銀髪聖女といがみ合う犬猫(side:アナスタシア・アルカンシエル)
「……にゃあ」
「あれ、アイリスちゃん?」
乱入してきたアステール様から『天津甕星』という、お星様の化身の神様の事を言う異世界の言葉らしい龍姫様が用意してくれたグループ名を教えて貰いつつ支援を取り付け(わたしは一緒にと思いましたけどアルヴィナちゃんが威嚇していたのと他国の重鎮ですし諦めました)、三人でお話を続けようと思ったその時、ふと扉を叩く小さな音と鳴き声に、わたしは振り返りました。
安全を一応確認して扉を開ければ、やはり其処にはオレンジ色の鮮やかな毛並みの猫ちゃんが足を揃えて待っていました。アイリスちゃんが良く使うゴーレムさんです。
見ていれば、わたしの前でその実はかなり重いゴーレムは姿を組み換え、内部に仕込んでいたらしいパーツを膨らませながら見覚えのある女の子の姿へと変わりました。頭の上に本物には無い猫耳が揺れているのが特徴です。
「どうしたんですか、アイリスちゃん?」
「お姉ちゃんの……手伝い、です」
「さっきアステール様も幽体離脱?って朧気な姿を見せてくれましたけど……随分と皆さん来ますね?」
「まあ、乙女ゲーヒロインだからね、中心人物だよ」
と、わたしの淹れたお茶とクッキーを美味しい美味しいとつい摘まみすぎちゃったって自分のお腹を見下ろしていたリリーナちゃんが呟きました。
「あはは……わたしだけじゃ無いというか、重くないですか?」
「まあ、重いよね重圧……。アーニャちゃんと二分してなかったら吐いてたかも」
昔は気楽だったけどねーと、お茶を飲みながらリリーナちゃん。
ちょっとだけ強張った顔にわたしも頷きます。命を懸けて戦う人達を、死んでいくところを、間近で見てしまったら想像だけで平気って思っていた事なんて、吹き消えてしまいます。
「でも、一人じゃありませんから。それに、わたしがやりたいって気持ちだってちゃんとありますから」
とん、とわたしは自分で心臓部に左手の甲を触れさせます。
「うーん、色んな意味で立派」
「にゃあ!」
「……流石はボクのあーにゃん」
……皆さんの視線が何というか、胸に行って少しだけむず痒いですけどね?
でも、嫌じゃないです。一部の男の人みたいにねとっとした嫌な欲まみれの視線じゃないですし。
「そ、それより」
気恥ずかしさからわたしは少し話題を逸らせるものを探して……あ、ありました。
「そういえばリリーナちゃん、リリーナちゃんは良いんですか?」
「ん、何が?」
「わたしは乙女げーむ?についてはあんまり詳しくないっていうか、聞いた知識しか無いから何にもアドバイスとか出来ませんけど、その話の通りならリリーナちゃんと皇子さま達の誰かが恋愛してって事が起きる筈なんですよね?」
「あ、うん」
「その辺りとか、リリーナちゃんがどうしたいとか、色々と聞いてみたいなーって」
「それはアーニャちゃんも」
と、桃色少女の口が止まります。
「ま、ゼノ君以外に靡くわけも無く……だから何にも言うこと無いよね当然……」
「皇子さまの為にも皆さんもっていうのは沢山ありますよ?」
「半分惚気!っていうか100%もう甘ったるいよアーニャちゃん!口直しにお茶頂戴!」
「……ボクは」
「うんうん、ゼノ君の為に魔神を裏切ってる時点でもう知ってる」
「うにゃぁ」
アルヴィナちゃんがさくっと話を終わらせられて不満げにクッキーを噛み砕きました。
「あでも、ゲーム通りならアドラー君とは」
「皇子に未来を託して死んだ」
「死んだの!?ゲームだと御披露目イベントすらまだ起きてないのに!?」
「あはは……真面目な魔神さんっぽくて、わたしはちょっと苦手でしたけど……」
「会ったことあったのアーニャちゃん!?」
「いえ、ノアさん達を助ける事になった際に、円卓さんに皇子さま達をぶつけようとした彼とほんの少しだけ……」
「うっわ、怖いねー本当に。良く生きてるよ皆」
しみじみと呟くリリーナちゃんと、手元を見るアイリスちゃん。
「やはり、お兄ちゃんは、地獄に、居、ます。
捕らえ……て」
「アイリスちゃん。わたしももう十分頑張ったってゆっくりして欲しいですけど、皇子さまはそんなことしても絶対に心休まりませんよ?
