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キャンプファイヤー、或いは桃色の疑問符

オーラスを終え、片付けも終わった頃。一応皇族だしなと色々とやり終わったおれは、大きな焚き火の前に来ていた。割と定番のキャンプファイヤー、この学園でも後夜祭として行われている。

 そんな中、ぼんやりと人の視線が行かないような影で炎を眺めている少女を見つけて、おれは近くで小声をあげた。まあ、聖女だしな見つかりたくないだろう。

 

 「……名残惜しいのか、リリーナ嬢」

 「あ、ゼノ君。うん、何だかね……」

 そう告げる少女の手元にはあの時の衣装がある。本来は今回だけの衣装だ。割と勿体ないがドレスって割とそんなところがある。その時のために仕立てたから2度着ないのがしっかりしたドレスというか……

 が、だ。割り切れるものでもないよな、おれ自身もそうかと言い切れないレベルだし。特に彼女にとって、あの衣装は叶わなかった夢の象徴だろう。捨てられやしない。

 

 「……だよな」 

 「あはは、私達がやったアイドルも終わってしまうんだって思うとさ、寂しく見えるよね、あの炎」

 空元気のように笑う少女に、おれは無意識に手を差し出していた。

 

 「終わりなのか?

 別に、やれば良いだろうこの先だって。アナもアルヴィナ……は少し未知数だが、手伝ってくれるはずだぞ?」 

 「……そう、かな?」

 不安げに言われ、おれはいやいやと頷く。

 

 「……実はおれ、少しさ、君に対して警戒していたんだ」

 「え、いきなり?」

 「ただ、杞憂だと、舞台で歌う君の顔を見て漸く理解したよ。

 天光の聖女リリーナ・アグノエルの魂とは別人であっても。門谷恋として、君は確かに聖女として未来を託される可能性がある存在だった。そこそこ善良な君を転生させて、だからこそ詰ませる堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)辺りの謀略かと、疑った自分を恥じるばかりだ」

 肩を竦めて告げるおれ。実際、リリーナ嬢自身が敵対したがるとは助けてと言われたあの瞬間からこれっぽっちも思ってなかったが、この可能性は捨てきれ無かったんだよな。始水も割と過保護な神によるって言ってたが、この世界を作ってる七大天と違って害意があればとっくに滅んでるって証拠がないから信じきれなかった。カモフラージュかと疑っていた。

 

 全く、馬鹿かおれは。あれだけ人々のために歌う少女が、ちっぽけでも太陽な子が、悪意ある奴のお眼鏡に適うかよ。

 

 「……ゼノ君?」 

 いや駄目だな、心配そうに見られたら恥じるしかない。

 「兎に角だ、君次第で終わらないさリリーナ嬢」

 「……そう、かな?」

 「君が頑張ったから、そうなった」

 そう、おれは微笑む。きっとこうすべきだと思って手を差し出す。

 

 ……きっとおれは、あの日頑張ったねって言ってほしかったのだろう。それが間違っていても、始水的に言えるはず無くても。

 けれど、今は違う。リリーナ嬢がやったことに、昔のおれみたいな保身の嘘はない。

 

 「まあ、ゼノ君ありきだけどね?」

 言われ、違うよと言いかけて。

 「だからね、有り難うゼノ君。ゼノ君が集めてくれた皆が居たから、私はさ、古い夢を叶えられた」

 言葉を紡ごうとして。きゅっと目を閉じて微笑む少女を前に過去で良いのかと茶化すことは出来なかった。

 「君が、動いたからだろ」 

 「って言われてもさ、私自身は怖くて舞台を諦めた身だよ。ゼノ君が声を掛けてくれなければ、皆こんな私にまた舞台に立てるようにって手を貸してくれなかったって。

 特に、あの狐の娘とか」

 言われて苦笑する。アステールってそんなところあるよな、と頷くしかない。とはいえ、彼女もユーゴから開放されたばかり、無茶は言えないがな。

 

 「それでも動いてくれたのは、君の心に真実があったからだよ。無理なら無理と切り捨てる、特にノア姫なんかはさ」

 「……うん。そうだね」

 けれど、少し前はステージでキラキラしてた筈の少女の顔の寂しさは消えず、少女はおれを見ずに星を見上げた。

 釣られて見上げてみても、炎の明かりが星の光を霞ませてしまって、あまり綺麗じゃないが。

 

 「だから、有り難うねゼノ君」

 「おれは何も」

 「ううん。ゼノ君の頑張りだよ」

 言われ、気恥ずかしくなったおれは手の甲でかいてもいない汗を拭う。

 「そう、だったら良いな」

 「あー!今の顔、アーニャちゃんに見せてきた方が良いよ!」

 「何だそれ」

 「だってゼノ君さ、自分嫌いで肯定されたがらなくて、面倒臭いじゃん!

