喧騒、或いは潰された希望
「あー、面白かった。昨日の脱出ゲーム?ってのはキョーミ無かったけど、何でやってくれなかったのさ忌み子にーちゃん」
って、目を輝かせ赤黒の肩掛けポーチから昨日取ったあのブリキ人形を取り出して振りながら、少年は興奮気味に告げた。
そう、楽しませようとしたのは良いんだが少年を連れて回る場所に困って、とりあえずとおれ達の展示に連れてったらこれである。目の輝きが違う。
いや、ノア姫の店である喫茶NOAの時もスゲーってワクワクが抑えきれなさそうな輝きを湛えてはいたが……、昨日のあの縁日より楽しそうで、ちょっぴり複雑だ。力を入れたあれこれより、人気に便乗したほうが良いってちょっとな……
「やれることはやって、複雑なものを出してみたい、それも青春の一種なんだ。きっと君にも、もう少し成長すれば分かる日が来るよ。大変だから楽しいって感覚」
と、微笑んでおれはふと、大きな建物の一階の壁、何時もなら何らかの活動をやりたい生徒達が各々募集やらを貼り出す其処に掛けられたボードを見た。
「すっげ、キラキラ光ってく」
横で少年が呟くが、確かにボードには光の粒が上から降り積もる雪のように溜まっていくような光景が広がっている。
何かというと……投票でアレット達とやり合うって啖呵切ったが、その投票結果を見れる奴だな。アイリス製で、魔力でリアルタイム反映。少年の目線は……喫茶NOAの票数の方を見てるな。いやおれ達じゃないのかとなるが、まあ良い。
「あれ?あんだけ美味くてスゲーのに、何か光そんなに無い?」
こてんと首を傾げる少年に頷く。
「エルフのプライドに適うだけの対応を……今回の場合は具体的には金とマナーを護ることを出来る事を求めてるからね。そもそも、おれ達も結構な時間居たけど、あの場所って利用できる席も少なかったろ?
行った人全員がノア姫に投票したとしても、上位には来ないよ」
と、解説しながらおれも首を傾げた。数個横にはおれ達の出し物の票が貼られてたりする。まあ、それなりレベルかな……な票数は取れてるんだが、心許ない。というか、現在一番票数多いのがまだやってすらいない聖女達の舞台歌唱って時点で何なんだろうな今年の学園祭……
というか、何か違和感がないか?
と思ったその時、遠くから反響するように微かな怒号がおれの耳に届いた。
「……すまないが」
「おっと、俺様の出番かワンちゃん?お目々キラキラ少年はヒーローに御執心らしいし、ちょっぴり裏側見るか?」
「助かる!」
と、ひょいと都合良く現れたロダ兄(頭の上に犬耳がないし翼もないので猿アバター分身だな)に引いていた少年の手を預けて、大丈夫と頭をポンと一度撫でる。
ということで、あの一瞬の怒号から方向を把握し、そちらへと一気に跳躍、祭を楽しむ人々の頭の上を飛び越えて……
「月花迅雷よ!」
人が多すぎてあまりにも助走距離が足りてない!流石に素のおれでは空を蹴っても大量の人を飛び越えきって四階建ての建物の屋上には届ききらない。壁さえ蹴っていいなら届くが、この壁には聖女様方が歌いますよと宣伝の垂れ幕が掛かっているし、これを蹴ったら周囲から殺される。
ということで、愛刀を手元に呼び出して、こんな事に使うのも心苦しいがと内心で誤りながら微かに刀身を晒せば、溜まった雷が周囲へと迸る。人々には当たらないように拡散しないそれを何時もの靴で足場にしてもう一度跳躍、屋上を超えて更に上から周囲を見回す。
……居た!
