人形、或いは帰路
「……最後に一つだけ、言わせてくれないか」
かなりデカイヌイグルミを抱いてホックホク顔のリリーナ嬢等を尻目に、おれは立ち去る間際、幾つかの縁日アトラクションを管理する生徒に目線を向け、最後に残った2枚のメダルを返す。
「すまなかった!」
「……い、いや良いけど……」
あ、案外反応悪くない。
が、言いたくはなる。屋台荒らしじゃなかろうに、完全に向こうの想定外の投資で幾つも景品乱獲したからな。
「いやまあ、皇族の実力で乱獲してしまったから、な」
「宣伝には、なったし……。その分ウチで遊んで取った事、見せびらかしながら帰って下さい……」
「って事らしい。頼むぞリリーナ嬢」
ちなみにだが、桜理はもう居ない。トラブル……は無いがちょっとと自前の(というかおれ達の)出し物を見に行った。何でも、リリーナ嬢がプレイして今はアナとシュリが行ったからか人が押し寄せてるのだとか。人手がキツいしまあ、どこまで行っても造りも甘いからな。力を掛けたら壊れた!とか起きかねない。
となると、此処にも来るのだろうか?まあ何だかんだ童心に返って楽しめるのは確かだしな。
とか思いつつ、おれは係の人が渡してくる小さめの箱(おれの掌よりは大きいが、あのリリーナ嬢の上半身サイズと比べると小さい)を手に、それをおれの腰前後しか無い少年達に差し出した。
「はい。リリーナ嬢やおれと遊んでくれて有難うな?」
「結局、これも忌み子のにーちゃんに取って貰っちゃったなー」
と言いながら少年が箱を剥けば、現れるのは一つの人形。鉄にそのまま色を付けるのは面倒だからと色付きのコーティング……ってか何かの金属でメッキした玩具だ。この世界では樹脂による人形、つまりソフビやらプラモって発達してないからフィギュアとかもヌイグルミ方向か金属製になるんだよな。その分結構安くフル金属の玩具が売ってるのは羨ましいところもある。造形はまあ、ニホンで始水や近所のお姉さんに見せてもらった高額フィギュアに比べて甘いところだらけだけど、ソフビのヒーローくらいの出来ではある。
「ってか、それで良かったのか?」
「うん!」
満面の笑顔で人形を握りしめて言われたら、もうそうかと笑うしか無い。
「あ、ゼノ君の」
「ゼノンだ、リリーナ嬢」
心無い桃色聖女様に突っ込みを入れる。
まあ、謂わばヒーロー役の役者と特撮ヒーローの関係に近いな。◯◯役は◯◯じゃないって奴。
そう、割とざっくりと色付きメッキで色分けされているヒーロー人形、ゼノンのものだ。最近アステールに大きく売り出したいからちゃーんと見せてほしいなあと言われ、ガワだけ変身をアナの水鏡を通して見せた。
すると、半月ほどで試作が完成したのだとか。おれが展開する翼は片方がカラドリウスのものだがアルヴィナの為でないと応えてくれないので、形状が違ったりするが左右非対称ってのは一つ特徴的だ。その特徴ちゃんと反映されて、ヒーロー然としつつちゃんと造形が違う。
これ、片方炎で片方雷イメージだろうな。おおまかな形状は似てるが曲線ラインと直線ライン、いい感じの差別化だ。
「そう、ゼノンの」
と、喜んでたはずの少年は少しだけ目線を下げた。
「どうしたんだ?」
「あの……ごめん」
「何が?」
全く理由が分からず首をひねるおれ。横目で助けを求めても桃色の聖女様も何もわからなさげにぽけーっとしている。
「実は、分かってるんだ。忌み子のにーちゃんって、酷い言い方って。
ゼノン様みたいに、ううん、物語のヒーローと違って現実を守ろうとしてくれてるんだって。
でも、おかーさんはあの忌み子って言うし、何て呼んでいいか分かんなくて……」
大事そうに人形を握り、リーダーの子は頭を下げた。
おれは、その頭にぽんと手を置く。
「別に良いさ。忌み子なのは本当だし、寧ろ謝ろうと思ってくれただけで十分だ」
そう告げれば、ほんの少し少年の頭が上がる。
「大事にしてやってくれよ?」
「うん!」
ってことで、何か最後にせがまれたのでその人形の足裏にサインして、おれはリリーナ嬢を寮まで送るために移動を始める。
今日は早めに休むんだとか。まあヌイグルミはデカイし、明日は天津甕星本番だ、体力の温存は要るだろう。
となると、アナもなんだけど……頑張りすぎて倒れないようにでも後で見てくるか。
「明日は聖女様に見て欲しい!って所を巡ったりもあってキツいだろうからな。ちゃんと寝てくれよ、リリーナ嬢?」
「だいじょーぶ!明日もオーウェン君は居てくれるし、今日はこの子抱いて寝るよ」
「そっか」
「でも、私で良かったの?アイリス殿下とか欲しがりそうな子だけど」
「とっくに買ってプレゼントしてあるよ。沢山あっても大変な大きさだろ?」
あー、と頷く少女。バランスが崩れてヌイグルミが大きく揺れた。
「おっと、大丈夫か?」
それを支え、倒れないようにしてやる。
「あ、ありがとゼノ君。
……でも、そういえばさゼノ君」
と、話題を変えられておれはん?と耳をそばだてた。
「出し物と言えばゼノ君たちの脱出ゲームだよ。何かさ、最後だけ雑じゃなかった?」
「そうか?」
おれは首を傾げて返した。確かに、数人の学生が作った脱出ゲームだ。手間暇かけてプロが完成させたものよりは出来は悪いだろう。
が、文句言われる程では無いと思うんだが。
「いや、最後にさ、幽霊がプレイヤーをこの場に閉じ込めた理由、幽霊の心残りって何なんだ?って問題あるじゃん?
