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シェフ、或いはエルフの不安

「座ってくれるかな?ずっと立ってると邪魔になるから」 

 言われ、空いている席を引いて座る。

 

 ……あれ?ノア姫の声じゃないな?

 と思えば、横で連れ回すことになった少年がスッゲーと目をキラキラさせていた。

 「にーちゃんにーちゃん!耳とんがってる!」

 「幻獣、エルフ種だからな。女神様に近い姿をしてるから耳が長くて尖ってるんだ」

 「おっぱいでけー!」

 ぶっ!と無邪気な発言に慌ててちょっと周囲の空気をと説教に入り、そこで漸く違和感を理解した。

 

 喫茶店の内部は講堂の改造……というか一日限りの学祭用なので完全流用。椅子はそのままだしテーブルには一応クリーム色のクロスが敷かれているってくらい。厨房と呼べるほどの大規模な設備は無く、衝立で仕切りを作ってこの先厨房と扱ってるだけっぽいな。

 大体は既に完成した料理を更に取り分けて出してくれるスタイルのようだ。カップスープを飲んでいる人達が居るが、煮てる様子は無いしな。

 

 ってあの人達、うちの宰相の妻とじゃないかと気が付いて軽く会釈して礼をする。が、一瞥を向けると冷めた視線で無視された。

 まあ、仕方はない。孤児院絡みとかで宰相には迷惑をかけてきたから、その家族からのおれの評判はゴミだろう。

 

 「でで、この子どこの子?」

 と、気さくに話しかけてくる(店員としてはどうかとは思うが、周囲を見る限り反応は悪くなさそうだ。別にプロの給仕意識を求める場所でもないしな)のはメイド服に身を包んだエルフの少女。

 ノア姫より頭一つ分背が高く、サイズ合わなかったのかほんの少し緩い胸元をかなりデカい黄色いリボンで誤魔化している彼女の名はリリーナ。あ、桃色聖女じゃなくリリーナ・ミュルクヴィズ、ノア姫の妹だ。リリーナの名前から分かる通り、もしかしたらゲームで言われる聖女になってたかもしれない候補のエルフの子。

 原作だと多分咎のせいでギャルっぽく肌が褐色気味になってた筈だがこの世界ではノア姫並に白い。

 

 ……って待て?原作だと咎になるのか?

 『ああ、彼女に聖女の役目が渡った可能性の世界ではそうですよ兄さん。人間達を特別視することへのケジメレベルなので、そんなに黒くはなりませんけれど。他のエルフと変えて特別感出したかっただけ、と当神は言うでしょう』

 ……神様が補足してくれた。気にはなるけど、今此処で長々と始水の話を聞いてても周囲が困るから後で聞こう。

 

 『因みにですが、私があの子に託したように、聖女の力は人に与えることこそ出来ますが複数人にほいと渡せるものではありません。其処は勘違いしないで下さいね。

 兄さん、今からでも聖女三人目、とかは不可能です』

 まあ、それはそうだろう。第一ゲームでは聖女のグラフィック3種類あるけど、それはそれとして武器とかは同じだしな。ソシャゲ版ではイラスト毎に細かい設定の差とか語られたらしいし使用武器にも差があったりするだろうが、流石に七天御物の繚乱の弓(ガーンデーヴァ)まで本来の天光の杖と一緒に持ってる訳じゃないだろう。おれみたいに轟火の剣を二刀流で振り回すような活用は無理だしな。

 

 なんて何時までも考えていても仕方はない。気持ちを切り替えて、置かれた綺麗に整った二つ折りのメニューを開く。飛び込んでくるのは文字列。美麗で、まるで芸術品のようだがこれノア姫の手書きだな。

 

 値段については書き慣れていないのか、メニュー内容よりは少し辿々しい。そして書かれる値段はといえば、ちゃんと学祭に合わせてチケット表記ではあるのだが……うーん、凄いなこれ。

