違和感考察、或いは仮面の乱入
「ん、あれ?」
こてん、と少女が首を傾げ銀の髪が揺れた。
「皇子さま、それどういうことですか?事情に疎いわたしにはちょっと分からなくて……」
「そうだぞゼノ、お前話飛躍してないか?
何で明日が来るはずの空から邪神を呼んだ事になるんだよ可笑しいだろ」
言われ、それもそうだと苦笑する。
おれの中では確信がある。邪神邪神言われてシュリが出会った頃みたいな感情薄い顔してそうで悪いが。だが、あの違和感の言語化は……難しいな。
代わりに、青髪の青年が口を開く。
「明日が来るはずの空というのは、私に話し掛けてきた時にも使っていたメリッサの言葉だ。
しかし、天光の聖女の言葉にある経歴が本当だとすると、言えるとは思えない」
「そうですか?」
「明日が来るはずと、神に祈って届かず……その後悔から己の手で救おうと思った人間が、明日を生きていけることを前提とした言葉を口癖にするだろうか?」
「頼勇、お前みたいな奴なんだろ?自分が救うと決めたからあえて鼓舞するために救えた前提で語ってるんじゃねぇの?」
「私はそういうところはある。
けれども」
青年は、己の機械の左腕を見下ろした。
「その鼓舞には、相応の裏付けがある。
今度は、今度こそ。あの日の二の舞にはさせない。皇子が、アイリス殿下が、皆が共に作り上げたシステムLIOHが、あの日には無かった力が、と」
けれど、と青年は首を横に振った。
「話を聞く限り、メリッサは救える術を学ぼうと旅していたんだろ?」
「そうだな、皇子。昔の私と同じ……いやそれ以上に、まだまだ学ぶことは多くて道半ばだとメリッサは朗らかに笑いつつ、学ぶのは楽しいと言っていた」
「ならば、そこまで自信を持って言えるか?少なくともおれは無理だ」
「おめーは自分に無駄に自信がないだけだろアホ!」
言われ、何処からともなく取り出されたピコハンを頭に受けながら苦笑する。
「それはそれとして、だ。そこまで自信持てるか?」
「わたしは……七大天様方が認めてくれるからってところがありますから……何にもないのにそこまで言えないです」
「俺はそもそもそこまでやりたくないけど!?」
「無責任っ!?」
「あはは、僕は勿論だけど……自信持てないかな……」
各々感想を口にするのを聞いて、だろう?とおれは首肯した。
「自信満々に明日が来るはずの空なんて、到底言えない」
「そういや原作頼勇様だって、あんまりそういうの言わないね。言っても違和感ない性格だから気にしてなかったけど……」
というところで、不意に響く音におれは振り返った。
鍵を開けさせようと誰かが扉を叩いている。
開ければ、そこには……仮面の姿があった。
「……久世殿」
久世・ラーワル。話題のメリッサの同門だろう仮面のヒト。
「いやはや失礼、色々と話し声が聞こえたものでね、此方としても興味が湧いたというものだよ。混ぜてくれると助かるのだがね」
その顔は窺い知れない。最早隠す気すら無いだろう彼が、何をしに来たのか想像もつかない。
分かっているのは二つ、彼もメリッサも、同じ毒龍の神を戴くカルト宗教の一員であろうという事。
そして……御神体が割と方針ガバいこと。シュリ側ならまだ分かり合えそうで、他はとっくに割り切ってて無理。とはいえ、どちらなのか判断はつかない。
更に言えばシュリ自体もやらかしは割とする。色々と諦めてるからな……それ故に破滅的な行動はやるんで完全には信じ切れない。
どうする?何処まで踏み込む?
エッケハルトはスルー気味でアナに話しかけており、アナも対処に追われている。桜理はいつもの様に不安げに見ており、リリーナはそれに寄り添う形。頼勇は構えずに、けれども左腕を何時でも掲げられるようにしている。
護れは……する。ならば此処は踏み込むと心を決める。
「いえ、一応そろそろ話は終わるので、混ざるというのは残念ながら。
しかし、ならば久世殿にもお聞きしたい。メリッサ・オーリリアを名乗る天光の聖女様に似た容姿の女性に心当たりは無いだろうか」
知っているはずだ、さて、どう出る?
