改変、或いは展示
「ロダ兄、そっちは?」
「設置完了だぜワンちゃん!
でワンちゃん妹、そこはどう隠す?流石に魔道具丸見えって訳にゃいかないだろ?」
「……心配ない、です。マントを……着せ、れば」
「おっと、躍動感が足りなくないかそれは?」
「……ボクの死霊が、骨格を用意してる。マントはたなびくもの」
「ならば良し、これで良いかワンちゃん?」
「っと、大丈夫だろう!」
と、そこで校内に声が響き渡る。拡声魔法を使ったシルヴェール兄さんだ。この学校で事実上一番偉いからな、こういう時に開始を告げるのだ。
いや、校長が学祭の始まりを合図すると言われると何か可笑しいが、皇族としての宣伝も兼ねてるからそんなものだ。
「展示改変間に合った、扉を開けてくれ!」
「……駄目、待って」
と、おれの袖が引かれた。
「え?」
「まだ、ボクが」
言われてそういえばと思い出す。アルヴィナはアナ達が誤魔化してくれてるだけで、警報に引っ掛かるんだよな……そして、ボクはサプライズだからと来てくれたアルヴィナ以外の聖女二人はというと今日のライブに向けてステージを見に行っている。
此処には居ないから、アルヴィナが暫く軟禁されていた地下室に繋がるある程度魔法遮断の張られた扉を開けてしまうと、そのまま魔神警報が鳴る。
「心配、ない……お兄ちゃん」
が、言われて扉を開けようとする現場スタッフ枠の生徒を止める前に、手伝ってくれてたアイリスがひょいと自分の座る巨大な猫の背を開いて、取り出したフードを被せた。
「……これ」
「魔力、遮断、し、ます……」
「帽子、被れない」
少しだけ不満げに何時もの帽子を取り、己の白い耳を隠してアルヴィナは、けれども文句はないというようにフードを被り、胸元を閉めた。黒いフードはしっかりと似合い、首元には白いケープ。外行きにも悪くない出来だ。
そして、扉が開いても警報は鳴らない。桜理が音を遮断している……なんて事はなく、普通に鳴ってないのだ。ちゃんと対応してくれてるな、うん。
「良いのか?」
「……お兄ちゃん、困らせたく……無いから」
濡れた灰色の瞳がフードを眺める。眼の下に隈が見えるのは、夜通し手伝ってくれた訳では無いし自力では動かないアイリスにしては珍しい。
……いや、隈って可笑しいな。何時もはゴーレムだし、だからこそ濡れた瞳は見えない。精巧だが、感情表現は薄いのだから。要らないから涙は流さないし、水気もない。
「アイリス?大丈夫か?」
「……生身?」
「遮断、これ……。魔物の素材、だから。ゴーレム動かすのも、邪魔され……ます」
「そう」
アルヴィナはそれだけ言うと、何時もの首飾りを外に出すために一度開きかけた胸元を、そのままきゅっと閉じた。首飾りで隠れるはずだった首元の意匠がそのまま残る。
「皇子、ボクは一旦出掛けてくる」
「平気か?」
「……あーにゃんと回る前提だったから、チケットない」
おれはそれもそうだなと苦笑して、仮にも皇族だからと多めに持ってる中から数枚チケットを千切ると黒髪少女に渡す。そうすれば、ぺこりと軽く礼をして魔神少女はそそくさ部屋を出ていった。
「おっとワンちゃん、暫く居るだろ?」
「アイリス、頑張ってくれたしな?暫くのんびりするよ。連れ回したら大変だ」
「んじゃ、あの炎髪少年の作ったナレーション、ちょいとの間任せていいか?」
ちなみに、脱出ゲームの時のナレーションと取り替えてはある。が、流すタイミングとか、色々とあるのだ。その辺り全部を到底一晩では仕込めないから、そこは手動だ。
「ん?どうしたんだロダ兄?」
「いやさ、鼠少年の妹、俺様が面倒見てる訳なんだが。ちょいと楽しさを与えてやるのも縁の端くれだろ?」
その言葉に頷く。【憤怒】へと従ったイアン……の妹。おれが原作知識を振りかざして、何も言わず事前に悪役のフラグを潰したからこそ救えなかった二人。それを少しでも救えるとしたら、きっとそれはおれじゃないから。
「悪い、任せる」
「任せなワンちゃん。これでも俺様は、悲しみを盗む快盗だぜ?
んじゃ、ワンちゃんが外で縁紡ぐ頃には交代するから、宜しく頼むぜ?」
そのまま肉球のある手をぱらぱら振って白桃色の青年も出ていけば、その場にはおれとアイリス、そして気まずそうな扉を開けた生徒の子だけが残った。
「……あ、あの」
「悪いな。脱出ゲームから変えざるを得なかったから、今日はもうほぼ展示。次の人の為に整頓し直すのは不要になったし、遊んできて良いよ」




