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猫妹、或いは変化の兆し

ふぅ、と一息吐いて、控え室の扉を開ける。一般には隠してはあるけど、昨日からロダ兄等が色々と作業するので一部屋そうしてあるんだよな。そこから、頼勇が操作してロダ兄が語り、脱出ゲームで色々と動かしたりした仕掛けを戻しに当日の生徒達が行くって感じ。

 

 いや、考えてみれば結構な贅沢だなこの部屋の使い方。とは言っても結構余ってはいたから、特に問題はないんだが。

 そこにアイリスを招き入れて、椅子を引く。昨日は頼勇が主に座ってた椅子でちょっと硬いので上着を敷物代わりに敷くが、妹は大丈夫と首を振って連れてきている猫のゴーレムの背中からマットレスを取り出すと、椅子の上に置いて座った。

 

 「お疲れ、アイリス。手伝ってくれて助かったよ」

 小さくこてんとおれの腕に頭を預け、猫のように髪で擦ってくる妹に苦笑しながら頭を撫でてやれば、灰色の瞳を細めて満足気に吐息が漏れる。そして、暫くすると、自分の横の椅子をゴーレムに引かせ、おれが座るとその膝に乗ってきた。

 

 膝に感じる、何時もよりは重い感触。けれど、それでも一般的な体重に比べてかなり軽い。30kg……無いんじゃなかろうか。が、そんなおれとは裏腹に、超珍しく生身で外出のアイリスはご機嫌そうだ。呼吸にも乱れはなく……いや、何か過呼吸気味か?とは思うし頬も軽く紅潮してはいるが、多分これ体への負担のせいじゃない。

 

 「どうだった?」

 ごめんな、とその頭を撫でながらおれは出来る限り優しい声で語る。元々ヘイト買う演技ばかりが上手くなる上に、劇団の人に言われてヒーロー然とした台詞回しまで教えられて、ゲームで言われる影があるけど優しげな雰囲気とか欠片も無いんだよな、今のおれ。

 これで良いのかと悩みながら、それでも笑顔を作る。

 

 「ここ、今月から?」

 それに頷く。アイリスはおれの一つ下、ゲームで言えば2年になると後輩として入ってくる事になるから、この学園祭で歓迎される側なんだよな。

 「手伝わせてごめんな?」

 「お兄ちゃん……の、為、だから」

 言われて情けないな、と目を閉じる。でもまあ、実際のところアイリスとアルヴィナの手を借りなきゃ、控え室の外になんとか誤魔化し誤魔化しジオラマを作り上げた改変が間に合わなかったのは確かだ。

 プロムナードっぽい飾りつけだからアルヴィナ襲撃の際のヒーローものの展示にしてしまえって、一晩で等身大のフィギュアなんて用意できるかって話だ。魔法は大概の奇跡を起こせるが、完全に何でも出来るわけではないのは周知の事実。ってか本当になんでもありならAGXの精霊障壁にも、それこそ13以降が使ってくる時を操る機能にも対応できるんだ。

 その点を死霊術とイカれたゴーレム魔法でフィギュアを補ってくれた二人には本当に頭が上がらない。

 

 「本当は、要らな……かった」

 が、案外しょげ気味な妹におれはあれ?となる。

 「助かったよ」

 「変なこと、されて……人気で勝とうとした、から……」

 「挑まれた戦い、負けてやる筋もない。ってか、負けてたら皇族としての沽券に関わるよ」

 ぽん、と細すぎる肩を撫でる。

 「ただでさえおれは忌み子で、本当に皆を護れるのか疑問視されてるんだ。こうして向こうから証明の手をくれた時にはやり遂げなきゃな」

 まあ、おれ自身も魔神族、円卓、AAAと三種三様な奴等相手にゲームでの対魔神族知識と託された力でどこまでやれる?守り抜けるか?って点は自信は持てないが……それでもだ。故郷の盾であり、人々の希望の剣。そうあるべき皇族が形だけでも揺れたら明日を信じられないだろう。

 聖女が明日を照らす光なら、おれ達は照らされる明日を残す側だ。

 

