銀髪聖女と孤独の毒銀(side:アナスタシア・アルカンシエル)
「うぅ……アナちゃぁぁん!もっと!もっと俺と一緒に!」
「どうどう、ですよ?」
ぎゅっとわたしの手を握ろうとする赤髪青眼の青年。別に嫌いって訳ではあまり無いんですけどどうしても向けられるちょっぴりエッチな視線混じりの好意には引いてしまって。
すがるような眼に、ほんの一欠片も可哀想と思わない……とは言いませんけど、御免なさいと頭を下げます。
「そんな、俺は君と居たいのに!」
「えっと、エッケハルトさんがそう思うのと同じように、アレットちゃんやヴィルジニー様は貴方と過ごしたいんですよ?」
えへへ、と笑います。
がっくり肩を落とされますけど、わたしだってそこでめげません。押し切られた日には、気が付くと彼と婚約させられてそうですから。
周囲が皇子さまを良く思ってないのは知ってます。だから、わたしやリリーナちゃんについても、何処かで自分達の許容範囲の人と結婚させたいっていうのも分かります。
だからこそ、ここで毅然としないと。
って、ちょっと悲しいですけどね?あれだけやっても、忌み子は認めて貰えないんだって。そもそも、皇子さま自身の態度が認められたがってないとしか思えないのもあるかもしれませんけど……
「ヴィルジニー様、後はお願いしますね?」
「は?お下がりのつもり?施しは要らないわ、自力で手に入れる」
きっ!とグラデーションの髪の女性に睨まれて、わたしはそんなって慌てます。ぶんぶんと手を振りますけど、全然視線を緩めてくれないです。
「い、いえ!わたしは皇子さまが忙しそうで、貴女様が来るまでエッケハルトさんが手持ち無沙汰だから居ただけですから、ご、ごゆっくりです」
毅然と立ち向かわなきゃって思える時ならまだ良いんですけど、今はそういうのではなくて。だからおっかなびっくりわたしは立ち去ろうとします。
「待ちなさい。今はアルカンシエルの庇護は無い。此方の言いたいことは」
「……すまんの、待たせてしもうたか」
けれど、今もまだわたしに噛み付こうとしてくる少女を止めるように、不意にわたしの背後から声が掛けられました。
あまり聞き覚えはありませんけど……少しは、聞いたことがあります。
「しゅりんがーら、ちゃんですか?」
「……貴様は」
更にヴィルジニー様の眼が厳しくなります。実際、あの時居ましたもんね?そして、結構あのユーゴさんと親しげにしていた。嫌うのも分かります。
でも、です。エッケハルトさん絡みで睨まれてる今のわたしには、完全に福音で。
「あの時、わたし達をさりげなく助けてくれてましたし、そんなに睨まないであげてくれませんか?」
「あ、アナちゃん!?いやこいつは」
銀髪の紫龍の出現にエッケハルトさんも構えます。流石にいつの間にか選ばれていた斧を呼び起こす事はしてませんけど、手に魔法書を持ちます。
そんな彼に向けて、わたしは大丈夫ですよ?と笑いかけました。
怖いのはちょっとありますけど、わたしにも信じれる点があります。
簡単ですけど……そもそも、皇子さまが信じてるというのがあります。
「えへへ、行きましょう、しゅりんがーらちゃん?」
「……そう、じゃの」
微妙な空気の中、あんまり背丈がないわたしより更に低い少女は、その小柄さに見合わない巨大な翼と尻尾を出来るだけ邪魔にならないようぴたっと畳んで頷き、わたしの手を取り……ませんでした。
「じゃがの。触れるでないよ。儂は、人と手を繋いで好い、そんな平穏な存在ではない故な」
するりと、慣れたように、そして何処か怯えすら含んで。わたしの手をすり抜けて、アステール様のように左右で色の違う瞳の龍少女は、儚げな笑みを浮かべました。
「これから一緒にお祭りなのに、それは寂しいですよ?」
「……聖女も、か。この枝葉の民は、どうにも儂等に対し、甘美な隙が多いの」
皇子さまがあげたっていう皇子さまらしい色合いのコートの前をしっかりと閉じ直して、破滅の神は微笑みます。
「ではの、燻る火種等よ。申し訳は立たぬが、極光を少しの間借りて行かせて貰うとも。
心労は解せぬ程でもないが、無用の長物。今は、何もせぬよ」
こてん、と傾げられる首。片方折れた小さな赤い角を隠すようにくるっと纏められたツーサイドアップがふわっと揺れました。
「……ゼノのアホ野郎ぉぉぉっ!誰かあのクソボケゴミカス呼んでこい!可愛い邪神呼び込むとかどうなってんだとっちめて。
あ痛っ!?痛いってヴィルジニーちゃん!」
背後で、そんな声が聞こえます。
あれ?けれど、最初から皇子さま、ユーゴさんもしゅりんがーらちゃんも来るかは分からないけれども呼んだって言ってた気がしますよ?
平穏は壊さないし壊させない。だからこそ、呼ばれて来るようならこの先もきっと敵じゃない、とも。だから、今回皇子さま何も悪くないですよエッケハルトさん?