謎の家、或いは恐らくの家族
「アイリス?此処で合っているのか?」
そうして、シロノワールと語り合ってから暫く。考えても答えは出ない。そんな中で妹のゴーレムの揺れる尻尾に誘われたおれは後のことを桜理とシロノワールに任せ、しなやかに歩く猫を追って貴族区画までやって来ていた
というかアイリスと似合わない場所だが、どうなってるんだろうな?こんな区画、婚約者選定の際くらいしか行ったことないだろうに
あれ?ひょっとして婚約者探しでもする気になったのか?と明かりの着いた3階建ての巨大な建物……というかそこへ向かう道の整備された庭への門の隙間を抜ける猫を見つめる
が、返事はない。どうなんだろうなと肩を竦めながらおれも門の前に立ってみれば、しっかりとしたフルプレートメイルの兵士二人が扉を開けてくれた
「通って良いのか?」
「はっ!第七皇子殿下やその縁者であればお通しするようにと言われております」
びしっ!と背を伸ばし此方に礼を返す兵士二人。練度は中々で、言い回しからして忌み子とおれを蔑む気もない。この屋敷の主、中々良い教育している
いや、おれへの態度って教育の良し悪しに無関係だな、うん。忌み子な事は本当だし、好き勝手汚い心の中の不平不満をぶつけて良い相手としてサンドバッグの役目でも果たせてるならそれで良いしな
なんてとりとめもなく考えながら歩みを進める。庭ということで庭園会でも開いているのかと思ったが人気はない。美しく整えられた花畑に、広い芝生。使われた形跡もないし、特に此処で何かあった後というわけでもないだろう。妹のゴーレムも真っ直ぐに建物の扉へと向かっているしな
というか、と考察する。此処……空き家じゃなかったか?少なくともおれが辺境へ一旦旅立つ前は、父と反りが合わないので即位後爵位を返上して田舎に帰った元貴族の邸宅で、管理者も居らず放置されていた筈だ
となると、だ。正直何処の誰の邸宅か分からない。付け焼き刃で覚えたのも10年近く前の話、今の知識を仕入れてなかったのがアダだな
とか思うが、敵意は無さげだ。そうして邸宅にまで辿り着けば……扉が開いて、小さなメイドがお辞儀をした
……
「いらっしゃいませ、おきゃくさま」
うん、棒。感情が籠もってないし、おれのメイドだったプリシラ並に角度が浅い
「……何やってるんだノア姫」
呆れて呟く
そう、ノア姫だった。この尖った耳と紅玉の瞳は間違いない
「……お馬鹿」
ぽつりと告げるアイリス。普段喋らないけど、猫ゴーレムだって発声機能はあるんだよな
こら、と案内を終えたのかおれの左手から伝って登ってくる子猫の背を軽くペシッと叩きつつ、エルフの媛を見る
メイド服……はまあ、着ていたことはたまにある。が、だからといってこんなところで働くか?と言われると否だよな?
「……御免なさい」
そんなおれの視線を受けてか、素直に謝るエルフの媛。揺れる纏められた金髪は流麗で……って今回は結構頭が深いな
「どういう……」
「おっと、やはり知り合いだったのですかね?」
そんな威厳ある男の声に、おれの疑問は遮られた
エントランスの階段を降りながら現れたのは一人の男性。見覚えはないが、50前後ってくらいの歳か。細いが良く鍛えられた良い肉体をしている。レベルのみに頼らない良い姿勢だ、強者と言えるだろうな
服装は一般的な貴族のそれ、おれを招いただけあってか、ラフとはとても言えない。濃いグリーンに金刺繍、色合いとしては……文官か?って言っても皇の名を冠する騎士団とかでなければ色指定は無いしな……
「はい、おれが至らない事さえ無ければ対等な友でありたい、そんな相手です」
言葉は柔らかく。一応帝国貴族相手、敬語はそこまで不要。とはいえ、敬意は払うライン
……アイリスは気にしてないな、病弱故にかこういう点は本当に弱いので肩から下ろしてノア姫に投げる
意図を汲んでくれたのかがっちりと腕でホールドしてくれたので一安心。不満げににゃあと鳴かれても今回は無視だ
「「……そう」」
あ、声が被った。片方はノア姫、片方は初老の貴族だ
……誰だ?誰かは知らないが姿勢を正す。礼儀は胸に、刃は眠りに。手指に走る静電気を握り込んで、ざわつく心が呼び出そうとする愛刀の招来を押し留める
っていうか、割と呆れた声音だったがノア姫?
なんて思っていたが、話は特におれを気にすることなく続く
口を開くのは初老の男だ
「成程。では引き取って頂けると?」
「それは、今拘束している者次第ですが」
「与えましょう。元々我等には過ぎた者」
この台詞で大概分かるな、敵とは言いようが無いラインの相手。となると本当に相手が縛られるが……此処までくればと大体推測は出来た。っていうか、ノア姫を拘束出来て尚且つ敵対行動とは思えない相手って時点でそこそこ絞られるな?
いや、シュリが最近の行動は読めないから言い切れないか?まあ良いや最悪シュリが大きく絡むならシュリに来て欲しいと強く思えばどうせ顔出ししてボロを出す、シュリはそういう黒幕に向いてない神だ
そんな事を思いつつ、おれはおれの反応を待つ男へと向き直った。さて、恐らく後の親戚、無茶は出来ないが……