「楓雅雪歌」
流石に愛刀ありきの強化アレンジ伝哮雪歌は使わず、愛刀を鞘に収めて架空の刀での踏み込み刺突。師匠から習った技術そのままの技で上空から、言い争い?をしている人々のところに着地、勢いを殺しきれずに数cm程度地面を滑って割って入る。
「……祭の最中に何事だ?」
「あ、皇子さま!」
……凄く聞き覚えのある声がする。うん、アナだな。
と理解して振り返らず、何故かは知らないが数人の前で怒号を受けていた少女を背中に庇い、わざと何時ものコートの留め具を外して腕の動きで大きく拡げ、目線を切る。
「はっ!黒幕のご登場かよ」
が、おれの耳に届いたのは、そんな言葉だった。
「ま、まあ……」
見れば、おれから見て左手側にいたせいで隻眼の死角に入っていたアレットが何人かの生徒を宥めている。
「黒幕とは何だ?」
「知ってんだろ!卑怯者が!
あーあ、流石は忌み子、まともに戦わず不意討ちかよ」
「違います、皇子さまは……」
「待ってくれ、事情が掴めない」
『ルゥ!』
と、吠えるアウィル、居たのかアウィル。となると、此処はふれあい広場ってアウィル借りてったアレット達の出し物のところだな。
「アウィルは貸した、特に仕込みはしていないはずだが」
「何言ってるんだ、投票されるに値しないって脱落させておいて!」
顔を真っ赤にして、何かを投げつけて来る青年。避けたらアナに当たるかもしれないが、流石に受けてやる気にもならない、と思った刹那、アウィルが放ったろう空から降ってきた赤い雷がその何かを焼き尽くした。
「……おれは何もしてないが?」
「お前だろ、クールで突き放すようで、でもちゃんと相手を見てくれてるノアちゃん先生が自分でいきなりあんな……」
もう一人が拳を握り締め、血の涙でも流しそうに目をくわっと見開いて叫ぶ。
……ノア姫ぇっ!?
漸くさっきの違和感を理解した。ノア姫の喫茶NOAに投票が出来るようになってたあのボードだが、実は制作者のアイリスによれば細長いボードを横に連結させているものらしい。だから、昨日はずっとおれ達に手を貸してくれてたアイリスにボードを改修する時間はない以上、一個元々あった投票先が消えてるって事になる。
そして、投票のポイントで勝負と言ってたこのふれあい広場が消されてた、という訳だ。
「えっと、『元々人に慣れてて襲ったり問題を起こさない賢い動物さん達を借りて集めただけで、学園祭の出し物として生徒達が目標のためにまともに動いていないから失格』って、確かにノアさんちょっとばっさり切り捨て過ぎですけど……」
アナのフォローの言葉で状況は大体分かった。喫茶NOAのをやって貰うに当たって、学園側……というかシルヴェール兄さんもおれの啖呵とか知ってるし出し物が受けは狙えるが他人任せ過ぎたので投票対象としてのふれあい広場を潰す話が通ってしまった、と。
『勝負の土俵に立ちもしない相手と戦ってあげる義理なんて必要無いわよ』と諭すノア姫の声が聞こえてきそうだ。あのエルフの媛ならやる。
……寧ろ、別のものが入るからという名分が出来るから喫茶を引き受けた?のは考えすぎか。
はぁ、と溜め息を吐く。おれが仕掛けた訳では無いが……ノア姫の言いたいことは分かるし、彼等が怒りを顕にするのも仕方ないだろう。
「アレット」
なので、彼らの中では一番話を通しやすいくらいに知り合いの少女を呼ぶ。
「……聖女様を長らく引き止めては、皇族と同じ」
苦々しげな言葉に、肩を竦める。
「アレット!」
「でも!エックハルト様達の頑張りを卑怯な手で潰したし、文句は……文句はっ!」
「アウィル、行こうか」
あまり長居しても、良いことはない。おれが顔を見せてるだけで文句の一つや二つ言いたくなるのだろう。ならば、とっとと去るが吉。
「……アナ、行こう。彼等には、言葉よりきっと己の中で割り切る時間の方が必要だから」
「……あ、はい。
でも、本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。言いたいことも言えずに周囲に当たるなんて、おれもよくやってたまだまだ割り切れてない証拠だから」




