隠れ家、或いは導きの帰還
「それで、さ」
二人が去るのを呆然と見送ったおれに、そんな声が掛けられた。かけて来たのは当然ながら横……からは少し離れた位置でおれと桜理な間に隠れるようにしていた桃色の聖女。
「どうした、リリーナ?」
「えっとさゼノ君。さっきのお話どこまで信じて良いんだろう」
言われ、苦笑しておれは歩き出す
「あっ待ってください皇子さま」
「早く、いくら何でも往来で話すことじゃないだろう」
「あ、それもそうだけど今更……」
なんて言われるのをそうだなと至らなさを笑いで誤魔化して、少し早足で歩き続ける
視線が重い。名状し難い粘度を感じてならない。殺意は無い、誰かが特別注視しているのは確かだが聖女が居ることにであって、一応遠巻きに見てるだけ。割と民度が良い……って当たり前か。
だというのに、これは何だ?
ああ、覚えがある。追悼式典……生存者として晒し者にされたあの。
「皇子さま」
思考が途切れる。袖が後ろに引かれる。
「ちょっとペース落としてくれないと、わたし達置いていかれちゃいますよ?」
振り返れば、息を軽く乱して微笑む銀髪の聖女。それにぎこちなく笑い返して周囲を見れば、残りの2人とは数mほど距離を離していた。
すっ、と頭が冷える。過去は過去だ、変えられないし変わらない。だから変えられるものをこの手で変えるんだろう、本質を見誤るな獅童三千矢。
己を鼓舞し、二人を手招きして喫茶店に入る。
入れば即座に此方を見て微笑むのはかっちりした服装の初老の男。おれはその人に手を上げる。
「マスター、今日の茶は」
「3種類御座いますが、如何なさいますかな?」
「ブレイズハーブ、それと彼女等3人にはオススメを」
「畏まりました、それではご案内します」
恭しく一礼する男に、3人を連れて着いていく。
「ねぇゼノ君、此処って普通のお店だけど良いの?」
「さっきの符丁で皇の名を抱く騎士団御用達の隠れ家というか仮駐屯地を貸して貰える。ルー姐……ルディウス皇狼騎士団長から許可も貰ってあるよ。
各所にあって、3種に対してブレイズハーブと連れはオススメ、で安全のために一時貸してくれの意味。3種と言われないことも多いから今日のは3種じゃない?と指摘してから言う事。おれは良くも悪くも有名人だから最初からだったけどね。ただ、特別な権限は与えられている聖女様とはいえ、何だかんだ今は騎士団がこういった部屋を使う事も増えるはずだ。特に用が無いならば使わないでやってくれ」
なんて言ってる間に、壁から現れた階段を降りて地下室へ。この扉仕掛け扉になってて開け方はおれも知らない。聖域の魔法とか使ってたりするんだろうか。
地下室の灯りは……と思えばアナがさっと点けてくれ、照らされるのは広めの空間。
ちゃんとした丸いテーブルと椅子が並ぶ、なんというか円卓って雰囲気。壁にも肖像画と国旗のタペストリー、雰囲気はそこまで悪くないだろうな。女の子連れて来るには無骨感は否めないが、物々し過ぎることはない。
「……さて、じゃあ改めて」
「仰々しいね此処……」
「だけど、空気はマシになったろう?」
尋ねかければ、微妙な空気。
「外の方が良いよゼノ君?」
「そうか?監視を感じたから、此処のほうが空気が軽いと思うが」
「あー、その辺りはね、ゼノ君に比べて私達そんな殺意とかあんまり分かんないし」
性的な視線ならちょっとは分かるんだけど、ねと少女は頬に手を当てた。
「あの二人さ、何処まで信じて良いの?」
「何でそれをおれに訊くんだ?」
が、改めてのおれの疑問にも、少女は笑顔で返してくる。
「いや、ゼノ君にそこは聞かないと。ゲームやってる私達でも分からないところから正解出してくれるじゃん」
そんな言葉に呆れた視線をおれは向ける。
「そんな訳が無い、自分で考えることも大切だ」
「うん、でもさ。皇子ってリックの事とか、明らかに最初から分かってたよね」
と、ポツリと告げるのは黒髪の少年。
「入れ替わった時って、襲われてたんですよね?後でロダキーニャさんから聞きました。
