模擬戦、或いは響く鐘の音
響く鐘の音に、驚愕する。
どう、なっている!?
眼前の刃から飛び下がり、呼吸を整える。
距離感的にあまり大きく下がるとうっかりリングアウトしてしまうがそんな事はいい。眼前に居るモノの方が重要だ。
仮面のないラーワルの顔、それはおれそのもので……
いや、違う!とおれは己の額を覆う大きな仮面を叩いた。そう、ラーワルの顔がおれなんじゃない。
あいつは今おれと、入れ替わってるんだ!だから、今のおれの身体は久世・ラーワルのもの!
ならば!とおれは己の仮面に手を掛け……止まる。
「成程、面白いならば此方は」
と、手を挙げるおれの肉体のラーワル。
成程、入れ替わって降参すれば実質勝ちだな。いや言い換えよう此方の負け扱いだ。勝敗だけなら正しすぎる。
「こうしてみるとしようか」
おれの顔で、おれの表情で、不敵に笑う男は手にした鉄刀の向きををおれから外して己の首筋に向けた。
……そう、来たか。自分から入れ替わって降参したら自分の勝ちだが精神的に勝った気はしない。だから、おれから負けを認めさせようってところか。
やってくれる!本当に!
ならどうするか?この肉体を操りきれやしないし、どうしろってんだろうな!
やはり仮面剥がすか?って流石にそれはどうなんだよ何だか違和感があるとはいえ隠しているものを無理に公にして、それはもうこの場で敵対する覚悟だろう。
それに、顔を晒して何が起きるか分からないしな、やらない方が良い。
というところで、耳に懐かしい感覚……いや少し差異があるな。
始水のそれに酷似した何かの流れるような、それでも違うならば……
そう、恐らくは同じく龍神で、水に縁があり、そして違う存在……シュリのもの。
シュリか。
『……今なら通るのかの』
聞こえてるよ、シュリ。君は何時でも聞こえそうだけれども、と内心で語りかける。うん、よく考えるとおれの思考盗聴されすぎだろ。
『一つだけ、お前さんに教えておこうと思っての。何時ものお前さんにも存在するが、普段は見えぬもの……』
言われても困る。
いや分かる、とおれは仮面の下で目を閉じた。真上に輝く太陽から足元まで見えていたやけに広い視界が暗くなる。
そうして、己の鼓動を感じれば……何かの痼を感じる。燃えるようで、其処から何かを観ているようで、心臓に眼が生えた気分だ。
いや、実際に生えているのだろう。三首六眼、その一つをこの肉体は持つのだから。
まあ、おれも持つはずなんだがそれはそれ。
……心臓部に気を集めるイメージ、敢えてその異物に集中する。声すら、ほぼ聞こえない。
……何か、見える気がして。これならば行ける。
『ダメじゃよ、お前さん。今やるべきことは……違うのではないのか、の?』
こてん、と首を傾げる姿が見えるようだ。声が、おれを導く。
そうだな、言いたいことは沢山ある。だが、今は即座に!
「では、降さ」
「……パラレルレイヤー……」
ぽつり、おれはそう呟く。おれ自身分からないが、口をついて出た。
鐘の音が何処からか響き渡る。
「《鉄瞼に閉じ観よ、己という夢跡を》
っ!らぁっ!」
かっ!と眼を見開く……までもない。とっくに開いている隻眼で睨み、一気に突き込みを!
って違うな!
「何と!厄介な事だと言いたいがね!」
謎の鐘の音が響いた刹那、腰の鞘を左手で地へと叩きつけ、跳ね返るそれを蹴って宙で跳躍。
「ほう、何と」
遥か遠く、3つの区域を経た先で感心したように手を叩くラーワルの広すぎた視界からすら離れるように、一気に人々を飛び越えよう!
「雪那!風陣衝!」
「おっとそれは残念ながら」
「おっらぁっ!」
更に大地へと拳圧で思い切り上空へと飛び上がると共に右手で振った刀から斬撃を飛ばしてラーワルの視界を揺らし、宙を最後になんとかもう一度蹴っておれは線を引かれた区域内に戻ってきた。
区域内では、突然自分の戦闘区域から外に出されていた頼勇が異様な雰囲気でおれ達を見ていて、
……やってくれる、と唇を噛む。
精神入れ替えばかりではない、物理的に入れ替えも可能ってところだろうか。
おれが一瞬発動させた瞬間はラーワル当人しか精神を入れ替えられなかったし、流石に【嫌悪】の情動から来るだろう能力の特性上他人同士を精神入れ替えは不可能と信じたいが……
『出来ぬよ?』
……微妙に信じきれないから此処で語りかけてくるのは止めてくれないかシュリ!?