自分には命を張る事しか出来ないからって、何とか戦いに戻ろうとします。そんなの、もっと見てられないです」
「うんまぁ、ゼノ君って戦う事が好きじゃないけど、自分が必要なくならないと剣を置く事なんてしないよね絶対……」
「流石、ボクの皇子だけある」
「いやアルヴィナちゃんのものじゃないし。私の婚約者だし一応」
と、桃色髪の聖女様は慌ててわたしに向けて体をブンブンと振りました。
「あ、違うからね?私別にアーニャちゃんから奪おうとかそういう意図無いからね」
「有ったら、噛む。皇子泥棒は私罪」
鋭い犬歯(というか牙)を桜色の唇から覗かせてアルヴィナちゃんが小さく唸りました。
「こ、殺されるの!?」
「私の罪って意味だからそこまではしないと思いますよ?」
少しだけ首を横に振るわたしに、ほっとしたようにリリーナちゃんはお茶を飲み干しました。
「……こほん」
「お兄ちゃん、泥棒?」
あ、アイリスちゃんも一拍置いて反応しちゃいました。でも、アイリスちゃん自身皇子さまを心配しすぎなくらいに心配してますし……自分の体が弱くて死を身近に感じているからか、その辺りには敏感です。
それで閉じ籠るというか、関わってから喪う辛さから逃げるように広い世界に興味を無くす辺りが本当に兄妹なんですけどね?
「ボクはお前には興味ない」
「お兄ちゃんを、傷付ける……害悪」
「死んでもボクが居る。だから平気」
「うにゃっ!」
ぱしっと肉球のパンチが飛びました。
「あ、アイリスちゃん!?」
「お兄ちゃんも、猫の座も……渡さ、ない」
「ボクは魔狼。猫は止めた。狼は偉い」
帽子をきゅっと胸元に抱き、左手でアイリスちゃんがゴーレムを組み換えてあまり痛くなくした猫パンチを受け止めたアルヴィナちゃんが吠えます。
「魔狼は……忌まわしい、害獣。実はお兄ちゃんと、違って……本当に、神に逆らう……」
「がるるる……」
「星紋の疫病を振り撒く厄災の狼を討った帝国の血、味わう?」
「ちょ、二人とも!ストップ、ストップですよ?
アイリスちゃんはアルヴィナちゃんほど世界が広くないから、例え死んでもって思えないんです」
突然の一触即発にどうして良いか慌てつつ、わたしはとりあえず親友から止めることにします。多分ですけど、大人だからって先に止めたときに分かってくれそうですし……
「あーにゃん」
「アイリスちゃん、アルヴィナちゃんだって悪いだけの女の子じゃないんですよ?それに、アイリスちゃんが皇帝陛下や皇子さまを災いって言われたら辛いように、アルヴィナちゃんにとってかつての四天王をって辛いんです。確かに恐ろしくて昔被害を出した魔神さんですけど、少し柔らかく言いましょう?
お互いに最初は自分の価値観と違って分かり合いたくないっていうのは理解できますけど……そのままだとわたしは悲しいです」
と、黒髪の少女の白い狼耳がぺたんと伏せられました。
「でもボクは、コイツ嫌い」
「お兄ちゃんに、害ある……」
「どうどう、ですよ?
すぐに仲良くなれなくても、いがみ合いすぎたら皇子さまが苦しいです」
「そうそう、此処でやりあっても苦労するのアーニャちゃんだからね?
ってか、ゼノ君今はまだそこまで関係ないよアーニャちゃん!?」
完全に置いていかれていたリリーナちゃんが、漸く入れるとばかりにわたしのフォローをしてくれました。




