう猿侯『ハヌマラジャ=ドゥラーシャ』

  滝流せる龍姫『ティアミシュタル=アラスティル』

  天照らす女神『アーマテライア=シャスディテア』

  影顕す晶魔『クリュスヴァラク=グリムアーレク』

 そして……

  万色の虹界『アウザティリス=アルカジェネス』」


 すらすらと、歴史書には書かれていないその魔名を語る。

 何の事はない。前回聞いた事だから単なる復習である。これらの名が必要になる事なんてまず無いし、みだりに呼ぶ名前でもないし、覚えていなくとも問題ないのだが。


 いや、寧ろ……

 

 「がふっ!」

 突如走る痛みに胸を抑えて咳き込む。

 そう、みだりにその魔名を呼んではならない。これらの魔名は名前だけでも力を持つのだから。

 その名は七大天の力を借りて解き放つ奇跡の魔法の際にのみ唱えることを許されたもの。故にこうして適当にその名を語るだけで天罰が下り、暫く口から血のように火を吐いたり足が石のように固まって曲がらなくなったりと様々な影響が体に出るのだ。


 逆に、それらが完全にこの世界に七大天の実在を証明している……のだが、それは今は無関係である。

 

 「……満足ですか、ガルニエ先生?」

 胸元から生えて突き刺さった水晶を引き抜いて握り潰しつつ、おれは前回(年末)の授業の際、さっきの8つの魔名を唱えて気絶しそのまま年内の授業を終えた老教師に問い掛ける。

 「……正解だ」

 苦虫を噛み潰したような表情で、初老の男は歴史書を読み上げ、補足説明っぽいことをする授業に戻る。

 

 「……大丈夫、おれは仮にも皇子だぞ?」

 当てられて立ち上がる際に机の上に乗せられた猫が一つ伸びをして見上げてくる。

 心配してくれる妹に、おれはそう笑い返した。

 

 「……ウプヴァ……うぁ……」

 席は自由なので何時も隣なアルヴィナが何か言っているが言えていない。

 「アルヴィナ、大丈夫か?」

 「覚えにくい」

 「だよな。おれは案外覚えられたんだけど、難しいよな」

 「紙に書いて?」

 すっと、横の少女は自前の何も書いてないノートをすっと差し出す。

 

 「七大天には興味あるのか、アルヴィナ」

 「ある。でも、どんな本を読んでも名前が出てこなくて」

 「確かに出てこないよな」

 「不思議」

 「不思議でもなんでもないよ、アルヴィナ」

 言いつつ、アルヴィナのノートではなく、自分のノートを取る。

 

 「なぁご」

 一声鳴いて、猫はおれの腕を伝って頭の上へ登る

 爪を立てていたのは抗議だろうか、少しだけ痛いが気にするほどでもなく

 「アルヴィナ、ちょっと見ててくれ」

 妹が空けてくれたスペースにノートを広げ、その一枚を軽く千切る。

 そして自前のペン……ではなく新品の安いペンを取り、その切れ端にこう記そうとする。

 

 即ち、かの神の名を。

 ティアミシュタル=アラスティル。

 

 「……溶けた?」

 「そう。魔法書以外で魔名書けないんだよ、七大天って」

 パシャっと軽い音と共に水になってしまったペンとノートの残骸を首にかけておいたタオルで拭き取り、おれはそう告げた。

 

 「……そうなんだ」

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