が、それに対して仮面の人は愉快そうに笑った。
「ああ、厄介な質問だよそれは。
だが答えよう、知っているとも」
……は?
思わず一瞬の空白。まさか答えるとは……
「あまり良くは知らないのだがね、我が国にも記録が残っているとも。桃色の旅人メリッサの名は。
残念ながら、当時はこの身は幼く、そして世は牛鬼の血を引きつつ人里に戻ってきた双角の鬼で騒然。構っている暇などなく立ち去らせてしまったとあるがね」
……いやそうきたかと舌を巻く。逃げの言葉としてこれ以上なく正しい。
各地を巡っていたなら確かにそういう記録はあるだろう。嘘はなく、下手なツッコミも入れられない。
「そう、ですか。最近見かけたことは?」
「待ち給えよ、その記録はかなり昔のもの、今居るとは到底思えないがね」
当然だ。公的には死んでいて、恐らく毒で妙な死に損ない方をしているのだろうから。
「では、ついでにもう一つ。
《独つ眼が奪い撮るは永遠の刹那》、《運命が軛く法は王への隷節成》。そういった妙な名前の力や、それを使う者に心当たりは無いだろうか?
最近、魔神の他にそういった奇妙な層と邂逅、時には会敵することがあった。久世殿等にも覚えがあれば」
「残念ながら、そのような歌劇の如き言の葉の力に心当たりなどないとも。
されど、唄は時に世界を腐らす、重々注意させてもらうとしよう」
流石に明かしてはくれないか。お前持ってるだろと言いたいが。
「ああしかし、何者かが潜んでいるのであれば、見えるのではないかね?」
「ん?」
「あ、そうですよ皇子さま。そんな時期でした」
「あれ?何かあったっけ?ゲームでも……あ、あった」
言われて思い出す。対抗戦だ。
あったなぁ、学年上がった際にどれだけ一年頑張ってきたかやりあうポイント争奪試合形式のイベント。乙女ゲー版ではヒロイン当人が参加しないから空気というかそういうのがあってと例外的に攻略キャラの大半とが一同に介しているくらいであまり掘られなかったんで頭から抜けていた。
そういえば、おれはゼノなんだから参加するのか。ゲームでは明確な弱点があるからかフラグが乱数式で惨敗してたり勝ってたり激しかったんだよな。他のキャラは大体どのくらいやれたってある程度育てて優勝フラグ立ててない限りは一定なんだけど。
RTA的には……ゼノルート行くならこのイベント勝っても負けてもルート行けるし他ルートなら育成目標達成してれば勝つから何でもなかったしなぁ……忘れていた。
「……動き出した歯車は止まりはしない。では、もしも捜し者が居たならば、そろそろ馬脚を表すのではないかね。
特にそう、対抗戦は見せ付けるには良い日だ。見に来るのだろう、様々な人が。
特に、聖女の心を奪うには格好の場だ」
「え、私ちょっと嫌かな?戦闘あんまり好きじゃないし」
「わたしは行きます。怪我しちゃった人を癒やしてあげられたらって思いますし」
「あーアーニャちゃん、そういうヒロインみたいなこと言われたら私がサボるの申し訳なくなってくるからやめて?うーん、でも……」
「……僕、盛り上げるためにライブ見たいかな」
ぽつり、桜理が零す。
「……あ、それだ!」
「それで良いのかリリーナ」
「いや、私アイドル目指してるし、一回一回大事にしないと。
だってさ、ゼノ君をはじめ私達を守ろうとしてくれる人達なんだよ?蔑ろになんて出来ないって。理由があれば行くよ私」
「殊勝な言葉だ。それを何時までも吐けると良いのだがね。
さて、エルフの導き手よ、参加を表明しよう。出来ぬわけではあるまい?」
くすり、と仮面の下で男は笑った。