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銀龍、或いは焔の問い

「それで、父さん」 

 遠くを眺める。アウィルが雷のロードを作って空を走っているのが見えるが、急いでいるというよりは人を背に乗せてあげてるって感じだな。急勾配とか作って駆け上がってるし、つまり生体ジェットコースターだ。遊んであげている、といった趣だし気にすることもないな。

 何か問題があればそれこそさらっと居たノア姫が何とかしてくれる。

 

 それを確認して、来いとおれの耳を千切れるかという力で引いてから歩きだした父に向けて口を開く。

 「どうして来たんだ?まさか、おれの恨み言を聞きに来たってほど暇じゃないだろう?」

 「まあ、誰かさんのせいでな。真性異言に魔神族に、更には毒龍宗教。この世界はどうしてこうも屑どもに人気なのか、頭が痛いわ」

 「……すまない、父さん」

 「貴様にはほぼ関係無かろうが馬鹿息子」

 

 と、父の顔が少しだけ歪んだ。

 自分が失言したなと思ったときのサインだ。顔が怖くなるって事だから、パッと見分からないけれどもな!

 

 「いや、関係あったな。毒龍の首に己を売り渡していたらしいからな、このボケは。

 何だ、何時もの己を売る悪癖か?」

 軽口のように聞いてくるが、瞳に欠片も笑いが無い。あるのは静かな焔。

 

 直感する。下手な嘘や、意に沿わない真実を告げれば、おれは轟火の剣に両断されるだろう。

 

 「……そうじゃないさ、父さん」

 「ならば、何時ものお前自身の為か?あれだけの事をしておいて」

 ふっ、と笑う父。一瞬だけ威圧が和らぐ。

 

 「エルフの時もそうだったな。あれはサルース亡き今、最終的に相応に意味があったが……

 流石に今回は違う、と言ってくれねば困るぞ?」

 「……おれの為ってのは、勿論あるよ。理由のうち、結構な割合だ」

 嘘を吐かず、おれは大人しく歩きながら語る。

 

 「……素直だな」

 父の背に現れるのはおれも何度も手を借りた帝国の象徴たる赤金の轟剣。不滅不敗(デュランダル)の名をもって、未来を謳う焔の剣。

 それに怯まず、言葉を続ける。

 

 「どうせシュリには全部筒抜けだし、隠しても意味がない」

 「妙なところで相手を信じる。お前の嫁でなければ嫌うレベルだぞ?」

 「だからアナをおれの嫁扱いしないでくれ」

 「エルフだが?」

 「だから冗談キツいって。

 

 それは兎も角、実際そうだよ。彼女を助けることで、一緒に罪を償う事でおれ自身の心を救いたいからって、それがまず一つ理由としてある」

 

 男の眼が細まる。おれの肩に置かれた手が、大地を砕くような重さになって指先が食い込む。

 

 「繋がらんが?」

 「繋がるよ。ニホンのおれが生き残った事故で、沢山の人が死んだ。おれみたいに特例なんて無く、彼等彼女等にとって、世界は其処で終わったんだ。数百人の世界の終わりを、おれは見てきた。そして、この手で何人か討ち、救えず、更に沢山の死を、つまりその人の世界の滅びを背負ってきた。

 シュリは自分は世界を滅ぼしてきたと言うけれど、おれも同じだよ。だから、自分を救う為にって思うのは仕方ないだろ?」

 熱風が頬を撫でる。熱い程だ、ちりちりとして髪が発火し焦げてしまいそうに思う。口を開けて息をすれば喉と肺が焼けそうになる。

 

 それでも、退かない。逃げたくなる気持ちと、込み上げてくる吐き気を呑み込んでただその焔を睨み返す。

 

 ズキズキと痛む筈の無い古傷が痛む。轟剣を手にした時のように、左眼付近の火傷痕が焔を纏うように灼熱する。

 

 「でも。それだけじゃない。

 そんな風に誰よりもおれが、彼等の理不尽な死を納得できなかったから。背負わなきゃって思って。

 けれどずっと、おれは一人じゃなかった。見守ってくれる人も、止めてくれる人も。愚かな考えと馬鹿にしてくれる人も。沢山居た」

 