 「……でも、楽しかった」

 そう言ってくれる妹の髪を、乱れているからと指で漉く。大人しく受けてくれるのが、嬉しいが、悲しい。この態度、何処か昔から変化がなくて……

 

 ん?とおれは首を傾げた。こてん?と気配に敏感なアイリスも小首を傾げてふわりと色に似合った香りをしたオレンジの髪を揺らす。

 「にしても、偉いなアイリスは」

 そう、そうだった。手伝うしアルヴィナの為にって生身でフードまで持ってくるなんて、昔のアイリスからは考えられない事だ。ゲームでの外を知りたい気持ちはちゃんとあるアイリスに比べて、どうにも内向的ってか引きこもりを良しとしてそうだったのにどんな心境の変化だろう。

 

 「偉い」

 「ちゃんとさ、アルヴィナとも仲良くしてたろ?

 おれが居なくても、きっと」

 その刹那、おれの脚に鋭い鋼が突き刺さった。アイリスの猫ゴーレムの爪だ。

 

 「……変わってなんて、ない、です」

 その声は、おれでも解るほどに震えていた。

 「お兄ちゃんが、居れば……良い。他に、何も無い部屋で……」

 きゅっと、おれの脚を斬り裂くようにゴーレムが力む。何時でも斬れると、言いたげに。

 

 「アイリス」

 「でも。お兄ちゃんを閉じ込めておける部屋は、大きすぎるから」

 アイリスを抱きとめるように前に回したおれの手の袖が強く握られる。

 「お義姉ちゃん、や……みんな、いないと……」

 言われ、苦笑する。何だ、結局おれの独り相撲で取り越し苦労。言い方こそ何だか病んだ女の子だが、しっかりとアイリスは外を見ているじゃないか。

 

 いや、おれを閉じ込めるには大きくて沢山の人が居る部屋が要るって何だそれ!?とはなるが、つまりは沢山の人と共に行く……皇族としての最低限の在り様の肯定だろう。

 だからおれは、偉いなと暫く小さな妹の頭を、ただひたすらにゆっくりと撫で続けた。うん、脚が軽く痛むがまあ支障はない程度だしな?このくらいの怪我なら師匠も良く負わせて来た。怪我して十全の力が出せないから負けましたは困るって、片腕へし折ってから訓練とかさせられたなぁ……と、今はもう遠い昔にも思える事を回想する。

 

 ってか、2年に上がったが、西方からの攻略対象の留学の話まだ出てきてないな?ゲームでは2年の学園祭後少しした辺りでフラグ立ってれば話が出てきて聖女である主人公が案内役てして選ばれるってイベントが起きるから、今の時点で学園の上層部には話が来てないと可笑しいんだが。ノア姫は教員やってる以上話があったら教えてくれる筈なんだが何も言わない。

 

 とはいえ、そもそも真性異言(ゼノグラシア)やら神話超越の誓約(ゼロオメガ)やらで原作とは情勢違うからな、ゲーム通りじゃない事もあるだろう。

 

 なんて思考を整理していたら猫に噛まれた。うん、撫で方が雑になってすまなかったアイリス。

 

 「でもアイリス、このままでいいのか?」

 と、おれは膝上の猫みたいな妹に問い掛ける。

 「手伝ってもらったのもあるし、出来る限りお兄さんとして時間は割くが、行きたい場所とか無いのか?」

 「……ゴーレム、フィード、バックを、薄く、して……て」

 「つまり、生身だとまた新鮮だろうから出し物に行きたいのか?」

 うん、と頷くおれ。おれが政治上アイリス派始めた頃なら此処に居るって言ってたろうから、兄として嬉しい。さっきの考えはきっと正しかったのだろう。

 

 「と、分身アバター出せるくらいまで落ち着いたし、後は任せなワンちゃんと猫姫」

 なんて、都合良く……いや多分タイミング測って戻って来たロダ兄分身に後を任せて外に出る。やはりというか展示内容変えただけあって、教室に人気は無い。

 

 「んじゃ、宣伝頼むぜワンちゃん?」

 なんて送り出されるが、どうしたものか……

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