疑惑、或いは父子
「……さて」
エルフのノアを見送った直後。
膝を折り、目線をおれに合わせ。父はおれの眼を覗き込む。
「お前が言うように、七天の息吹をつけて返してやった。泥棒に贈り物をしてやった訳だが」
「……うん」
ぱっと見、そういう事になるんだよな、これ。
おれとしては未来に繋がるなら、とは思うが。といっても、本当に未来に繋がるという保証なんて無い。
「この先何が起きる?」
「それは、おれにも……」
「誤魔化すなよ、ゼノ。お前はこの先を知っている。だからこそ、エルフに対してちょっとばかし過剰な支援を要求した、違うか?」
「……」
「黙るな。己は別に怒っている訳ではない。
ただ、知りたいだけだ。真性異言であるお前が、エルフとの未来に、何を見たのか」
っ!
告げられたその言葉に、思考が固まる。
真性異言。それは、おれやエッケハルト、後はピンクのリリーナ……アグノエル子爵令嬢のリリーナ等、別世界の記憶を持つ転生者の事を示す言葉だ。
おれも、城の蔵書で転生者が他に居て何かを残していないか探したときに見つけた本で知っている、その呼び方。
「おれ、は……」
「アグノエルやアルトマン、後はシュヴァリエのところもそうか。あそこの子供達程に露骨じゃないが、お前、真性異言だろう?」
……誤魔化せない。この瞳は、どうしようもない。
心まで燃やされるような瞳に、観念しておれは首を縦に振る。
「おれは、確かに……」
この皇帝は、それを知ったときどうするのだろう。おれは息子だけど、息子じゃない。名前も忘れた日本の誰かが混じりあった今のおれを、彼はどう思っているのだろう。
何を考えて、今、この事を聞いてきたのだろう。
困惑するおれを、銀髪の若作りなその男は……
ひょい、と抱き上げた。
「そう警戒するな、馬鹿息子。
己と話していたのは、ほぼずっとお前だろう?」
「……分かる、ものなのか……」
「分かるさ。己はお前の親だぞ?」
「おれを、どうする気だ」
「どうするもこうするも無い、馬鹿息子。
己が聞いたのは、あくまでも未来に備えるためだ。お前に何かする……」
ああ、と漸くおれの懸念に気が付いたように、父は唇を歪め。
くしゃっと、おれの髪を、頭を、荒く撫でた。
「何だ。真性異言であるから、何かされると思ったか?」
「おれはゼノで、でも、ゼノ本人そのものじゃない」
「だろうな。ひょっとして、前世の名前で呼んで欲しいのか?
ああ、あの子等にも皇子さま皇子さまと呼ばれていたが、前世の名が王子か?」
「そんなんじゃない。名前も、覚えていない
けれど、何か……」
「何もない。
お前が己の息子を殺して成り代わったようなタイプの真性異言であるならば、息子の仇として焼き尽くしていた所だが。
お前はゼノだ。猫を被っていたりする訳でもない、性格が、記憶が、書き変わった訳でもない。
少し抜けてて場当たり的で、誰かの為に馬鹿をやる己の七人目の馬鹿息子。多少前世があるだけで、お前は息子だ」
「……とう、さん……」
頭に感じる感触に、瞳を射抜く眼に。
少しの恐れは残しつつ、大人しく身を委ねる。
「己が聞きたいのは単純な事だ。
真性異言が多すぎる。本来は一世代に1人居るかどうかだぞ?それがぱっと分かる範囲で4人。お前が出会ったのを加えれば5人か。明らかに異常だ」
「……うん」
「ということはだ。その異常に相応しい激動が始まる。
11年後、いや前触れは8年後だったか。かの予言、魔神王の復活は起きるんだろう?
