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商業区、或いはプールの話

そうして、とりあえずラフな格好に着替え(軍服白衣も和装も遊びに行くには威圧感が凄い)、門で待ち合わせ。二人して小走りで地を蹴って、完全に否が暮れきって門が閉ざされる前にと焦って鞭が走る馬車ならぬ虎車を追い抜きながら王都へ。門番に入りたがってるのが居るから待ってあげてくれよな?と一声残して門内へと足を踏み入れた。


 今回目指すのは、貴族の区画……よりは格式低い場所。劇座とか構えてる人市通りの隣接区だ。まあ、謂わば商業区、特に商店とは区別されたサービス業が発達した場所である。

 実はプールとかあるぞ、おれが辺境に兵役行ってる間に完成していて随分と余裕だなと嬉しくなった覚えがある。

 

 だってそうだろう。僅かに人々の心にも緊張が走っている。【円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)】、【混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)】、そして何よりそれらを支配する異世界より来るカミ【神話超越(オウス・オーバー)の誓約(・マイスガイザー)】。それら正直理不尽過ぎて同じく理不尽を振りかざすしか対抗手段の無い裏の敵については知らずとも、伝説の魔神復活の神託は皆既に七天教に伝えられているのだから。

 その上で、娯楽施設の発展が相応にあるなんて、勝つと、護って貰えると信頼されている証だ。不安なら生き残るために、何時でも逃げ出せるように財産を纏めておくだろうしな。

 

 「で、だ。何処に行くんだ竪神?こっちは……雨季、龍の月の前にってことでナイトプールとかやってるらしいが」

 煌々とした明かりは遠くからでも見える。あまり夜遅くまで光が点っている訳ではないのだから、それこそ城より目立つ程だ。溜め込んだもので賄うにしても魔力消費大変そうってレベル。

 

 「いや、それは良い」

 と、友人は己の左手を軽く上げた。

 「この通りだ。あまり水泳は好きではない。それに、皇子も微妙な顔で、トリトニスでの湖で遊ぶ日を見ていたろう?」

 その言葉に苦笑を返す。

 

 「おれじゃないおれの話だけど、プールは苦手でさ。先生がおれが生き残ってしまった事故で妹の夫を喪った人で、ずっと微妙な顔をされて……足を引っ張られたり、水底に押し付けようと腹に足を乗せられたりさ、色々あったから」

 あ、とおれは誤魔化すように笑う。

 

 「勿論、抜け出してじゃれてただけって話だし、海とか湖とかなら平気だぞ?単にプールが思い出がない分嫌なだけだ」

 「まあ、それはもう聖女様とプールに行って克服してくれとしか私には言いようがないが」

 肩を竦めたかと思うと、青年は歩みを止めずに進み続ける。

 

 「劇も良いが、夜に公演しているものでもないしな。まずは夕食と行こうか」

 「いや、服装ラフで良かったのかそれは」

 「……アイリス殿下を誘えればと思っていた事もあり、あまり格式張ってはいない」

 まあ、ゴーレム入店とかかなりアレだものな。それが通る程度には自由な場所か。

 

 「というか、それおれが居て良いのか?」

 おれはふとそう尋ねた。いや、アイリスとだろう?

 「いや、私なりにも殿下に外の世界をと思っての事だったが、話自体は何時でも良いしと言われた上に断られて困っていたところだ」

 そのおれに、優しく青年は笑いを返した。どうでも良いが、おれを見て忌み子への嫌悪感からか露骨にそっぽを向いた若い女性がうっかり振り返る程度には女に毒だぞ、それ。

 

 「……上手く行ってないのか?」

 「どうだろうな。一部で言われているように、恋愛という面があるとすれば確かに上手く行っていないと言えるだろうが、私にもアイリス殿下にも、それより優先したいものがある。それが一致しているからこその盟友、恋とは多分違うものだ。

 となれば、ある意味正しいのかもしれないな」

 「何だそれは」

 「喪うのが怖いから、総てに一人で立ち向かいたがる、私たちの英雄についての話だとも」

 ……言われて、歩みを止める。


 流石に分かる。それはおれの話だ。主におれの為だと、大概は逸らされ気味の言葉を投げつけられたに等しい。

 

 「……有り難う、こんなおれに付いてきてくれて」

 絞り出せたのは、一歩とそんな言葉。

 「聖女様も、アイリス殿下も、私も同じだ。傷付くのを見たくない、己が突き進む以上責任を負うものだと思っているから、喪う可能性を背負いきれないと遠ざける。

 そんな皇子を一人にしたくない、それだけさ」

 「……告白か、竪神」

 逃げるように茶化す。異様に喉が渇いて、言葉が掠れる。

 分かってる、分かってるんだ。それでも、まだ。足が、手が止まる。素直にその手を取ろうとすることが、おれには出来ない。

 見下ろした手の甲に赤黒い返り血が見えて思わず袖でありもしないそれを拭う。

 

 「……皇子が皇女だったら、そうなっていたかもしれないな」

 私も男に恋愛はしない、と茶化しに乗ってくれて空気が軽くなり、おれは息を吐いた。

 もう、何時もの幻覚は見えない。いや、最近はほぼ見なくなっていたし、さっきのあれも昔ほど血は多くなかった。前は腕全体にベッタリだったものな。

 「……前には、進めてるか」

 「追い付くのが大変だ。置いていかれて嫌う人間の気持ちも分かる」

 その言葉には、何時ものように困った笑みを返すしかなかった。

 

 「悪い、竪神」

 「気にしないでくれ。私自身、聖女様から『皇子さまには言わなきゃ伝わらないです』と憤慨されて今言葉に出している。


 あまり暗い話ばかりしても、面白味は無いだろう?この話は一旦終わりにしよう」

 「……ああ、そうだな」

 と、おれは一歩前に踏み出した。

 

 「……それにしても、食事マナーの辺りは案外出来るんだな皇子……」

 「元々が忌み子だからな。皇族として列席する度に粗探しされる以上、其処で躓いていたら困るんだ」

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