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奴隷、或いは教師

「……これはこれは、皇帝陛下」

 奴隷市場の更に奥の奥。

 裏方、奴隷を置いておくための場所の一つ。


 そこまでおれを連れてきた父の存在に気が付いたのか、奴隷商の男が目を見開く。

 

 「あのエルフの少女につきましては」

 「終わったことだ。魅了に対して抵抗出来なかったのだろう?それは仕方の無い事。今は大事にならなかった事を喜べ」

 「では、あの事についてではないと?」


 周囲を見回すが、あまり良い奴隷は居ない。

 当然だ。此処は地下なのだから。日の当たらぬ暗がり。カビ臭さすら感じるこの場所は、人の暮らすような場所ではない。

 奴隷だって人だ。何なら売り物だ。ニホンでの一般的な奴隷への認識とは異なり、こんな暗がりに繋がれているような奴隷は少ない。

 どうして、奴隷自体は認められているというのに好き好んでこんな不衛生な場所に閉じ込めて、貴重な売り物を自分で病気にするような商人が居るだろう。

 こんな場所に置いておくとしたら、何らかの理由で(例えば違法に拐ってきた貴族の子弟だとか)表に出せない奴隷か、さもなくば……売れないと判断されたゴミ扱いか。

 

 「父さん、どうしてこんな場所に」

 「お前のための奴隷を買いに来た」

 「冗談は止めてくれ。アルヴィナが待ってる」

 今も頭の上に居るアイリスを通してどうなったか聞いてみたところ、今はおれは居ないなら待つと大人しく本を読んでいるらしい。

 けれども、おれを訪ねてきたのだ。長く待たせたくはない。

 

 「ここは、真っ当な奴隷が居るとは思えないんだけど」

 一応、場所としてはオークション会場の近く。一旦此処に今回オークションする奴隷を集めたという事はあるかもしれないが、その奴隷等は全員値が付いて売れてしまった。もう残ってはいない。


 「ああ、そうだな」

 「ええ、私共は法に則り、清く正しく運営している潔白な奴隷商ですので」

 「ふっ。奴隷商売そのものが清いかは疑問符が付くがな。

 少なくとも、下手な嘘は付いていないだろう」

 「では、何故(なにゆえ)?此処には陛下に見られて困るようなものは何一つ」

 「その通りだ父さん。父さんが買ってくれるというのは嬉しいけど、それはそれとしておれは早くアルヴィナのところに戻る必要がある。あまり無関係のものを見るのは」

 「阿呆」

 おれの言葉を遮り、ひょいとおれの首を掴む手を緩め、父たる皇帝はおれを下ろして一喝する。

 

 「お前、真っ当な奴隷なんぞ買ってやっても何だかんだ理由付けて手放すだろう」

 「あ、あはは」

 乾いた笑いをあげて誤魔化す。

 おれが今日買った奴隷は三人。全員既に自由の身だ。フォースの姉二人は違うけど、結婚は実質奴隷から自由の身と言って良いだろう。

 否定できない。割と本気で。

 

 「だから此処に来た。

 お前が手離せないような奴隷なら、相応の態度を示すだろう」

 「というか父さん、何でおれに奴隷なんか買うんだ?

 おれはそもそも、奴隷なんて持てないのに」

 「持てる持てないではない。態度の問題だ。

 別に良いよと甘い顔しすぎて専属メイドに金蔓と舐め腐られている皇族なんてお前くらいだ馬鹿息子。もう少し舐められん態度を取れるように練習しろ、皇位継承者の自覚があるのか貴様」


 「おれはアイリス擁立派だから。おれが皇帝になんてなったらこの国は終わりだろうし、皇位継承権は持っているだけだ」

 「確かに終わりだが、それを親の前で言うな馬鹿息子」

 

 言うだけ言って、父は少し太った商人へと向き直る。

 「ということで、もう少しこの馬鹿に自覚を持たせるため、上下関係のはっきりした奴隷をこいつに付けることにした。

 売り物にならん奴で良い。その方がこいつ向きだ」

 割と酷いことを言いつつ、父は辺りを見回す。


 「故に此処に来た。見せてくれるな、商人?」

 「そういうことでしたら」

 

 そうして、早々と三人の奴隷が、おれの前に並べられた。

 「アイリス、お前も欲しいならば買うが」

 「なーご」

 興味ないとばかり一声鳴いて、三毛猫はおれの頭で丸くなる。


 「だそうだ、しっかり選べ、馬鹿息子」

 父に言われ、三人を見る。

 