でも、皇子さまは信じていた。わたし達は疑ってたのに、あの人が悪いって思ってたのにですよ?今回も、何かあるんじゃないですか?」
言い淀む。これは、おれなりの判断だ。全部を言うには、主観に過ぎる。
だが、期待を込めた眼で見られては、言わない訳にもいかなかった。
「下門の時は、分かりやすすぎただけだよ。ボロボロのALBION、何処か追い詰められたような自棄っぱちな行動、何かに裏から指示されてやらされているのは対峙してみれば明らかだった。
けれど、今回は違う。大体の能力を見せられたところまでは同じでも、正体が掴めない。目的も霧の中でぼんやりとした推測しか無い。
ただ、それを元にすれば……敵だがある程度信用はして良い、がおれの答えだ。言動からして恐らくちょっと前に原作メリッサについての考察をした時と同じような状況で、今生きていると呼べる状態になっているんだろう。つまり、死んだが七天とは異なる神の力で生かされている状態。エッケハルトと同じだな」
「え、隼人君そんな状態だったの?」
……言ってなかったか、と苦笑する。
「突然巨大なドラゴンになることがあるだろう?」
メカティラノサウルスだが、この世界に居ないし言い換える。
「あ、ジェネシックティアラーっていうあれ」
「あの力、実はなる方法が何処にもない専用職の姿としてとある神が世界に組み込んだ結果《七色の才覚》でのみ変身できる変な姿なんだが……それを出来る今の彼は、神により生かされてるゾンビと言い換えられなくもないだろ?
それと似たような形だ。……っていうか、多分だけど記憶もあって肉体に精神が引っ張られている真性異言が一番近い表現かな」
そう告げれば、2人はふんふんと納得したように頷いてくれる。頷かないのは桜理だけだ。
「でも皇子?その場合能力とか分からなくないかな?」
それに、さらっとおれは頷き返す。仰々しくやるべきなんだが、あえて軽く、だ。心配させたくない。
「当然、色々と分かってない。真性異言だから生き返ってきたのか、自分がシュリの六眼の一つを与えられたから殺しても死なないだけだったのか、或いはそれこそルートヴィヒの白の王命みたいな能力で蘇らされて操られているのか」
大体この3択だ。最後だともう信用すら出来ないんだよな、他人に操られていて今は自律行動が許されているだけとか疑い始めたらキリがない。
「あの人の、力……」
ぽつりと呟くのはリリーナ。そういえば兄だっけ、とおれは失言に奥歯を噛む……が表には出さない。言って何の意味がある。
「そう、だよね。あはは、私全然関わって無くて、それでも……そんな力で、無法してたんだよね」
「……リリーナちゃん」
「大丈夫大丈夫、私あんまり気にしてないから。
……でもさ、操れるの、人?」
「……お母さん、扱ってきた。人になんて、馴れる訳が無いのに」
その言葉は、横から聞こえた。
ひょいと顔を覗かせるのは何時ものぶかぶか帽子、アルヴィナである。
「アルヴィナ?何処から」
「入れないと思ったか?導きは総てを見通す」
「あ、シロノワール君も」
すっと影から出てくるのは魔神王シロノワール。いや何処から入ったと言いたいが、実は出入り口って2つあるんだよな此処。店側と、もう一個スクランブル用の隠された入り口、いや本来出口専用の場所がある。其処から入って来たのか?
いや入れるのかそれ、普通外からは開かないんだが……
ってシロノワールは影から出て来るし壁とかほぼ無視だなと納得して。
「こらアルヴィナ、あまり勝手に人の持ち物な場所に入るんじゃないぞ」
「皇子に会う以外で、やらないから平気」
……微妙に不安だ
「とにかくだ」
と、言うところで鋭い視線に気がつく。シロノワールが、此方を静かに睨んでいる。
「すまない、少しシロノワールと話をさせてくれ、情報を共有したい」
「ボクも、伝えられる。あの変な臭いのについて」
が、それを止めるように金髪に髪を染めた青年が妹の肩に手を置いた。
「少しだけだ、分かってくれるなアルヴィナ?」
「……分かった。あーにゃん、桃色の、ボク達は離れる」