 それが微笑むとかレアだよレア!スチルあるよ絶対!ってか今のスチルまんま!」

 いきなり捲し立てられて、ずんと近付く距離に思わず半歩下がる。

 

 「あ、ごめんねゼノ君。つい乙女ゲームでの話を……」

 バツが悪そうに頬を掻くリリーナ嬢。が、正直言おう。

 「何か不安、あるんだろ?」

 これ、おれがたまにやる誤魔化し方だ。無理矢理吹っ切る為にオーバーになる。

 

 「……え?」

 虚を突かれたように、少女が目尻に涙を浮かべたまま固まった。軽く開いた口も閉じず、目をしばたかせる。

 

 このタイミングなら、何となく理解出来る。つまり……

 「センターやって、思うことがあったんだろ?」

 「あはは、バレちゃうか。やっぱり横で並び立つアーニャちゃん見ててさ、思ったんだ」

 「?あそこで一番輝いてたのはリリーナ嬢だろう?」

 首を傾げるおれ。

 「いやいやいやそれゼノ君が言うの!?聞かれたら泣かれるよ?」

 「そうか?」

 「……嬉しい、けどさ……」

 ぽん、と少女の肩を叩き、手に握り締めた脱いだ後の衣装……を受け取ってしまっては壊れそうだからそれはせずおれは手にとあるものを握らせる。

 

 「これは?」

 「近所の……というか学園の花壇の花で作った花束」

 まあ、おれが即座に許可出せる範囲って少ないし、四輪四種類ってくらいの本当に小さな花束だ。

 「ぷっ、なにこれ」

 「あの子だよ。ステージ中に声をあげた子。あの子が渡したいって言ってたから、作って貰った」

 「あの子が、私に……?アーニャちゃんじゃなくて?」

 「リリーナ嬢、貴族令嬢の割に他人を立てるの苦手だろ」

 言われ、少女はむっとしたように頬を膨らませた。

 

 「うぐっ!っていきなり罵倒は止めて?」

 「いや、だからこそだよ。アナは確かに凄いけど、何処までもあの子は神官寄りの子だから」

 「うんまあそうだけど、それがさっきの罵倒と」

 「七大天様に仕え、動く神の使徒。聖女って言葉にそんな雰囲気はあるけれど、アナはより直接的。龍姫様に直接代行者として浄化の水を与えられた。

 でもね、だからこそアナは主体じゃないんだ。神様の為に動く……相手を支える事が得意。だからさ、自分が中心となって輝こうとした時は君の方がより輝く」

 「……あ、そういう……」

 「君自身が自分よりアナが見える立ち位置に居たから圧倒されたように思えただけで、ちゃんとやってたよ。良く頑張れてた」

 微笑むおれ。炎の光を逆光に、火傷痕の左側が見えにくいよう調整して怖さを下げる。

 

 「……もう、そういうところだぞゼノ君」

 茶化すように微笑み返した少女は、ぽつりと言葉を零す。しっかりと左手に花束を握り締め、右手を所在無げに伸ばして。

 

 それを取るべきか悩む。リリーナ嬢が本質的に男を怖がってるのは聞いたしな。ゲームキャラだからで割り切られてた昔の方が距離近かったし、触れないべきかもしれない。

 「……本当に出来るのかな」

 「出来るさ」

 「アーニャちゃんと違って、転生者の偽物だよ?」

 「君は真性異言かもしれないけれど、偽物じゃない。本来のリリーナ・アグノエルじゃなくても、ちゃんとした聖女門谷恋だ」

 「それに、優柔不断だし……」

 思わず苦笑を返す。

 「おれに言うか、それ?別に良いだろう、決めなければならない時まで悩み続けて」

 言われた少女は暫く呆けて……口元に手を当ててくすりと笑った。

 

 「そういや、ゼノ君って女の子に対してだけ結果的に大体優柔不断だった。他はすっごく割り切ってるのにね」

 「言われると事実ながら傷付く」

 「……ズルいね、ゼノ君って。

 本物ずっと見てたら辛いしって思ってたのに。他人の事には妙に敏いところあるし、微笑まれると良いなって思う。

 ……本当に、出来るよね、私」

 「……何なら聞くか、リリーナ」

 え、と呆ける少女の手を取る。今なら取るべきな気がした。

 

 「皆に、さ。正直皆待ってるよ、主役の一人を」

 「っていうかゼノ君、手……」

 「嫌じゃない、っぽいからさ」 

 「……うん、夢を諦めたあの日から、ちょっとだけ進めた気がして。ちょっとだけ平気……

 ってそうじゃなくて!」

 顔立ちより儚げに微笑んでいた少女の頬が紅潮する。

 それを見つつ、おれは偉いよ、という嫉妬を表に出さないよう噛み殺してゆっくりと手を取ったまま歩き出す。

 

 「リリーナ嬢って呼び方か。止めた」

 「止めちゃったんだ」

 「君が何時でもおれを捨てられるように距離感を取ってた。でも、必要ない」

 「そうなの?」

 「今日、漸く君が分かった。例えばオーウェンと恋仲になるとかしたとしても、縁は切れない。ちょっと関係が変わるだけだ」

 にっ、と笑う。隻眼故に歪むのは仕方ない。

 「君は君として、尊敬すべき一人の太陽。ならば、あえて距離取る言い方は要らないだろ?」

 「……ホント、ズルだよ。リアル化ゼノ君って、卑怯だなぁ……」

 が、否定的な言い方とは裏腹に少女ははにかむのだった。

 

 「どうせなら、ね。私は私って言うなら……ゼノ君には、(れん)って呼んでほしいな。私自身はゲームのリリーナにはなりきれないし、しっくり来る」

 言われ、おれはもう片手に鋭い痛みを感じつつ頷いた。

 

 「痺れを切らしたアルヴィナが隠れておれの手を噛んでるから急ごうか。そして、人々には聖女リリーナでなきゃいけないから……言える時だけだ、行こう、(れん)

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