桃色、或いはサクラ色
「じゃあ、またねおーじさま。次にステラと会える時までにはー、ステラにあやまれるよーな心持ちになってねー?」
お星さまと喜んでいたのが嘘のように、少女は儚く悲しげに笑って、青い光になって消滅する。
半ばアナを選んだ腕輪の力で死に損なっている状態だからこそアナの近くになら来れ、それ故に長居は不可能。まあ、今回に限れば端っから長らく聖都を空けられないので逆に好都合だが。
「きつね様は」
「学園祭でプラネタリウムがあると聞いて、無理言って来てただけなので。聖都での打ち合わせに出ないとーと転移でお帰りになりました」
「その為だけに……そうですか」
ほろりと涙を流してスルーしてくれる部員を尻目に部屋を出る。ちなみに嘘ではないので後ろめたさはあんまり無い。おれが他の選択肢用意してなかっただけではあるが……
と、周囲を少し観察する。学園祭とはいえ、完全に一般公開という程ではない。その辺りは日本の中学高校とは違うな。一応貴族子息が通う事もあるし、何より今は聖女とされる二人が居る。完全フリーではその辺りが面倒なわけだ。
ってことで、一応チケット制。買うもの買えば入れるんで、厳しくはないが金を払うか誰かから招待されるかしていない野次馬は弾く。緩いのは他人を呼びたくはあるからだな。
とか考えつつ、端にある教室から多少何時もより混雑した廊下を縫って外に出たところで、不意に肩を叩かれた。
「あー、此処に居たよゼノ君!」
そんな声に一瞬虚空に愛刀を呼び出しかけた事を後悔しつつ振り返れば、やはりというかこんな日も制服姿の桃色髪の少女が、桜色の前髪を困ったように丸める少年を引き連れて其所に居た。
「リリーナ嬢?」
「いや、オーウェン君と遊んでた私も悪いけどさ?良く良く考えたら、私とゼノ君って婚約者じゃん!」
「何時でも嫌なら解消して良いぞ」
「んまぁ、本気で好きな人が出来て、この人とって思えたらね?
でも!」
ぷくっと頬を膨らませ、少女はおれに怒る。そんな顔が実に平和で、思わず笑みが溢れる。
ああ、今でも、彼女等はまだ、笑えるんだ。
見上げた空は青く、二つの太陽が輝いている。
だが、そんなもの偽りだ。何時まで持つか分かったもんじゃない。【円卓の救世主】等だけじゃなく、本格的に魔神族も動き出す。そしてそのリーダーは、堕落と享楽の亡毒……シュリが産み出した転生者だ。
おれから見て……いやシロノワールからしても重要視していたアドラーを真っ先に切り捨てたところから見ても、あいつゲーム感覚で好き勝手やるタイプだろう。どこまでやらかしに来るか分かったもんじゃない。
だのに。それなのに。こんな平穏、壊されるの分かってるだろうに。おれ達が何処まで護れるか、おれ自身不安で吐きそうだ。
それでも、少女は無邪気に笑うのだ。大体の事を知って、尚。
「ゼノ君さ、泣いて謝らなくて良いじゃん!?いや言葉は無いけど」
「え、お、皇子!?どうしたの?僕、なにかしちゃった?」
慌てる二人に、泣いてた……と疑問に思いながら目尻を拭い、改めて笑いかける。
「すまない。プラネタリウムで語られた星座の逸話で感動してたのかな?迷惑かけた」
何故涙が出たのか、おれ自身全く分からない。けれども、弱さを見せるのは恥であり罪な気がして。
希望になれずともせめて人々の盾であれ。ならば、弱みは綻びでしかないのだから。
「いや良いんだけど……大丈夫?」
こてんと小首を傾げ見上げてくる少年の頭をぽんと撫でる。
「あー、ずるい!私もちょっとやって欲しい!」
言われるままに、少女を呼んで撫でる。周囲の視線が凍りついて突き刺さるが……まあ許して欲しい。仮の婚約者だからな。
「うへへ……見たまんまだぁ……」
少し恍惚とした顔を見て大丈夫かと思うが、言い方的にあれだな、ゼノ追放のフラグを折った場合の3年のイベントで見れるスチルか。頭を撫でてくれる一枚絵で、確か構図が今のまんまヒロイン視点で見上げる奴だ。
うーん、その時のゼノって和装みたいな服じゃなく制服だったと思うが、まあそこは差分か。
「あ、僕もその視点持てば良かった」
「オーウェン、お前は止めてくれないか」
心まで女の子になってるぞ桜理。いやおれも頼勇ルートのスチルまんまの構図とか見たいしそうでもないのか?
「ま、まあ兎に角だよ」
こほん、と咳払いして桃色聖女が話を戻した。
「私はゼノ君と婚約してる。なら、私を蔑ろにして先に他の女の子と学園祭を巡るってのは可笑しいよね?」
「アステール様はあの時しか来れないから仕方なかった。堪えて欲しい」
「いや本気で怒ってるというかちょーっともやもやするから、これから私達と回って欲しいよーってだけなんだけどね?
ほら、アーニャちゃんにも悪いし……。あの子ニコニコして『わたしは最後で良いですよ』してるけど、本当は誰よりずっと居たいって分かって心苦しいしさ……」
「だけど、僕と合わせて二回分くらい、時間を取ってくれる……?」
そんな二人に、何だか仲良いなとほっこりして、おれは頷きを返した。
「当たり前だろ。おれの時間なんて、誰かに使う方が良いんだから」
おれ一人だと、まだ思考が暗くなる。だから、これで良いんだ。