 「商人さん。三人がどういう経緯で此処に居るのか教えてくれないか」

 そして、まずは一番左の少年を見る。


 大きな怪我を負った、まだまだ若い少年。年の頃は15~16。野性的な顔立ちと襤褸から覗く腕の筋肉が割と鍛えてそうな空気を出す。といっても、鍛えた筋肉よりも取り込んだ魔力がよりものを言うのがこの世界。

 鍛えてるとしても最低限の力はあるという事しか分からないと言えばそうなのだが。下級職Lv10くらいの筋骨隆々のマッチョマンよりも子供のおれの方が力強かったりするしな。

 

 「彼ですか。元は魔物商人の息子でしたが、親に売られたのですよ。

 一度はその経歴をかって買い取られたのですが、その先で大問題を起こしまして……」

 「大問題?」

 「ええ。魔物商の血、いえ、何らかの恨みでもあったのでしょうか。屋敷で飼われていた魔物を解き放ったので御座います。

 あれは気性の荒い有翼獣、旦那様に手綱を取られていなければ人も襲う凶暴な獣」


 「俺じゃねぇ!」

 少年は叫ぶ。


 可哀想だとは思う。けれど……それだけでは何も言えず、ただ、おれは頷く。

 「本人も腕を砕かれ、こんな奴隷はいらぬと突き返されました。ええ、大損害です」

 買ってくれます?とちらりと此方を見る商人。

 

 「それは、何処だ?」

 「シュヴァリエ公爵家であります、陛下。

 ご子息のユーゴ・シュヴァリエ様がたまたま直ぐに見つけ、退治なさったから良かったものの……」


 シュヴァリエ、何か聞き覚えのある名前だ。

 ああ、そういえば庭園会でからかい半分に魔法撃ってきた事があったな、と思い出す。後は……

 「ああ、あそこのユーゴか。お前に向けて魔法の実験材料になれと依頼を出してる」

 「流石におれも、あんまり気乗りはしないよ、あの依頼」

 安いしね、と空気を誤魔化すように言って、商人に向き直る。

 

 「有り難う。良く分かった。

 で、真ん中の人は?」

 真ん中は、少女だ、多分。


 といっても、身長はおれより低い。子供の身長と言って良いだろう。そして更に……

 顔が犬だ。アルヴィナのように、ちょっと犬っぽい愛らしい顔立ちというようなレベルではない。犬耳でもない。


 本当に、犬だ。鼻も突き出てきて、歯ではなく牙が口から見えるし、顔から全身毛皮に覆われている。そんな二足歩行の犬のような生物が、襤褸のワンピースを着ていると言った感じ。


 「コボルド種?」

 「見たかぎりな」

 「ええ。そうです皇子、彼女は手先が器用な家庭用奴隷として別の所から買い付けたコボルド種なのですが……」

 話を聞く限り、問題はない気がする。


 コボルドもゴブリンもこの国では獣人種に分類される。獣人であるが故に人権は割と無いのだが、集落と交流があったりと、決して単なるモンスターではなくちょっと困った隣人のような扱いをされている種族だ。

 時折魔法の力を、神の奇跡を持つ変異種を求めて人里を襲い若い男女を拐っていく馬鹿が出るが、それは人間の強姦魔も同じようなもの。普段はそこそこ気の良い種族である。

 エルフより何倍も友好的だ。

 何ならコボルドとゴブリンのハーフであるゴブリンヒーローのルークがゲームではプレイアブルな仲間キャラクターとして出てくるのだ。ゴブリンやコボルドは決して敵ではない。

 だから特に問題はないはずだ。

 

 では、何が問題なのだろう。

 と、コボルドの少女を見ていて、ふと変なものに気が付く。

 「……ひょっとして、妊婦なのか」

 「ええ、此方に引き取ってから分かったのですが、妊娠していましてね。

 流石に、子持ちコボルドなど買う人は居ません。表に出しても困ります。故、こうして此方に引っ込めていたのです」


 「じゃあ、最後の人は?」

 最後の一人を見る。

 兎の耳を持つ亜人……いや獣人だろうか。

 割と鋭い目をしていて、中々に格好の良い人だ。売れそうな見ためをしていると思うが。

 「彼は殺人者の主人と協力していた奴隷でして」

 「親父、彼は却下で」

 迷わず最後の一人を切り捨てる。

 

 というか、最初から決まっていたんだ。

 「父さん。おれ、真ん中の子にするよ」

 「ほう、何故だ?」

 「ノア姫と話して良く分かった。おれは母国語しか話せないって。それじゃ駄目なんだって。

 手を差し伸べるにも言葉が要る。だからおれは、ゴブリン達の……共妖語を習いたい。そういう形の奴隷なら、子持ちでも大丈夫なんだし」

 「良いだろう」

 おれの言葉に、父は軽く笑って頷いた。

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