ライブ、或いは疑いの言葉
「えへへ、今回のは皆さんも聞き覚えありましたよね?龍姫様の聖歌の一つです」
はにかむアナ。かなりフリフリしていて、何処かシンプルさを残している何時もの神官服とは色合い自体はほぼ同じなのに見違えて見える。特に、スカート丈か。何時もはふわりと広がる膝くらいまであるそれが今は膝上10cm超えのミニさ。まあ、多分下着はそうそう見えないとは思うしその点についてはリーダー張ってるリリーナ嬢を信頼しているが、印象違うな……
なんというか……
「えっちだ……」
「お前それアナに聞こえるように言うなよエックハルト」
睨み付けて悪友へとそう言っておく。
「いいや、言うね。侵し難い神聖な雰囲気が薄れて親しみやすい可愛さが出てる。これはこれで良いって」
おまえなぁと呆れるが、言いたいことそのものはおれも分かる。キツイのか開けてる胸元以外そこまで露出がないのがアナだ。神官服なのと合わせてちょっと近付き難い触れにくいって神聖さがあった。
でも、今はあんまり無い。服がより可愛らしくなって、露出が増えて……七大天に仕える者、というより女の子って側面が強調されて見える。
まあ、流石に下品な色気なんかではないが……
そんな事を思いながら見ているおれの前で、更に曲が流れようとしたその時、空気をつんざくような声が響き渡った。
「こんなの、嘘っぱちだ!」
しん、と静まり返る講堂。聞こえた声は幼く……って聞き覚えあったぞあれ!?
思わず飛び出していこうとするおれ、が、その袖は強く何者かに握られ、動くことはなかった。
「何を」
背後を振り返りながらおれは止めた相手へと詰め寄る。それは、銀の髪をした偉丈夫……父であった。
「父さん」
「護衛か、ゼノ」
「その通りだ」
「……たまにはやらせてやれ。此処で出ていけばその場は収められるだろう。が、それで何になる?その場その場の対処ばかりを考えて、叫ぶ者の心に寄り添いきれんか、馬鹿息子。
少しは己の嫁を信じてやれ」
呆れたように言われ、おれは飛び出そうとした脚に掛けた力を緩めた。
が、それでも……と思い壇上を見る。ちょっと横目でこっちを見たリリーナ嬢とアナが、大丈夫だと言いたそうに軽く手を降ってみせたのを確認して、完全におれは力を抜いた。
任せていいと当人まで言うなら、妨害を止めるのはおれの仕事だがサボって良いだろう。
「皆さん、その子を見つけたとして……傷つけるのは止めて下さい」
強い語気。拡がるオーロラの翼に気圧されて、言葉を発した幼い少年を囲んで居た人々はその拳を抑えた……っぽい。舞台袖からだからどうしても良く見えないが……
というかアナ、そこまでやるのか……と青白のフリルミニスカートなライブ衣装にオーロラの龍翼まで生やして聖女としての本領を出したアナを見守る。
「えへへ、どうしてわたし達に向けてあんなこと言ったのか、教えてくれますか?」
そう優しく微笑まれ、注目の的になった少年は萎縮する。それをおれはこそっとアルヴィナが光源を弱めてくれたので舞台袖の暗がりから顔を出して眺めていた。
「……けど」
「言って良いんです。わたし達のライブを止めてでも言いたいことなら、寧ろ知りたいです」
手を伸ばされ、昨日来てた少年は意を決したように拳を握った。
「……昨日、父ちゃんが死んだ」
「そう、ですか」
「……父ちゃん、国のために働いて、頑張って、最近は大変だって帰ってくることも少なくて……」
耳が痛い。本当は、おれ達が学園生活してるのだって可笑しいのだ。それでも、少しでもこの世界を好きになれるように、楽しめるようにっておれ達側が無理を言って聖女様達を学生という青春を過ごせる身分に押し込めている。
そのしわ寄せは、決して0じゃない。
「昨日見た父ちゃんは、身体の半分が凍って、苦しんだ顔で眠ってた。
……なのに!聖女様方はこんなことしてる!嘘っぱちだ!
嘘っぱち……じゃんか。呪いを祓い世界を救うって……皆のために頑張った父ちゃんすら救わないで!こんな人気取り……なんか、して……っ」
乱高下する声音。怒号のように叫べば、次の瞬間に涙ぐむ。本人すら感情を理解しきれていないのだろう。
けれど、その言葉はかつておれ達がトリトニスで言われた事にも似ていて。何よりも真実で。
「思い上がるな、馬鹿息子。己達がすべきは感謝だ、後悔ではない」
唇を噛むおれを背後からとてつもない威圧と実際に脳天に振るわれる拳が襲う。
避けは……出来た。加減してかそれほど早くはない。それでも、おれはそれを受けて地に沈む。否定は、したくなかった。
それでも、銀の聖女は……あの日おれの横で沈痛な面持ちをしていたあの子は、今回は何処までも優しげに目尻を下げて、しかしながら真剣に少年の顔を見据えていた。
「……はい、そうです。わたしだって、人間です。助けてあげられない人だって居ます。
だってわたしは、大好きな人にすら、ちゃんとこの手を届かせられてないです。助けてあげたくて、それでも一人じゃ足りないんです。完璧なんかじゃないから、貴方のお父さんだって助けられなかった」
後悔するように告げる言葉。それでも、銀の髪を揺らす少女の顔に一切の曇りはない。
「完璧じゃありません。さっき皆さんも見た……ってわたしは信じてますけど、わたしはあの不思議な化け物を倒せたりなんてしません」
「……伝説の、嘘つき」
「でも、それは嘘じゃありませんよ?」
優しく、少女は胸元で手を組む。
「えへへ、さっき見たように、戦ってくれる人が居ます。皆さんを、世界を、守る為に命を、何もかもを燃やす人たちが居ます。
わたしは、聖女は、何でもは出来なくても。出来ることを、皆がやってくれるんです。この力はそれを支えられるだけなんです」
きゅっ、と。少女は己の手を組む。その握られた手に、ふわりと他の手が添えられた。
「ボクは、完璧……と思いたいけど。残念ながら、まだ、無理」
「そうだね、私も似た思い」
「救えない人だって居て、それでも貴方みたいな人も、前を向けるように。それがわたし達ですから」
「ごめんね、全員救えたら良かったんだけど、私達だってちょっと特別な力を神様から借りて人より多くに手が届くだけの単なる人間だから。
だから!せめて多くに届くように!少しの勇気でも、君にあげてまた立てるように!いっくよー!」
リリーナ嬢が振り上げる手と共に、音楽が鳴り響く。
それを見ておれは、こういう点では本当に勝てないな、と。コイツさぁと友人に冷たい目をされながら笑っていた。
「言ったろう、嫁くらいしんじてやれとな
それにだ、心に刻むのはお前自身もだ馬鹿息子。己達は単なる人に過ぎない、国など一人でどうにかなるものではない。
だから、神を気取るな、罪と背負うな。後悔する前に、それでも共に戦おうとしてくれた相手に抱くべきは感謝だ」
「……皇帝陛下、皇子に言い過ぎては歌が聞こえないかと」
「……そうだな、出過ぎた」
ぽつりと告げる頼勇に笑って、父は力を緩める。
少年はもう、何も言わなかった。ただ、貰ったろう光る棒を小さく振り、意思を示す。
ライブは謎のアンコール合唱を挟んで、体感約30分くらい本来の終了時間を押した。
……駄目じゃないかそれ!?




