劇座、或いは学祭の脅威
まあ、そんなことがありつつも、おれはといえば翌朝早くに劇座へと顔を出そうとしていた。
ちなみに、鍵は眠そうな眼を擦る桜理からちゃんと借りた。窓開けて出てくのも流石に危険だしな。
「っ、とっと」
体を動かす修行も兼ねて、通りと通りの間を細道ではなく店舗の上を軽い幅跳びの要領で飛び越えて……
発声練習中の自分の才能を買って欲しそうな少年に当たりかけて空を蹴って無理矢理急制動。雷を足場に出来ないからある程度自在とはいかないが一応風を起こすくらいの勢いで虚空を蹴れば反動で体の飛んでいく向きは多少変わる。ということで少年の前にしゅたっと降り立って、悪いな邪魔したと紙幣二枚を置かれた少年の帽子の中に放り投げて踵を返す。ちなみにだがこの世界貨幣の方が紙幣より高い額面なので割とケチなのだが……まあ良いだろう、被害0だしな。
「お、来たね」
「ええ。とりあえず色々と此方のものは出来上がったので、一旦擦り合わせをと思いまして」
「助かるよ、でも、魔法が使えない割に早かったね」
「その辺り、極光の聖女様が優秀ですから」
と、おれはいやおれが自慢してどうすると内心ツッコミながらも告げる。
そんなおれを見て、ついでに幽体離脱アステールから貰っておいた資料も見て、少しだけ遠く(まあ屋内なんだが)を見詰めると、座長は口元を綻ばせた。
「ふふっ。そうだともね。
聖女様は最初から、見抜いておられた。まあ、認められない者は多いだろうけれど……」
「団長さん?」
「いや、前の時に、君の手助けを必死に頑張っていた娘が、聖女として喧伝される今も同じだと思うと笑えてしまってね。
そうだ、彼女にも手を借りれるのかい?」
それにおれは首を横に振る。
「今回は聖女様方は各々でやりたいことがあるようなので。そんな最中に参加はさせられません。体力と身体能力だけに自信があるおれじゃあ無いんですから疲労で倒れますよ」
「それは残念。忌むべき呪い子という現状を変えるために描かれた英雄譚。誰よりもその為に動く聖女様は正に一番居て欲しい相手だとは思うのだけれど」
「寧ろ……って話ですがね、それは」
言いつつ、おれはアステールから貰ったメモに目を落とす。そこには神の啓示として冗談みたいな事が書いてあった。
曰く、『天津甕星』と。始水に聞けば本人達がやろうとしていたからユニット名をあげたそうだ。うん、何やろうとしてるんだアナ。
と言いたいが、おれは参加したこと無いものの文化祭と言えば歌や躍りはメジャーな出し物だと思う。それを披露するのは間違った判断ではないだろう。アイドルには相応の力がある。人々に前を向いて明日を生きようとする活力を与えてくれる。
それは希望であり、おれには出来ない行動だ。だからそれは良い、それは良いんだが……
「どうしたのかな?」
「えっと、ある程度それぞれの出し物が決定したのですが……
聖女様方の出し物が、此方で用意しようとした劇の目的と丸被りする目標の歌劇舞台になりました」
アイドルのステージとヒーローショーを同じ分類で括るのかよって話だが、人々の心に希望と勇気をって目標は同じだから、おれは同類として括りたい。
「……手厳しい話だね」
「まあ、メインとなるのは可愛らしい少女ばかりなので、勇気と希望より恋心と欲望が強くなりかねない気はしますが……」
苦笑しながら続ける。
「でも、本人の信念は確かに団長さん等と共通するものだと思います。
そして、聖女様は注目度が高いから、此方の劇の寸前の盛り上がる時間に出演して貰うしかない」
前座にする気かと言ったとして、一番人々が来れる時間に二連続ってのは外せない。そしてステージの締めが外部枠って伝統だからそれをおれが変えられない。
結果……
「下手したら完全に前の出し物に呑まれる状態ですね、おれが依頼した劇」
そう、そうなるんだよな。
「おっと、それは大変だ」
「はい、大変です」
まあ、何が大変かと言われると言語化しにくいがな!彼ら元から手抜きする気はなかっただろうし、つまりは演出などをブラッシュアップして少しでも目を惹くようにするしかないって事だ。
「うーん、手厳しい」
「おれとしても昨日の夜、即刻話が通ったと聞いた時は目を疑いました。元孤児だけあって料理とか得意なのでそれを生かすものだと」
アナのケーキを出す喫茶とか、模擬店としては大繁盛しそうだしな。
そこまで自己主張しないアナが、必要にかられたりせず最初からやります!って自分の可愛さを押し出してくるのは予想外だった。てっきり喫茶系で、押しきられてメイドもやる時間帯があるとかだと思ってたんだが。
「けれど」
「あ、後何故か気が付くとそれぞれ別班だった筈の二人の聖女様、同じ『天津甕星』を名乗って共に歌うらしいです」
そこは本当に何でだよ!?ついでに聖女様と一緒にやりたい!組!結局統合された上に裏方に回るから人手過多気味で個々の出番とか壊滅的だぞ!何かあって仲良くとかそんな希望消えてるぞ、良いのかそれで。
まあ、一番ヤバいのはアルヴィナがさらっと参加してくるらしいことだが……そこはもうアナ頼みだ。おれじゃ何かあったときの責任しか取れない。警報に引っ掛からないようにとか無理だ無理。
「ははっ。本当に責任重大だね。
外部枠、何時も大人気で伝統と化してる出し物を……聖女様方のおまけとして、面白くなかったと批判される訳にはいかない、と」
「はい、すみません」
「いやいや、謝ることはない。此方は常に、人々の笑顔のために全身全霊で舞台劇という一時の夢を織ってきたんだから。今回も、聖女という輝きに負けないだけのものを仕上げるだけさ」
「ま、素人混じってますが今回は」
「本人だから仕方無いさ」
と、男は優しく微笑んで……
「ところで、君は何を出すのかな?」
「ああ、友人達と話してこれかな?というものは考えたんですが、それは……」
 




