絵画、或いは望まぬ再会たち
そうして、アナに手を引かれてやって来たのは幾つもの教室が並ぶ中の一つであった。二つ隣は部屋を複数使ってのメイド喫茶で、向こうの方はお化け屋敷。喧騒に囲まれた割に閑静なそこは扉を開いており、けれども正直言って寂れている。いや、学園祭なんだし寂れてるとかどうでもいいっちゃ良いんだが、もう少し折角多分頑張った展示なら人が来てて欲しいものだ。
って、おれが言っても仕方ないな、と部屋に入る。此処は普通の展示らしく、チケットは不要だ。まあ、他の展示でも超簡素とはいえ魔導具作ろう会とかでなければ基本的に金要らないものな。
いや、金取ってたボードゲーム研究会の展示あった気がするが、あそこはもう半ば排他的というか父さんの時代から当日もほぼ内輪でボードゲームやってるだけの場所らしいし無視。実際例年ほぼポイント入ってないレベルに寂れてた筈だが、気にしてるという話は聞いたことがない。あれでも60年の歴史あるグループなんだが……
そんなおれは、言葉を喪った。
眼の前に拡がるのは広大な雲海。2つの太陽が左右に煌めき、何処までも広いそれは……
「……あれ?」
が、思い出す。これは天空山に関する有名な絵だ。途中で筆を落とした画家が不貞寝してたら天狼が拾ってきてくれてたってあの逸話の人が描いたものだ。
勿論プロの作品であり、ぶっちゃけると今は王城の広間の一つに飾られている。見たければ騎士団に言って拝観料を払えば翌日以降に見せてもらえるシステムだ。
というか、良く見れば本物じゃないなこれ。しっかり良く描けてこそいるが、本物はもっと雲の描き方に特徴がある。
「ふふっ、どうですか皇子さま?」
「これ模写か?」
「……あ、皇子さまのお城にあるんですもんね、分かっちゃいましたか」
みるみる萎れるサイドテール。笑顔は浮かべていても、何が嬉しいのか微かに身体が動いていたからそれに合わせて楽しげに揺れていた髪の動きが止まる。
「わたしは凄いなって思って、皇子さまにも見せたかったんですけど……」
「いや、懐かしい光景だから嬉しいよ。城にあっても、何時も見てる訳じゃないし」
なにより、とおれは少女を慰めるように笑顔を貼り付けて続けた。
「この光景、ずっと見てないから。君とも一応見たのに」
天空山には訪れても、登ることはほぼ無い。母狼の祈りはこの手にあって。己に魂であり力の根幹とも言える角を託してくれた彼等の為にも、今はまだ、彼処に登りたくはない。あの場所にまた立ち入るには、おれは託された役目を果たしていないから。何より千剣の座にまで行ってもおれに哮雷の剣とか抜けるはずもないしな、七天の座を侵す意味もないだろう。
「また、見れたら……っていうには、わたしにはあの場所辛すぎましたけどね!?」
けほけほとわざとらしく咳き込む銀髪の少女にそうだっけとおれは目を閉じて。
……うん、空気は薄いし雷の魔力で常に静電気纏ってて肌がピリピリするし、宇宙だろ此処って言いたくなる割に魔力で重力強い場所多いしで修行向けだがまともに暮らすには辛い場所だったな、と理解しておれは頷いた。
いや、良い場所なんだぞ?おれみたいに一般人じゃなくかつ天狼相手に無礼を働かなければ、だが。
「……そうだっけ?」
「もう、忘れないで下さい皇子さま」
ぽかっとおれの腕を叩く拳は握られてすらいなくて、笑い合いながら横を見れば……
あ、微妙そうな顔。
其処には、助けを求めるように伸ばした手を引っ込める黒髪に桜の一房の少年と……その彼を見て憮然とした顔の脱色金髪少女が居た。
そう、早坂桜理と竜胆佑胡である。いや何で二人して居るんだ!?前世では苛められっ子と虐めてた側だし、別に特別和解するような時間は無かったろうが……
「オーウェン?」
「あ、もし次に行くならぼ、僕も連れてって貰えたりするかな?」
慌てたように、何か話に絡めればそれで良いとでも言いたげに、ちょっと急な切り口で少年が言葉を紡ぐ。ってか吃ってるぞ桜理?
「いや、機会があればな?」
良い機会かもしれない、魔力制御的に。転生特典か知らないが、本人の資質も重力方面なんだよな桜理。その鍛錬には使えそうだ。
「で、あーしは無視?」
と、そんな中に割って入ってくるのは金髪少女。胸元が……空いてないな、イメージと違う。
いや、とおれは内心で頭を振る。表には出さない。
何というか、前世の竜胆佑胡って自分の周囲に人が居てくれるには自分が凄くないとって思ってたっぽいからな。胸元開けてたのも、本人のやりたい事というより谷間が見えてたら男子がちやほやしてくれる、認めてくれるって心境だったんだろうな。
なら、そうじゃないだろという今はもうわざわざ胸元晒さないか。
「無視してないさ、リンドー。単にオーウェンの方を優先したほうが良い、それだけだよ」
言い方を何処となくカタコトっぽく、おれは肩を竦めた。
「……それで、リンドーはどうしてオーウェンと?」
桜理との間に入るおれ。割と当たり前だが、どうやら親しく話してた……訳ではないようだ。多分だが、鉢合わせして気不味いなーって時におれが来たから助けを求められたって所だな。
「あーしが居ちゃ悪い?そっちが招待したの、覚えてないのバーカ」
からかうように告げる少女の腕に、けれども黒鉄の時計はない。隠してるだけか?と思ったが、良く見れば何時もはしてるだろう場所に時計型の凍傷が見て取れる。金属ベルトの形にくっきりと、だ。
ってことは、本気で無理に外してるなこれ。敵意無いアピールに必死だ。
「アナ」
「どうしました皇子さま?」
「暖かいタオルでも用意してくれ」
はい!と破顔した少女は、しかしおれの視線の先を見て意図に気が付いたのか少し表情を曇らせる。
「皇子さま、自業自得っていうのもありますけど」
「その通りの自業自得。でも、おれ自身はわざわざ報いを受けて来た事に、敬意を払いたいんだ」
「……赦すんだ」
ぽけっと言われて、隻眼でその顔を見据える。
「おれ以外も赦すと思い上がってんのか、竜胆」
「ひゅっ」
……いや、睨んでどうする、おれ。おれは許す、そう決めたろう。
「……わたしは、今も嫌ですけど。皇子さまを信じますから」
「僕も、同じく」
と、アナが出した水を桜理が渡している間に、軽く湯気を立てるタオルを銀の少女が腕に巻く。大人しく、金髪のかつての敵はそれを受け入れていた。
……凍ら、ないな。
転生者の力は正直おれにも良く分からない。アルビオンパーツで制御してる精霊結晶は気を抜いておれ自身一部凍ったって事故なら多発している。何なら今も脇腹凍りかけてる。その為、実はアナが触れたら暴走するかと危惧していたが、構える必要は無かったようだ。
「と、あまり無駄話だけしてても困るな」
と、切り替えるように言って、おれは絵画を眺めた。
「アナはこれを見せたかったのか?あの絵の模写を展示してるって」