入れ替え、或いは寝耳に水
「……リリーナ嬢?」
息を切らせて飛び込んできた少女を見て、桜理と竜胆が微妙な距離感で喋っているのをいざとなれば止めに入ると横目で確認しながらアナと共に絵を眺めていたおれは怪訝そうに眉を潜めた。
時計を……と見上げようとしたら横でアナが教会謹製の懐中時計を取り出していたのでそれを確認。結構時間は経っていたが、何を焦るのだろう
あまり時間を取らないものをもう一つくらい回ってから行けば、アナ達の出し物……天津甕星の衣装と最後の発生合わせには十分間に合うだろう。いや、聖女様に握手して欲しい!って入口でリリーナ嬢がやってたような握手会を求められたら厳しくなるが、明確に用事があるからな。それこそおれが抱えて壁蹴りしつつ空の道を行けば良い訳だ。
「有り難う、けれどまだ時間はあるんじゃないかリリーナ嬢?
アナを呼ぶのは」
「ち、違うよゼノ君!呼びに来たのはゼノ君の方!」
びしっ!と指差されて、おれはは?と首を傾げた。
「おれ?何か事件でも」
「事件じゃないよゼノ君!でも、でもっ!
私もそろそろかんっぺきに衣装を合わせようと思って行ったところで知ったんだけど……」
……要点が掴めない。
「みんなが聖女様のLIVEこそ一番の目玉!って騒いで署名集めてさ。
今日、順番変わっちゃってたんだよ!」
ぶんぶんと手を上下に振ってアピールする桃色聖女。が、言ってることが……
いや待て?
と、遠巻きに見てるこの展示の人を見れば、不思議そうに見返してきた。
「すまないが君、聖女様の歌唱には行くか?」
「はい、席取れたんです!」
ぱあっと明るく頷くおれと同い年の少年。そのポケットから取り出される整理券。
そう、流石に聖女二人が歌うとなれば大混雑と幾多のトラブルが予想される。だからあの出し物に限り、椅子置いて席指定をする事にしてあるのだ。
ちなみに劇は特に子供たちが見やすいようにカーペット敷いて完全自由席。ちゃんとした劇場での観劇って高いしな、気楽に見やすく調整してやりたいが、聖女ライブでそれをやればドミノ倒し必死だろう。
で、当日席指定の整理券を配った訳だが……可笑しなものが付いてるな?
「席番号の後ろのその紙は?」
「?」
首を傾げつつ見せてくれる少年が翳すそれを見るおれ。何でも、時間が例年大トリである卒業生ゲストの出し物と入れ替わる旨が……
……待て!?
「アナ、知ってたか?」
「えっと、今日の朝早くに放送聞いた……気がするんですけど、あの時わたしちょっと龍姫様に祈りを捧げててちゃんと聞いてなかったです」
言われて理解する。多分放送されてたけど、ギリッギリまで脱出ゲーム故にあまり外部と音が響き合わないよう桜理に頼んで防音魔法掛けてたあの教室閉め切って出し物を改造する作業に勤しんでたから放送の存在すら気が付かなかった訳だなおれ?
アルヴィナ等も手伝ってくれてたから知らず、ノア姫……は多分流石に知ってるでしょと特に言葉にしなかった……わけじゃないな。多分妹と狩りに行って仕込みにと忙しくしてたから知らないと。
「っ、と」
リリーナ嬢がバァン!と横開きに開いたままの扉を、その先を見据える。
「ご、ごめん僕がちゃんと」
「いやいや、オーウェン君のせいって部分あるこれ!?」
「そうだなオーウェン。君はやるべき事をやってた。それを悪用して変なことを仕掛けた奴が居るだけだ」
って、多分これも反おれ派閥がかけた迷惑の一種なんだろうなと頭が痛くなる。
ひょっとしてだが、安易に敵を作り過ぎだろうか、おれ?今回は洒落にならないというか、おれ以外に被害範囲が大きい。
「……と、逃げるなよ竜胆?」
おれの混乱に乗じてかこそこそとした態度で視界から外れようとした馬鹿を首根っこ掴んで確保。
「の、伸びるけど?女の子にこんなん責任ものだばーか!」
「責任なら取るが、お前も責任は果たせ逃げるな」
……分かってる。許されたいから、甘くなってることは。
かつて何とも出来なかった相手を、今更変えた良い気になってるだけだって、自分で知ってる。
が、だからどうした?それでもやると決めたのだから。
「……せめて、見ていけ。お前は見るべきだ」
言いつつ、おれは金髪少女の胸元のポケットにずっと持ってた券を捩じ込んだ。
「……何これ」
「チケットだ。呼んだおれ向けに伝統として渡されてはいるが、今回おれは出演する側になってしまったから余るんだよ」