「……罰、かの」
ああもうそう思ってくれるなら罰でいい。シュリに叱らなきゃいけない点多いからな!特にメリッサやラーワル絡み!増えすぎだろやらかし!
少し惜しいし悪いとは思うが始水とのリンクが回復したら色んな意味で世界の終わりが来そうなのでシュリとの心の中で話せるレベルのリンクを断ち切らせ、おれは改めて向き直った。
「リングアウトではないのかね、ゼノ皇子」
「残念ながら、リングアウト条件はリングの外に体をつけること。空中に留まればその限りではない」
今一度入れ替えが来ることを見越して、咄嗟に空中退避が出来るように構える。
とはいえ、地面との間に挟み込んで空に逃げられる鞘はもうない。精神入れ替わりで鞘を捨てられてたら鞘を足場に出来ず負けてたな?最悪刀を突き立てて足場に使って素手か。
「成程、では今一度鐘の音を聞くが良いよ。
最後の審判の音を」
そうして手を叩こうとするラーワル。
……恐らく、これ手を叩くか何かが入れ替えの……
違う、審判の鐘の音というならば、狙うべきは!
「っ!らぁっ!」
思い切り刃を投げつける!目指すは彼がずっと最初から持っていた肩掛けカバン!
鐘の音を響かせた時に発動出来るというならば、鐘の音を響かせる何かが必要!恐らくは魔法書か魔道具、そしてそれを隠せるのはあそこだけだ。
やはり!と攻撃を入れ替えざるを得なかったのかおれの眼前でぱっと消える鉄刀に安堵する。いや代わりに突然投げ飛ばされた感じになって空中に現れているエッケハルトには惨事だけどな?
「何でこうなってんだよぉっ!?」
入れ替わった勢いのまま激突し絡み合って一挙に倒れ込むエッケハルトとラーワル。地面に手をついて焔髪の青年のカードが割れた。
……人とモノを入れ替えた?何でだろうな?モノ同士を入れ替えて避けたほうがマシだったろうに、それこそ勢いよく飛ばしにくい紙とでも……
と、周囲を見回すがスッカスカだ。っていうか、見えるものがほぼ無い。誰かが結界貼ったのか揺らめく壁で此処と隣の区画の外がほぼ見えなくなっている。
そして、その空間を跳ね返る跳弾を繰り返す銃弾の弾がエッケハルトと入れ替わったおれの鉄刀を四方八方から打ち据えていた。
いやこれロダ兄の戦闘の余波かよ!?となったが、そのせいでかロダ兄と戦っていたエッケハルトくらいしか入れ替え相手が無かったようだ。
となれば、見える範囲しか入れ替えの対象に出来ないのか。ならば対策のしようは!
「雪那!風陣衝!」
もう一度拳圧!エッケハルトを再度飛ばして今度は鉄刀を手にしたラーワルの仮面に向けて、見えぬ風圧を放つ!
これは入れ替えられないだろう!そのエッケハルトによってズレた仮面、悪いが周囲から見えないし飛ばさせて貰う!
「……何とも、厄介だよ君は」
「ぐほぺっ!?お前らさぁっ!?」
エッケハルトの腹を蹴り上げて浮かし、仮面に掛かった手を引き剥がして青年は圧を受け止める。
が、鐘は鳴らせない。恐らくだが鐘は連打するものでもなく暫く響かせてから今一度打つものだ。だから、入れ替えには少々クールタイムがあるのだろう。
「今回はおれの勝ち、で良いか?久世殿?」
「問わずとも良い、見給えよ、下がりすぎてこの身の片足が線外に出てしまっているのだからね」
縮地を思わせる踏み込みでぴたっと仮面の前に拳を止める。そうして問いかけた言葉に、仮面のヒトは参ったとばかりに手を挙げたのだった。