 「何か、食べたいのはあるかな?」

 ガチガチになった少年に聞けば、頭を横に振られる。

 「遠慮しなくていいよ」

 「じゃなくて、忌み子の兄ちゃん……

 難しくて読めない」

 言われて、ああそうかとおれは苦笑する。

 

 流石はノア姫、一流シェフ面が良く似合うっていうか、貴族の邸宅で出される小洒落た料理みたいな名前で料理名は書かれているからな。雷光鮎と茸と香草の炙りチーズリエットとか言われても何だそれ?としかならないだろう。

 ちなみに、これは香草や茸と共に脂も多めに煮込んで肉を細かく解したコンビーフみたいな食べ物だ。更にこれをバゲットのような硬めのパンを切って上に乗せ、軽く炙ったものが皿に載って提供される。始水曰く本来は豚肉でやるらしいが、今日提供されてるのはそれより少しさっぱりした魚肉使用、最後にチーズでアクセントを用意している。

 

 うん、一般人に馴染みとか無いだろこれ。ちなみに、二切れチケット2枚で、これが飲み物以外の最低値だ、周囲の出し物と比べて値段が違う。

 

 「ノア姫のおすすめを2人分」

 ってことで、おれ自身庭園会なんかで無知を晒さないように知識だけ頭に突っ込んだに等しい。無難な注文に逃げることにした。

 「お姉ちゃーん!あの人からオススメー!」

 なんて元気な声を聞きながら、おれは本当に今もガチガチな少年に向けて即座に持ってこられたオススメ品のキイチゴのジュース(なお、これだけでちゃんと1枚チケット取られる)の細長いワイングラスを差し出した。

 

 と、そんなこんなでおれ向けには5品目、子供には削って3品とおれより豪華に二色盛りとミントにキイチゴが添えられたジェラートを持ってこられた料理は二人で食べ終えて、おれはチケットの束を捲っていた。

 

 「さて、この子甘いからワタシがしっかりと払って貰うわ」

 なんて、眼の前でおれを見上げるエルフの紅玉の瞳に見据えられながら、しっかりと一枚一枚誤魔化さずに数えていく。

 いやまあ、ノア姫お金とかおんまり気にしないというか使わないし、誤魔化そうと思えばいけるだろうが、失望されるだけで良いこと無いしな。こんなたけーの?と震える少年にこういうものと頭をぽんぽんと叩いて、おれは数え終わったチケットを差し出した。

 しめて2.7ディンギル、日本で言えば3万行かない程度である。8品とデザート、そしてドリンク2本でこれはまあ、始水に連れ回された店でもそうはないレベルというか……5万と言われて二度と止めてくれってなった一回だけだな、うん。

 つまりは凄い高級店レベルなんだが、人の入りは絶えない。おれ達が立った席を清掃したら、エルフのリリーナが次を案内していた。

 

 「ええ、ちょうど。

 ……一つだけ聞くわ、これ、高いかしら?」

 不意に、そう問われ……おれは自然に頷いた。

 「高いよ」

 「そう、どうしてそう思ったのかしら?」

 その声は、普段と変わりないかのように聞こえて……けれども、少しの震えがあるように、おれには思えた。

 

 「ノア姫は、それだけの価値を用意したと思えたからこの価格にしたんだろ?

 なら、見合った値を用意したら高いに決まってる」

 「ええ、合格。エルフ学の単位は与えたままで良いようね」

 その声は茶化すようで、けれども、緩むエルフの頬に差す朱色はきっと、冗談だけでは無かったのだろう。

 

 「……そんな立派な生徒にもう一つ聞くわ。何が一番だったのかしらね?」

 表情から欠片の不安を消して不敵に笑うコック帽のエルフに、おれは軽く笑って手を振った。

 

 「メインだよ。エルフ伝統の血まで使う、野鳥の味の癖を和らげるソースの甘みの中に血の苦みが野性味として入った味わいは、やっぱり普通の人間じゃ作れないからさ。

 じゃあ、行こうか。御馳走様、ノア姫、また今度、リリーナさん」

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