それ、眼の前に雑に答えが謎掛けで置いてあるのは不味くない?」
言われ、ああとおれは笑った。
「騙されたなリリーナ嬢?」
「えー!でも正解って言われたし時間内クリアって」
苦笑しながら、おれは憤ってまたヌイグルミでバランス崩した少女を今度は肩を持って支えた。
「違う違う。確かにそれ答えだよ。
でもさ、雑な謎掛けって……ニホンの文字で書いてたろ?オーウェンに書いてもらったんだ」
おれより文字が綺麗だからな、桜理。
「あ、ひょっとして、普通の人ってあれ読めない?」
頷くおれ。
「そう、読めない。あれ読んで答えを出せる奴は真正異言って引っ掛け問題なんだ。本来はもっと論理立てた思考からダンスって答えが出せるよ」
「えー?でも、それまでのヒントにダンスなんて……」
「無いよ、一切ヒントが無い。でもさ、だから答えなんだ」
まあ、考えたのおれじゃなくてエックハルトなんだけどな、そのシナリオギミック。
だが代弁として得意げに、おれは言葉を続けた。
「わたしと一曲、踊ってくれませんか?」
音楽をかけ、わたしは自分の左手を無くした願いは何か問う幽霊さん(って事になってますけど、竪神さんの作った幻です)に差し出して微笑みました。
「『はーっはっはっ!良縁良縁!かくして、皆はなくしものを、未練を、取り返してやることが出来たのでした。めでたしめでたし』
ってこった!正解だ」
響いてくるのはロダキーニャさんの声です。
「んで、本来なら楽しく踊ろうぜ?ってとこまであるんだが、狼1号もワンちゃんも居ないし、俺様と踊る縁は不要だろ?んじゃどうする?」
「あ、なら楽しんだから帰りますね?」
と、シュリンガーラちゃんの袖を引いてわたしは答えました。皇子さまがしてくれるなら踊りたかったですけど……
「……む?」
あ、横であの子が首を捻ってます。
「リンちゃん、分らないんですか?」
「あやつの心を読めば、謎解きは降らぬものに成り下がるからの。知らぬよ」
「えーとですね、これまでのヒントって、プロムナード……つまり学生達がやるパーティに関するものばっかりだったんですよ。此処も学校の部屋ですし、全部がプロムナードを指してます」
「じゃが、踊りに関するもの等、此処には置かれて無かろ?」
それでも小首を傾げた少女に、わたしは皇子さまが信じるだけあって可愛いですと思いながら続けました。
「はい、ありません。でも、だから答えなんです。
わたし達が探すものは、幽霊さんが出来ずに死んでしまったもの、心残り。なら、幽霊さんの世界に……心残りに関するものって、『思い出として持っていけなかった』から存在しないんじゃないですか?」
「ってこったぜ、毒龍」
そんな声と共にぱちんとぼんやりとした雰囲気重視ではなく、しっかりとした灯りが点き、同時に魔法で隠されていたダンス用の品々が辺りに出現しました。
「『かくして心残りは晴れ、彼の心は、思い出を完成させ旅立った。これにて完全閉幕、完全攻略!いやぁ完璧!天晴天晴!』
じゃ、もう鍵は空いてるからお帰りは扉からだぜ」