朝日、或いは桜色の影
今回のタイトルは既存のサクラ色とは違う表記ですが、これで正解です。サクラ色の◯◯シリーズは桜理君ちゃんの話であり、今回はちょっと血の繋がりがあるだけでサクラ・オーリリア本人とは無関係ですからサクラ表記にはなりません。
そして、翌朝。安らかな顔で眠る二人を置いてベッドを抜け出す。
気が付けばあの二人で手を繋いでおれの胸の上で緩い拘束にしていたからするっと抜けられた。
まあ、大丈夫だ。無理はあまりしない。
声が聞こえない。語りかけても脳内に何時ものように幼馴染神様の思考は流れて来ない。
妙な甘ったるさは……
「けほっ」
血を吐きそうになり、景観を汚したら文句言われるわなと苦味を喉奥に流し込む。【鮮血の気迫】……ってことは多分シュリがちょっと干渉してきたか?
というか、干渉できるんだな……いや違うか。敵対出来ない制約とか掛けられるんだ、当然可能か。寧ろ眷属化の呪い等のそれらしい要素がない始水の方が可笑しいまであるな。
とか考えて暁の空を眺めれば、横で空を見ている青年の姿が何時しかあった。今はラフな白い服、金属製の左腕……頼勇だ。
おれと同じで顔色は大分マシだろう。焦りはあるが、怒られたからな。
が、横で空を見る彼は、何処か遠くを見ている。まだ太陽の昇っていない空ではなく、虚空とでも言うべきだろう。正確に言えば、そこに無い何かを見ようとしているのに等しい。
「竪神?」
怪訝そうにおれは尋ねる。珍しい、彼がこんな表情をするなんて。
「ああ、皇子。横は大丈夫だろうか」
「勿論良いが?」
「すまない。そうだ、何かを持ってきていたら良かったが……」
と、カチャンと食器の音が鳴る。振り返ればメイド服……案外気に入ったのかホワイトブリムまで被って恐らく下着以外完全武装のエルフの媛がお盆に3つのカップを載せていた。
「どうせそんなことでしょう?」
「ノア姫!?何だか、準備が良いような……」
「あら、そうかしらね」
くすり、と少女姿のエルフは微笑んだ。ふわりと香るのはミルクの香り、それに合わせた甘い香りはさっき嗅いだシュリ毒のそれとは違う、優しい危うさのないさらりとした甘味の香りだ。確か煮詰めた果汁だっけ。
「いや、珍しい話だ」
「そうでもないわ。これくらいしないといけない相手らしいもの。ワタシだって合わせてあげる気にもなっただけ」
「言えている。たまに愚痴られてしまうほどだ」
私に言うか?と肩を竦める頼勇。主語が無いがアナの事なんだろうな。
「アナタのせいもあるとは思うわよ?」
と言いつつ、気にしてないという証のようにエルフは少しだけ背伸びを……することはなく堂々とカップを差し出す。それを受け取り青年は一口口をつけるとふぅと息を吐いた。
「……旨い」
「そうでなければ困るわね」
が、表情は柔らかい。そんなノア姫から受け取って、おれも口を付けた。昨日のハーブティーとはまた趣を異なるものにした果実茶、口に広がる爽やかながらしっかりとある甘さは恐らく薄めた果汁そのもので淹れたものだからだろうか?
「……迷いも晴れる味だな、竪神?」
「あるいは、そうかもしれないな」
「もう少し直球に褒めなさいな、回りくどい」
なんて言うが、褒めてるのは分かってるのか何も言わないエルフを横に、おれは明るくなっていく空を見上げた。
「それで、何を黄昏れてたんだ、らしくもない」
「らしくもないか。が、妙なものを見てな。疲れているのかと空を見ていた」
「妙なもの?」
「……居るはずのない、相手」
誰だ?と思わず身構える。シュリ……は居ても可笑しくはない、他の首?それとも始水の姿をパクった……
「メリッサ、皇子も知っている……だろうか?」
首を傾げられて、違ったかとゼロオメガに結びつけたのを恥じる。いや……ん?誰だ?おれが知ってる可能性がある?
となれば……
あ、恐らくは、と思い至る。
「いや、おれは竪神頼勇にも幼馴染は居たらしいくらいしか」
「……そうか。一応正解だが、ゲーム?の私はあまり語らなかったか」
そう、頼勇の故郷での知り合いだ。個人的に思い入れがあるならば、ゲームでも話題が出てきたりしたかもと思いそう言ったんだろう。
「彼女……メリッサを幼馴染と呼んでいいのかは諸説あるが、一応幼い頃に世話になった相手だ。
そのメリッサが、居た気がした」
「他人の空似じゃないのか?或いは本人……というのは有り得ないか」
「ああ、彼女は死んだ。遺品は私が預かったし、もしもそれが嘘の話だったとして、彼女はエルフ種のような長命種族ではなかった筈だ。今生きていれば30歳前後、今の私と変わらない年格好のはずが無い」
「空似については?」
が、青年はそれにも首を降る。
「そちらはあり得ない、訳では無いが……」
そうだと思い返す。
「リリーナに似ているんだったか」
「ああ。似ているといっても、性格は大きく違うが……桜色の髪に若葉色の瞳、かなり珍しい色だ」
桜色って時点で桜理やロダ兄がそうだがかなり特例だからな。神の加護入ってる証明になるからそんなもの他人の空似で無名な帝国民に居たら怖いな、恐らくは空似ではない。
「ならば実はリリーナだった?」
「何も知らない私が出逢えば、何か運命を信じたかもしれないが」
そういえば、ヒロインの外見をピンク色のにしてると頼勇の好感度に補正ちょっと入ったっけ?全体的に後半登場なだけあって素で上がり幅が高いからゲームでは他攻略対象と違いほぼ無意味なお遊び設定に近かったんだけどな。
「……難しいな」
「そうね。ワタシから言えることは一つ、多分見間違いじゃないと思うわよというだけ」
「……つまり」
「本人なのか、家族なのか、それとも敵なのか……わからないけれど恐らくは誰かが何かを計画している証よ。
ここ数日で臭うもの、この王都。まるで、アナタ達が来る寸前のエルフの森ね」
言われ、やはりなと溜め息を吐く。
ってか、今は味方ヅラしているラーワルからしてシュリが御本尊やってるしな……。いや、おれもか。
……こういう時に違いますという始水の声がないのが少しだけ寂しい。
「その人はどんな人だったんだ?」
「メリッサか。私が知っているのは、倭克に居た頃の彼女だけだ。命を落とした話などは又聞きでしかないから一面しか話せないが……」
「誰だって、その人の真実なんて分からない。だけれども語るだろ?」
「そうだな」
そうおれに頷くと、青年は一口もう一度茶を啜ると左手に目を落として語り始めた。
と、おれの手のカップが何者かにひょいと取られた。
「おっと、混ぜてもらうぜ?」
ってロダ兄!?
「アナタの分はないわ。
新しく作るから待ちなさい」