 小さく苦笑する。

 「おれはそれを要らないって突き放してた。いや、今も正直正論で頭が痛いから出来たら居て欲しくないって馬鹿言うよ。

 でも、だ。おれよりも優しくて、だから必死だった龍神様には誰も居なかった。だから、あんなに人懐っこくて、怯えがちで、好かれるためにやらかすシュリが出来上がった」

 小さく眼を閉じる。もう、焔の熱さは感じない。

 

 「心を求められなかった。力と肉体(からだ)と。何処までも都合の良い部分だけ必要とされて、あの子は何処までも独りぼっちだった……おれより酷い環境に置かれていた成れの果て。

 だからだよ、父さん」

 眼を開く。

 

 焔は消えている。肩に置かれた腕は、優しく当てるだけに変わっている。

 

 「おれはさ、独りぼっちで、狂い果てる未来になると()っていて。そんな優しい銀の龍を。

 独りでなかったからこそ、壊れきらなかったおれだから。もう独りじゃないって言ってやりたいんだ」

 

 そう、これがおれの本音。

 分かってるさ、この共感だって自分勝手だ。おれの感じてきたものは、シュリの苦しみと性質は似ているだろうが、純度も量も違いすぎる。学校の遊びでしかやらないサッカー少年がプロの事を訳知り顔で語ってるような的外れかもしれない。

 

 それでもだ。おれはあの子を独りにしたくない、その気持ちだけは譲らない、譲れない。捨てろというなら、誰にだって叫んでやる。

 

 が、それは必要なんて無くて。

 少しだけ呆けたように黙っていた父は、ふぅと息を吐くとおれの頭をぽんと撫でた。

 「っぐっ!」

 ……力が強すぎるんだが?

 

 「っと、悪いなゼノ。つい力を抜くのを忘れた

 が、まあ……嫁が三人も居る息子を見た親心だ、許せ」

 「父さん?」

 「何だ、三人目のお前の嫁か。いや、四人目か?」

 「シュリとは恋愛じゃないし間誰だよ、アルヴィナか?」

 「奴は害獣だ、嫁とは認めん。貴様をずっとチラチラ見守る七天だ、気がついてくらい居るだろう?」

 「罰当たり過ぎないか父さん!?」

 相変わらず、この人はとおれは眼を向いた。

 

 『どうも、親公認の嫁です』

 幼馴染神様顔で居てくれ、始水。七天教他から殺される。

 

 「というか、シュリは許すのか」

 「(オレ)はな、魔神が嫌いだ。特にあの魔神王シロノワールがな」

 当人の前で言わないでくれ父さん、蹴られるのおれなんだから、と抗議のカラスキックを影から食らいつつ、おれは私怨かよと苦笑する。

 

 「親心なんて私怨だろう、馬鹿息子。

 が、あの啖呵が切れるならもうお前の嫁だ、好きにしろ。助けが要るならば多少はするが、最後は自身で止めろ。それが出来ねば……心毒の邪龍、国家たる(オレ)が裁く」

 言い回しとは裏腹に、男の声は少し優しかった。

 

 と、おれと父だからかそこらの人間の小走りすら置き去りにする速度で進んだ歩みが、城に入ったところで止まる。

 

 「で、だ。お前の所に来た理由だったな」

 「あ、今までの違ったのか」

 「いや、大体知っていることを、息子の口から言わせたかっただけの前座だ」

 その物言いに首を傾げる。

 目の前にあるのは皇狼騎士団の詰所の一個、その扉の先に何があるのだろう。

 

 「知りたいのはお前なりの想いだ。何を助け、何故邪悪と切り捨てるか。その核とスタンスを見るために、敢えて一貫して手を伸ばした世界の敵たるお前の嫁の毒銀龍についてから聞いた」

 「そこか。おれなりに、考えてるよ」

 「まあ、考えてなければ世界の敵とお前を処刑しているところだ。

 で、だ。聞かせろゼノ」

 鉄の扉がバァンと勢いよく開かれた。

 

 「こやつは何故、お前にとって敵ではない?」

 そこには……

 「む、むぐぅー!」

 焔と鉄の鎖でグルグル巻きに縛り上げられた、胸元を開けたラフな服装の金髪少女が椅子の上に転がされていたのだった。

 

 「何やってんだ竜胆」

 「むぐぁーっ!捕まってんの!見て分かれバーカ!って熱っつ!燃える!肌焼ける!」

 ……逃げ出しておいて本当に何やってるんだろうな、こいつ?

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