白の翼、或いは黒き疑念
「良いのか」
「そちらこそ」
男二人、目線で語り合う。が、特に問題は無さそうで、おれは運ばれてきたハーブティーと切り分けられたケーキに対して後2人分を注文するリリーナ達を見ながら、スクランブル用の出口へ向かう通路の端で魔神王と向き合う。
真剣な瞳に表情、ここまで見せるのは珍しいな。何処か冷めた顔が常なんだが。
「アルヴィナの自由だ。私としてはそれ以上の事を言う気はない」
「最終的に決着を付けるんじゃなかったのか?」
「果たすさ。それはそれとして、だ。陽の世界に鞍替えした元魔神共の一部くらい、生かして活用するのは造作もないだろう?精々有効活用してやるならば、懐柔も悪手ではないだけだ」
そう告げる彼の言葉は真剣で……幼馴染の為にって語るスチルの眼はもっと意志の光を湛えてたぞ?言い訳だな。
が、茶化しは無しだ。今言っても意味が無いしな。
「何か、分かったのか?」
「一つ聞きたいが、人間。あの毒物は何だ」
その言い方に苦笑する。そうか、最近シュリ見掛けないなと思ったが、おれじゃない相手に接触してウロウロしていたのか。やらかしも多いしな、怒られたくないとかだろうか?
それならそれで良い。発覚して目の前に出て来たら怒るが、元々神。始水だって元々お嬢様だからって価値観の差を感じてたが最近は神様としての差もたまに思い知る。それと同じだ、同じ感覚で接しよう。
「あれはシュリだ」
「……意味不明だな」
「正直、神話や聖女リリアンヌ時代の人間からしてみれば魔神族だって意味不明の敵だったと思うぞ?」
「……相互理解など不可能な相手……にも思えるくらいには隔絶した思想と意義の相手だと?」
その言葉には頷く。というか、分かってるじゃないかシロノワール?
「まあ良い。少なくとも、幾つか新しく理解出来た事が増えた。ならば、貴様に伝えておくのが勝利に繋がるだろう」
「……ああ」
返しつつ、おれは内心で首を捻る。シュリから教えられるものって何だ?此方を信頼しても信用してないシュリのことだからどうせ試すようなやり口だろうし、素直に情報を教えてはないだろう。
「知っての通りだ。あの毒龍と遭遇し、脅しとして振るわれた少々の能力を確認した」
頷く。やはり、そういうやり方だよな。
「まず一つ。貴様の力は何だ【勇猛果敢】」
静かな瞳が射抜く。背の黒翼が拡げられる。だがしかし、返す言葉はおれに無い。シュリから埋められた毒、銀龍の六眼の一つは、ただ沈黙を守り続けている。
「分からないし、使えない」
そうか、と残念そうに呟く青年は、ちらりと妹を見て続けた。
「では、お前のは使ってこなかったとして……その真意は不明か」
「使ってこなかった?」
と、首を捻るおれ。言い回し的には理解出来るが、聞いてないぞシュリ。
「まさかとは思うが、他人の真性異言としての能力を振るってきたのか?」
「ああ、幾つかな。使っても意味がないと言っていたものも含めれば、4つだ」
淡々と告げる青年に、驚愕に口を開けて聞き直す。
「待て、4つ?一つはラーワルの《鉄瞼に閉じ観よ、己という夢跡を》として、残りは……」
いや、思い出した
「そうか、《運命が軛く法は王への隷節成》。あの肉体の魔神王が振るう力もほぼ間違いなく心毒の龍神由来のもの
でも、他は?会ったことがあるならばサルース……【笑顔】、下門陸、後は夜行もそうか?となるが……」
が、その言葉に青年は首を横に振った
「対峙した中で、使って来たのはXとやらを召喚するものだけ。しかも、名前は不明だ」
「《独つ眼が奪い撮るは永遠の刹那》を使ってこなかったのか?おれが知る中で文句無しにシュリ由来の能力の一つだが」
静かに目を閉じて首を横に振り続けるシロノワール
「葬り痕跡もほぼ無く、最早使えん枠だと本人が伝えていた。
バカバカしい。最終的に4つも見せて手を組めと脅してきたが、アルヴィナが乗るわけもなかろうにな」
「そう、か」
少しだけ心に刺さる棘。だがしかし、正直言っておれだって彼の事はちゃんと知ってるわけじゃないからな。知る前に、彼は光の中に消えたから。
だからこそ、おれくらい覚えていて彼の小さな夢を果たしてやらなきゃと思うが。
「でも、だとしたら最後の一つは何なんだ?」
「《白き玲明魔を嘆き路照らさん》」
「……何だそれは」
呆けた。何を言っているのか分からなかったというか、誰の何だ?
「少なくとも、名前からして多分【悲哀】に類する力だとは思うけれど」
「私とて知らん。あの毒龍の自己満足組織の内情など興味も湧かん潰すだけだ。
だがそれはともあれ、無駄に縁を繋げた貴様なら分かるべきだろう?」
とん、と左胸を手の甲で叩かれる。だが、理解し難い。
「【悲哀】の正体は彼だろうというのは居る。
だけれども、それだと可笑しい」
「何故だ?」
「多分なんだけれど、夜行だそいつは。断片的に知ったAGXと精霊の戦い……そして、その根本にありそうな神話超越の誓約となる神が出るに至った力等。詳しくは分からないけれど、それって神々の嘆きが関わってないか?
となれば、それに由来する力を振るう彼が司っているものも【悲哀】何じゃないかと推測出来る。
というか、共鳴しているのかシュリと出逢って以降対峙した相手は何の【情動】なのか薄々分かる。それを元に空きに当てはめるとそれしか無い気がする。
でも、となるとその謎の力の持ち主も夜行も同じ眼を持つということになる。眼は一つの筈なんだけれどな」
お手上げだ、とおれは肩を竦める。
「だが」
一言だけ、真剣な視線に同じものを返す。
「二つは明確に分かったことがある。それがきっと、シュリなりの警句だ」
「……言うな」
「いや、言わせて貰うよシロノワール。
わざわざ、君達に対して下門のものは使えないと言いつつ、謎の技を使ってきたんだろう?
その謎の技について、詳しくは知らない。正しいことを言ってる確信なんて無い。けれど、恐らくという事は言える」
しゅっと、喉元に痛みが走る。喉の血管を切られ、痛みが走る。
だが、止めない。止めるわけにはいかない。
「その力の持ち主はルートヴィヒ・アグノエル。かつてアルヴィナの祖父や母の死骸を操った男。
そして彼は……生きている。いや、どうなのかは知らないり生きていると形容して良いとも限らない。
だがしかし、少なくともだ。今の竜胆に同情してる方のアステールのようにAGXの魂の柩か何処かに閉ざされた存在だか何だか知らないが、奴は滅びてはいなかった。
そして、その力はまだ遺されている。そして、きっと次の戦いがあった時、それは解き放たれる。きっと、シャーフヴォルの手によって、だ」
静かに、そして忌々しげに。青年はおれの首筋に爪を当てながらそれを聞き続けていた。