そして、その激動の時代を変えるべく、真性異言がこんなにも現れている」
違うか?と聞く銀髪の皇帝に、そうだよと頷く。
「遥かなる蒼炎の紋章。おれ達はそう呼ばれているゲーム……遊戯板の超豪華仕様みたいなもので、確かにこの世界での戦いを遊んだことがあるんだ。
そのゲームでは、確かに魔神は世界の狭間から蘇り、神話のように世界を支配すべく襲ってくる」
「遥かなる蒼炎の紋章……神話の王剣ファムファタールの事か。成程な。で、それが予言の時だと。
それに、あのエルフどもをああも助けた理由があるのか」
「ある。
父さん、リリーナって言ってたけど、それはエルフの名前……で、合ってるよな?」
「ああ。己が交渉していた頃の次期森長、サルース・ミュルクヴィズの妹の事か。
まだ80くらいの若いエルフだ」
「80で若いんだ」
「大体エルフの寿命が人の20倍だからな。年齢は大体人に感覚を合わせる場合1/10で考えろ。まだまだ幼子だ」
くすりと的はずれな突っ込みを入れるおれに笑い、父は続ける。
「サルース、ノア、そしてリリーナの兄妹が森長の子だった。10年前、咎に落ちた者等とほざいていたエルフ共に、友人を馬鹿にするんじゃねぇと文句を付けに向かって以来今日まで会わなかったから今どうなっているかは知らんがな」
「……そのリリーナって娘が、気になったんだ」
「ほう」
皇帝が眼を細める。
そして、そこにある机を見て椅子を引いて座るや、ほいとおれを机の上に乗せる。
これで目線は割と合うけれど、良いのだろうか、これ。
「リリーナ、か。アグノエルのところもそうだし、お前の未来の嫁……というと、お前が怒るんだったか。よく分からん男爵家の娘もリリーナだったな。
流行っているのか?」
「流行っているのかは分からない。けれども、ゲームそのままの知識に照らし合わせた場合、魔神との戦いの最中、リリーナという名前の少女が大きな役割を果たすんだ」
「で?分かっているのは名前だけだったのか?そうでないならば、誰が必要かは分かるだろう?」
「それなんだけど……外見、3つから選べてさ。
一人はそのアグノエルのリリーナ。一人はアルヴィナ。そして最後の一人が金の髪と褐色の肌が特徴的な女の子のリリーナ。最後のリリーナはおれは会ったことがないけれど……」
と、半眼で父に睨まれる。
「馬鹿ゼノ。お前はエルフと交遊を持ちたいようだから言っておく。エルフ共にそれは言うなよ?」
「……ヤバイのか」
「エルフ共は森長の末娘を溺愛している。それが咎落ちする等とほざいたら戦争ものだ。褐色の肌などと口にしてやるな」
「……うん、分かった」
頷いて、おれは言葉を続ける。
「そのリリーナがそのゲームで重要な役目を果たすリリーナかは分からない。
でも。アルヴィナが狼の亜人であったように、人でない可能性はあると思った。
それに、二人居たんだ、三人目も居るかもしれない。そしてその三人目がこの国には見つからなかった。貴族のなかに居なかった。なら、エルフのその子かもしれない、そう思ったんだ」
「狼の魔神でなければ良いがな」
「おれはアルヴィナを信じてる。リリーナ・アルヴィナは、おれの友達だから。
それはそうとして、その時思ったんだ。
ゲームでは三人のうち一人しか出てこなかった」
本当は四人目、もう一人の聖女も居る。だがそれは今は言わなくて良いと思い、言わずに話を続ける。
「それはもしかしたら、何か起こるんじゃないか。例えば、ニコレット達が拐われかけたあの合成個種事件でアルヴィナが拐われていたら?
そういう感じで、三人のうち一人以外は、ゲームでは死んでしまっていたのかもしれない」
「それを、そのまま再現する気はない、と。
死ぬかもしれんから、予めその時の切り札を置いておく、か」
「その通りだよ、父さん。
おれの知識はあくまでもゲーム。この現実じゃない。参考にはなるけど、確実な未来じゃない」
ふっ、と父は微笑う。
「分かってるじゃないか、ゼノ。
とりあえず、お前としても賭けだった事は分かった。阿呆な策だが、まあ今回は良い。次からはここまでの夢想作戦に金を出すかは微妙なところだがな」
言って、父は立ち上がる。
「さてと、全くお前は無駄金が多いからな。
己が買ってやったものを無駄にしおって。行くぞ馬鹿息子、今度こそ、お前の為の奴隷を買う」
「……え?」
ひょい、と首根っこを掴まれる。
そしてそのまま持ち上げられ、おれは連れ去られていった。